6話 虎穴にいらずんば虎児を得ず

 あの後、すぐに佐野さんに「落ち着けや、ボケえっ!」と教科書を丸めたものでスパーンとはたかれ、久保と二人して「お許しをおぉっ!!」と謝罪(土下座)して、何とか事なきを得た。
 で、今は事情を説明するために席を同じく――。
「待ちなさい。私はそんなこと一言も言ってないし、叩いてないし。葛西君たちも土下座なんてしてないし。そもそも私は関東の生まれでエセ関西弁は話さないし。色んなことを捏造するのはやめなさいね」
「……冷静に突っ込まれると、従わざるを得ないんですが」
 ニコリともしないで一つ一つに指摘を入れる佐野さんに、俺はやれやれと首を振った。
「そっちが悪いのよ。で、こんな無駄話をしている場合じゃなくて。捜す人の名前は何ていうの?」
「堺和人。2年生か3年生だと思う。特徴とかはさっぱり」
「『堺和人』か。葛西君と名前似てるのね。捜してる理由って、その辺?」
 佐野さんが興味津々という顔でこちらを覗き込んできたので、小さく頷いておいた。
「そんなとこ。詳しい事情はちょっと話せなくて悪いけど。頼める?」
「うん、別にいいわよ。捜すったって先輩に訊いてみるだけだし。気にしなくていいわ」
「サンキュ。それでさ、何で商業科に知り合いいんの? 普通は接点ないっしょ?」
 校舎自体違うんだし、そうそう知り合う機会はないはずなんだけど。
「ああ、そのこと? 単に部活の先輩にI組の人がいるってだけよ」
「部活? 佐野さんって何部だっけ?」
「卓球部」
 答える佐野さんに、俺は思った疑問をぶつけてみた。
「運動部なのに、商業科がいるんだ」
「うん、いるのよ。まあ、うちの卓球部はそこまでハードじゃないから」
 だから弱小のままなんだけどね、と佐野さんは苦笑いを浮かべていた。
 その辺は色々と事情がありそうだけど、部外者の俺たちが口出ししていい問題じゃないし。
 なので、そこはスルー。
「それじゃお願いするよ。できれば二、三日中に頼めるかな」
 鼓さんも早く連絡が欲しいだろうし。
「そんなに掛からないよ。今日の部活の時にでも訊いておくから。明日、伝えるね」
「おっけ。ありがとね」
「どいたしまして」
 佐野さんは朗らかに笑うと自分の席に戻っていった。
「おお、これで展望が見えてきたな」
 久保がうんうんと頷く。
「うん。取り敢えずは佐野さんにお任せだね」
 結果がわかるのは明日か。
 今から楽しみだな。

 翌日登校すると、早速佐野さんから結果を伝えられた。
「いるって。3年のI組に堺和人って先輩」
「マジ!?」
「おお、ビンゴ!」
 俺と久保はハイタッチ。
「やったじゃん、葛西。これで碧野女子とお近づきに……」
「いきなり妄想すんな。これから堺先輩に会わなきゃならないんだから」
 鼓さんのこととか話さなきゃいけないんだからな。
「そか、そうだったな」
「……よくわからないけど。これでよかったのよね?」
 佐野さんが確認のように訊いてきたので、二人してもちろん、と返事する。
「佐野さんのおかげだからね。俺たちだったら、もっと時間がかかってたよ」
「そうそう。佐野ちんのお陰で、俺にも明るい未来が」
 だから、妄想するなっての。
 俺が久保を小突くのと同時に、佐野さんがクスクス笑いながら人差し指を立ててきた。
「それじゃ、報酬として学食のA定よろしくね」
「なっ!?」
「礼取るのかよ!?」
「私のお陰なんでしょ?」
 笑顔を絶やさず、佐野さんは俺と久保を順に見る。
「そりゃそうだけど」
「佐野ちんの功績はあるけど」
「私のお・か・げ・よね?」
 笑顔だけど有無を言わせぬ口ぶり。
「はい……」
「奢らせていただきます……」
 笑顔の佐野さんには勝てず。
 俺たちは頷くしかなかった。

 昼休みに佐野さんにA定食(530円)を奢り。俺たちはパンで済ませ。
 放課後になってから、俺たちは商業科専用の校舎(C棟)に向かっていた。
「放課後だけど、まだ商業科の連中、いんのか」
「いるさ。商業科は授業が終わっても『自主学習時間』があるから、五時過ぎまでは確実に」
 久保の疑問に答える。
「そういや、そんなのあったっけ」
 商業科の、自主学習時間。
 それは、エリートクラスである商業科だけにある、その名の通りの勉強時間。優秀な生徒をさらに勉強させようという、学校側の陰謀(?)だ。
 一応、名前は『自主』になっているけれど、実際には半強制的に近い。
 生徒は全員居残り勉強。最終的には午後六時まで。取り敢えず五時過ぎたら帰れなくもないらしいけど、基本的には皆六時まで残っているらしい。
「俺だったらソッコー逃げてる」
「安心しろ、俺もだよ」
 久保と軽口を叩きながらC棟へ。
 そこで、ふと気がついた。
「久保、部活は」
 こいつはサッカー部。今日もあるはずなんだけど。
「サボった」
「おい!?」
 そんなあっさりと!?
「冗談だ。監督に少し遅れるって言っておいた。だから平気」
「いいのか、それで」
 ――さすがは最上原。この辺りのゆるさは天下一品。
 最早何も言うまい。
 俺は内心ため息を吐きつつ、三階に上がり、3年I組の教室のドアから「すみませーーん」と声を掛けた。
「はい? あら、他クラスの子が来るなんて珍し。それに2年?」
 対応してくれたのは小柄な女子の先輩だった。
「2年A組の葛西といいます。堺和人先輩はいらっしゃいますか?」
「堺君に用なの? ええと……ああ、いた。ちょっと待ってて。呼んでくる」
「すみません」
 先輩が教室の奥に消える。
「さあて。鬼が出るか蛇が出るか……」
「堺先輩だよ、出るの」
 俺は思わず久保の頭をはたいていた。
 さて。
 ご対面だ。


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