第5話 許婚捜査網

 翌日、俺は久保に声を掛けた。
「なあ、久保。お前サッカー部だったよな。そこでちょっと訊きたいことがあるんだけど」
「んあ? いいけど、どうした?」
「サッカー部の2年か3年に、『堺和人』って人、いないか?」
「堺和人……? いや……」
 久保は一瞬宙を睨んだが、すぐに首を横に振った。
「わかんね。名簿でも見ないと」
「そっか。まあ仕方ないな」
 いきなりわかるとは思ってないし。
「? 何でそんなことを? 何かあったのかよ?」
 怪訝な顔をする久保。
 そりゃこんなことを訊いたりしたら、不思議に思うのは当然だよな。
「ああ、実はな……」
 俺は久保に昨日のことを話すことにした。協力を要請するつもりだし、多少は事情を知っている訳だし。
「なるほど。それでサッカー部か」
 事情を知った久保は、得心がいった風に頷いた。
「そゆこと。一番手っ取り早いと思って」
 ――我が校のサッカー部は、全クラブの中で一番部員数が多い。
 その数、100名近い。だから、「堺和人」がサッカー部にいる可能性も高い訳で。
「ふーん。しかし、葛西もお人好しだなー。いくらなんでも、自分をぶっ倒した子の手伝いをしようだなんてよ。もしかしてマゾか?」
「んなわけあるか。つーかだな、久保? 考えてみろよ。あんな可愛い子の許婚だぞ? どんな奴か興味沸かないか?」
「そりゃあるといえばあるけど……」
 俺はそこでニヤッと笑った。
「それにだ。碧野女子って結構なお嬢様学校らしいし。上手くいけば、そこの子とも仲良くなれるんだぞ? 鼓さん経由でさ」
「――――!」
 目を大きく見開いた久保は、何も言わずにガシッと俺の手を握り。
「俺にも協力させろ。――いや、させてくれ」
 久保は見事に食いついた。
「さすが久保。理解が早くて助かる」
 もう一度ニヤリ。
「サッカー部のほうは任せとけ。マネージャーと顧問に当たってすぐに調べるから」
「おう、よろしく。 俺は他のクラスに当たってみる」
 グッと協力の証に握手して、俺と久保は頷き合った。
「ふふふ。これで彼女いない暦=年齢の壁が破れるかもしれない……!」
 オー! とやる気を出している久保。
 だからといって、碧野女子の子と仲良くなれるとは決まったわけじゃないけどね。
 ま、いいや、黙っていよっと。

 それから三日後。
 昼食を食べながら、俺と久保はウ〜と唸っていた。
「……サッカー部には結局いなかったのか……」
「ああ。2年も3年も探したけどいなかった。念のために1年も見てみたけど、いなかった」
「そっか」
「そっちもダメだったんだろ?」
 久保の確認に、俺は力なく頷いた。
「うん。Aはこのクラスだから別として、BからFまでくまなく訊きに行ったけど、知ってる奴は誰もいなかった。もちろん、3年にも訊きに行ったけど、同じだった」
「……参ったぜ」
「全く」
 二人して大きくため息。
 ここまで捜していないとは。
 本当に「堺和人」はここの生徒なんだろうか。
 今一度、鼓さんに確認したほうがいいんじゃないかと考えた時、久保がぽつねんと呟いた。
「……となると。残るはI組か」
「そうか。商業科が残ってたな……」
 ――商業科。
 最上原は基本的には普通の高校。
 しかし、一クラスだけ他とは隔絶されたクラスがある。
 それが、I組――商業科。
 はっきり言ってエリートクラス。最上原の中でもトップクラスの成績者ばかり。高校生の内に簿記2級を取る生徒すら現れるくらい。
 だけど、普段は俺たち普通科とは顔を合わせることすら少ない。
 なぜなら、商業科三学年で校舎棟一つを占領しているから。そもそもの学ぶ場所が違うからだ。
「ああ。商業科なら、みんな知らなくても仕方ないんじゃないか?」
「確かに。ほとんど帰宅部か文化部だからな……」
 授業も高度だし、進行度も早いから、運動部に所属する余裕がないらしい。
「どうする?」
「どうするたってさ、久保。調べるしかないでしょ」
 ここでやめるわけには行かないし。
 すると久保はやれやれとため息をついてから、小さく笑った。
「仕方ないな、自分から乗った船だ。勝手にゃ降りらんないよなあ」
「そりゃそうだ。……で、どうやって調べようか?」
「……知り合いに頼むのが一番だけど……。お前、知り合いいるか、商業科に」
「いるわけないだろ。俺、帰宅部よ?」
 文化部ですらないんだぞ?
 むしろサッカー部でそれなりに顔の広いお前のほうが可能性高いだろうが。
「商業科はサッカー部にはいないし」
 あっさりと首を振る久保。
 ……となりますと。
「直接行って訊いてみるしかないかあ」
「やっぱりそれしかないかねえ」
 正直、行きたくないんだけどなあ。
 再び二人してため息を吐いた時、声が掛けられた。
「商業科がどうかしたの?」
「ん?」
「あ?」
 声のしたそちらをみれば、クラスメイトの佐野芽依子(さの・めいこ)さんが興味深げな顔で立っていた。
「だから、商業科がどうかしたのかなって」
 ふわふわな髪を揺らしながら、佐野さんは俺たちの前まで来て、首をかしげた。
「ああ、ちょっと人を捜しててさ。どうやら商業科の可能性があるんだけど、知り合いもいないし、ちょっと行きづらいから、どうしようかって話してたの」
 事情を話すわけにも行かないから、人捜しってことで。
「なるほどー。じゃあ良かったらだけど、私が訊いてあげようか? 商業科に知り合いいるから」
 そう、佐野さんは事も無げに言ったけど――。
「…………」
「…………」
 俺と久保は、沈黙。
「あのー? 葛西くーん? 久保くーん?」
 いきなり黙り込んだ俺たちに、佐野さんが若干顔を引き攣らせた。
 そして。
「こんなところに神が!」
「突破口が発見されました、隊長!」
「何、何なの、君たちはっ!?」
 叫ぶ俺と久保。
 訳がわからないままに叫ぶ佐野さん。
 そんな構図が展開されたのだった。


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