7話 東奔西走!?

「俺に用があるってのは、君たちか? 」
 出てきたのは、中肉中背で短めの髪に黒縁眼鏡を掛けた、生真面目そうな先輩だった。
「はい、そうです。堺先輩ですよね。先輩に用があって伺いました。俺が葛西、こっちは久保っていいます」
「葛西に久保ね。で、どんな用?」
「ええとですね……」
 用件を言おうとして――周りの目が気になった。大声で話しているわけではないし、他者に聞かれてはまずい話でもないけど、それでも人は少ないほうがいいだろう。
「あの、先輩。上で話しません?」
「ああ、いいよ」
 堺先輩も俺の意を察してくれたのか、快諾してくれたので、三人で屋上のドア前で話すことに。
「それで?」
「先輩は、鼓桜華って子を知ってます?」
 単刀直入に訊いた。
 駆け引きなんて必要ないし、そもそも俺にそんな芸当できないし。
「鼓、桜華……?」
 首をかしげる先輩。
 その表情は演技ではなく、本当に心当たりがないので、記憶のページを繰っているように見えた。
「知らないですかね?」
「いや……。ああ、思い出した! 桜ちゃんか!」
「桜ちゃん?」
 出てきた違う名前に、俺と久保は顔を見合わせた。
「あの先輩? 葛西が訊いたのは、鼓桜華って子で」
「ああ、違う違う。ほら、桜華って、名前が『桜』っていう字使うだろ?だから俺、『桜ちゃん』って呼んでたんだよ。昔一緒に遊んだんだ、懐かしいなあ」
 言いかけた久保を遮り、先輩は宙に字まで書いて説明した。
「じゃ、先輩、知ってるんですね?」
「ああ。思い出した。……でも、遊んでたのって、三歳くらいまでだ。桜ちゃんに至っては確か二歳とかそんなもんだし。それを何でお前らが知ってんの?」
 不思議そうな顔をする先輩。うん、その疑問は尤もです。
「あ、それはですね……」
 ――鼓さんと俺の出会いを説明。
 すると。
「――は!? 許婚? 俺と桜ちゃんが!?」
 堺先輩は、目が点になっていた。
「え? 知らないんですか、先輩?」
 ……あれ? なんか反応が予想と違う。
 俺はてっきり、「うん、彼女とは親が決めた許婚でさー」とかいう反応をすると思ってたんだけど。
 だってさ、そうじゃないと、ああまで必死になって解消しようと頑張ってた(問題も多いけど)鼓さんが何か哀れじゃない。
「全然。何かの間違いじゃないの?」
 でも、先輩は「知らない」という意思表示。
「いえ、俺は鼓さんからはっきりと聞きましたし。先輩の名前の書かれたメモも見たし。……まあ、彼女自身が先輩の顔知らなかったってのは、あれですけど」
「そりゃ当然だ。桜ちゃん、二歳とかだし。覚えてるわけないよ。それに、引っ越して会わなくなったんだから、仕方ない」
 確かに、二歳とかなら顔なんて覚えてなくても仕方ない。
 しかし、そうなると『許婚』の話はどこへ?
「先輩、ご両親とかから聞いたこともないんですか? 『許婚』の話」
「ない。それにしてもさ、そこまで桜ちゃんも心配しなくてもいいのに」
「どういう意味です?」
「だって、桜ちゃん、他に好きな奴がいるから、悩んだ上げ苦に突撃してきたんだろ? だったら俺にも都合がいい」
 先輩のその言葉にピンと来た。
「……先輩も好きな人、いるんですね?」
 途端、先輩はうっと呻いて顔を背けた。
 ……やっぱり。
「だとすると、先輩も問題ないですね。後は……」
「親だな。よし、とりあえず俺が親に訊いてみる。俺が知らなくても親だったら知ってるだろ、その許婚の話」
「ですね。お願いできますか、先輩。鼓さんもかなり心配してたので」
 そうすれば話がしっかり見えるから、打開策もあるはず。
「オッケーだ。俺も許婚なんてふざけた話、気に食わないからさ」
 堺先輩は俺と久保を見てニヤッと笑った。

 その後、俺たちは連絡先を交換して、まず先輩がご両親に許婚の話を確認→それを俺に連絡→俺が鼓さんに連絡→その後は臨機応変にってことで話がついた。
 つまり、俺が何かをするにしても、堺先輩からの連絡待ちってこと。
 それにしても展開が楽で助かった。先輩にも好きな人がいてるなんて、鼓さんには朗報だろう。後は親御さん次第だけど、何とかなるんじゃないかな。
 俺はそう思った。

 翌日の昼休み。
 俺と久保、堺先輩は食堂で向かい合っていた。
「それで、結局どうだったんですか?」
 食事もそこそこに訊ねると、先輩はうどんを手繰る手を止めて箸を置いた。
「それがさあ……。話した途端、『は!? 何の冗談だ?』 って親父に笑われたよ」
「笑われたって……。じゃあ、ご両親も知らないってことで?」
「そうなるなあ。詳しく話したら、さらに笑われた。母さんにも笑われて、ちょっとへこんだ」
 苦笑いを浮かべる先輩。
 そりゃへこむよなあ。「俺にさ、許婚っている?」って(恐らくそれなりに勇気を持って)訊いたら笑われるんだもんなあ。
 ――イタイよね。
「事情は話したんすか、先輩?」
 久保の質問に先輩は頷いた。
「ああ。『後輩から話を聞いたんだけど』っていて、事情を話したんだ。そしたらさ」
「そうしたら?」
「二人とも首を傾げて、そんな話はした覚えないってよ。だけど、一応、桜ちゃんのとこに連絡して確認してくれるって言ってた」
「そりゃよかった。そうしたら、真相もわかりますね、きっと」
 俺はほっと息をついた。これで真相さえわかれば、鼓さんも安心だろ。せっかく好きな奴がいるってんだから。
 すると、先輩が何や怪訝な表情で俺を見ていることに気づいた。
「? 俺の顔になんかついてます?」
「いやさ……。葛西はさ、何でこの問題に関わるんだ? 桜ちゃんに一発喰らったからってだけじゃ説明がつかねえんじゃね?」
「ああ、それっすか」
「うん」
「単純な話ですよ。俺も久保も、鼓さんが可愛くてお嬢様学校行ってるっていうんで首突っ込んでるだけです」
 久保を顔を見合わせて「ねー」とやってみたり。
「……そんな理由で?」
「正確には、俺をノックアウトして破棄したいほどに好きな奴ってのが気になったのと、鼓さんの許婚に会ってみたかったんで。ここまで来ると途中で降りられんでしょ」
「ああ、なるほどなあ。なんとなくわかる。んじゃ、これからも付き合ってもらうよ? 最後まで」
「うい」
「ほいほい」
 何故かこの時、先輩は何やら企んだ笑みをしてたんだけど、俺も久保も特に気にせずに頷いてた。
 だけど。
 後々、俺たちはこの選択を少々後悔することになるとは……全く気づかなかった。


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