第4話 捜し物は許婚!

 その紙片には――こう記されていた。
『堺和人』――たった一言、それだけが。
「これ――『さかい・かずと』って読むのかな。もしくは『かずひと』か。どちらにしても、俺の名前じゃない」
 でも。
「似てるね……」
「はい、そうなんです……」
 俯く鼓さん。
「なるほど。この名前を見て勘違いしたってわけね」
 一文字、二文字しか違わない。一瞬しか見てないとしたら、間違えても仕方のない――ような気がしなくもない。
「本当にすみません。母からこの紙を渡された時、恥ずかしいことに私はかなり頭に血が登ってまして。許婚の名前はしっかりと覚えたはずなのに、いつの間にか『堺』が『葛西』に変換されて覚えてしまったんです。それに『和人』を私は『かずひと』と読んでしまったものですから」
「で、最上原に来て、『かさいかずひと』を捜してたら、俺が都合よく現れたってわけか」
「はい」
 コックリと頷き、不安そうな表情の鼓さん。しかし、この子が昨日の凛とした感じの子と同一人物とは思えないほど、印象が違う。
「ねえ、昨日の鼓さんとは同じ人だよね? 双子とかそういうオチはないよね?」
 だから、思わず訊ねていた。
「当たり前ですっ。昨日は、その自制心を失っていたもので……!」
 一瞬頬を膨らませたが、すぐにしゅんとなってしまった。
「いや、今のは俺も悪かったから。でもさ、何でいきなり殴りかかってきたのさ。別に恨みがあるとかじゃないんでしょ?」
 許婚っていうことが嫌なのはわかるけど、殴りかかるとというのは違う気がする。それに、鼓さん、何だか武道をやっているみたいだし。
「ええと、その。私はちょっと武道をやっているのですが。母に、『私より強くなければ嫌だ』と言いまして。最上原まで確かめてくる、と」
 何、その展開。
「母には相手にそう伝えておいてくれと言づけて、昨日、最上原までやってきまして――」
「俺をノックアウトすることになったわけね」
「私は伝わっていてもいなくてもどちらでも構わないと思っていたんです。腕には覚えがあるので、仮に相手が何かしらの有段者であったとしても、勝てる自信がありました」
 あっさり言う鼓さん。
 ……凄い。相手も有段者であったとしても勝てる自信があった、なんて。負けるなんてことはこれっぽっちも考えていないらしい。
「俺をノックアウトした後、どうしたの?  聞いた話じゃ、ノックアウト後に勘違いに気づいて、保健室に運んでくれって頼んでくれたみたいだけど」
「はい。あなたを倒した後、こんなものか、と思って。メモした紙を破り捨ててやろうと取り出して――間違いに気がつきました」
 ようやくそこで気づいたのか。
「本当にびっくりしました。許婚だと思って倒して。これでそんな話はなくなると思っていたら、それが人違いだったなんて。顔から血の気が引きました、あの時は」
「ダチが真っ青な顔して助けを求めてたって言ってたけど、その時のことなのね」
「はい。周りに助けを求めて、あなたを保健室に運んでいただいて――目覚めるまで待っていることにしました。――その後のことはおわかりだと思いますけど」
「ああ、大丈夫」
 嫌でも覚えてるし、忘れようがないから。
「本当に申し訳ありませんでした。先程も言いましたけど、もし治療費など掛かったお金があれば、遠慮なく請求してください。慰謝料なども払えというのであれば、ちゃんとお支払いしますので」
 また頭を下げる鼓さんに、俺は首を振った。
「いいよ。別に金はかかってない。保健室で湿布貰っただけだし、慰謝料もいらない。……というか、するつもりなんてないよ」
 驚いたことは驚いたけど、それとはまた次元が違う。
「でも……」
 何故か不服そうな鼓さんを遮り、俺はちょっと訊いてみた。
「いらないって。じゃあさ、いくつか質問していい?」
「え? あ、はい。私に答えられることなら」
 コックリ頷く鼓さんに、俺は疑問をぶつけた。
「んじゃ遠慮なく。あのさ、鼓さん。許婚と結婚とかが嫌なのは当然だけど。今時珍しいよね? 鼓さんの家って、お金持ちだったりするの?」
 三上先生が、華族とかの子供が通うような学校って言ってたしなあ。
「え? さ、さあどうでしょう? 私は意識したことなんてありませんけど」
「ま、そんなもんか。というか、失礼な質問だった、ごめん」
 いきなりする質問じゃないよね。
「はあ」
「んじゃ次の質問。その許婚と一度会ってみようという気はなかったの?」
 ちょっとした疑問だった。
 別に会ったからといって、即結婚ということもないだろうし、会ってみてもいいんじゃないか、と思ったんだけど。嫌だったら、それから断ったっていいんだし。
 だけど、鼓さんの意見は違うらしい。
「え? だ、駄目です、そんなの。会ってしまったら、許婚との婚姻を了承したも同じじゃないですか」
「……は?」
 目が点になった。
 会ったら婚姻を了承? ……何を言ってんだろ、鼓さん。
「だってだって。相手に会うということは、『許婚の話』を納得した上で会っていると考えられるじゃないですか。それはつまり」
「……結婚前提のお付き合いをするってこと?」
「はい。――だから私はこの話を破棄するつもりで最上原にやってきたんです」
 ――なるほど。
 平和的に会いに行くのではなく、問答無用で許婚の話をぶち壊すつもりだったと。
「会ってから、『このお話はなかったことに』とは行かないんだ」
「お見合いのレベルではないので……。簡単に断れるものでもないんです」
「そっかー……」
「そ、それにっ」
「? それに?」
 鼓さんが急に強い声を出したので、俺は首をかしげた。
「わ、私には、その……他に好きな人がいるんですっ」
「ま、マジですかっ!?」
 衝撃発言だった。
 まさか、好きな人がいるとは。
 ――いや。
 それならば、鼓さんが異常に許婚問題をぶっ壊そうとしてるのも頷ける。
 好きな人がいるのならば、とんでもなくいい迷惑な話だもんね。
 となると。
 これは、俺が考えてる程度の単純な話ではないらしい。
 なら、これからどうする気なんだろ、この子は。
「とにもかくにも、許婚を見つけないことには話しになりません。私の方からは否、ということは伝えてあるはずですが、相手側の意向がさっぱりなので。全てはそれからです」
「フンフン。さすがに乗り込んでノックアウト! はもう止めた?」
 思わず意地悪な気になって訊くと、鼓さんは真っ赤になった。
「そ、それはもう止めました! お願いですから、思い出させないでください……」
「悪い。んじゃあさ、お詫びに俺にも協力させてくれない? 鼓さんの許婚捜し」
 お詫び半分好奇心半分で、訊いてみた。
「――え?」
 案の定、俺の提案に鼓さんは目を丸くした。
 俺はもう一度言ってみることに。
「だからさ、俺にも手伝わせてくれないかな、その許婚捜し」
「ええ!?」
「ん? あ、何か都合悪い?」
 驚きに目を見開く鼓さんの様子に、悪いこと言ったかな、と少し焦った。
 いくらなんでもいきなり過ぎた?
 と思ったら。
「い、いいんですか? お手伝いしていただいても?」
 あっさり了承された。
「そりゃこっちから言い出したんだし。でも、少しでも鼓さんの方で何か都合が悪いんだったら――」
 遠慮なく断ってくれ、と言おうとした。
 しかしながら。
「とんでもないです! むしろこちらが伏してお願いしたいくらいですから! 本当に構いませんか?」
 ブンブンと首を振る鼓さんに、俺は笑って頷いた。
「構わないって。お詫びもあるし、正直その許婚が誰かってのにも興味がある」
 こんなにも可愛い許婚がいる奴をひと目拝んでみたい、というのがホントのところ。
 ……なんて羨ましい。
「ありがとうございます! 最上原には知己が全くいないので、どうやって許婚を捜そうかと悩んでいたところだったんですよ」
 そりゃそうだろうね。あんな騒ぎを起こしてしまって、もう最上原には来にくいだろうし。
「んじゃ、許婚の情報は他に持ってる?」
 名前だけじゃあなあ……と思っていたんだけど、鼓さんはあっさり首を振った。
「すみません。最上原に通っているということと、堺和人という名前だけしか……。学年も2年か3年年か……。1年じゃないのは間違いないのですけど」
「うーん、そっか。でも、1年生が除外できるだけでもよしとするかな」
 それでも、かなりの人数が残るんだけど。
「お手数おかけしますが、よろしくお願いします、葛西君」
「引き受けた、鼓さん」
 深々と頭を下げる鼓さんに、俺は大きく頷いてみせた。
「それでは、私の連絡先をお教えしますね。赤外線、使えます?」
「ああ、もちろん」
 俺はケータイを出して、鼓さんと連絡先を交換。
 よーし、何だか面白くなってきた!(不謹慎な気もするけどね)
 明日から捜すぞー!



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