22話 ショックな真実

 大和川さんがポケットから取り出したのは――。
「……ペン?」
 一見ちょっと高級そうな様相のペン。
 だが、大和川さんはしてやったりとばかりにニヤリとした。
「そう見えるでしょ? 実は違うんだな、これが。これね、ICレコーダーなのよ」
「ICレコーダー?」
 ICレコーダーってあれ? 会社の会議とか大学の講義とかを録音できる――。
「そう、そのICレコーダー。色々種類あるけど、これはお勧めされた高性能ICレコーダね。パパの会社の人に相談したら、これお勧めされたの。『18時間連続録音、ノイズカット機能付きで集音機能あり。しかも小型で気づかれにくいからって』ね。んー確かにこれいいわね」
「それが秘密兵器か。確かにそれなら奴らの会話も逃さず取れているかな?」
「そうでしょ? 念のためにもう一つ用意して、そっちでも取ってあるの。流石に二つでやれば文句ないでしょ」
 大和川さんは言いつつ綾辻さんに目配せ。
 すると、頷いた綾辻さんが大和川さんと全く同じ物を胸ポケットから取り出してテーブルに置いた。
「私のほうも撮れたはずです。これを桜華さんに聞いてもらいましょう。念のためにコピーした上で。そうすれば……」
「鼓さんの目も覚めるかもしれない、か。そう願いたいね」
 これでも前原に傾倒するってんなら……最早お手上げだ。どうしようもないし、どうする気もない。
「ある意味最後の賭けよ。これを聞いても桜華が前原のことを盲信するっていうのなら――」
「いうのなら?」
「私は桜華との縁を切る。冷たいかもしれないけど、傍から見れば丸わかりのことに耳を塞いで、真実を見ようともしない人をいつまでもフォローしきれないからね」
 大和川さんの口調には迷いがなく、そうなってしまったときは、躊躇いなく鼓さんとの縁を切るだろうということを感じさせた。
「……! わ、私は百合さんみたいには考えられませんけども。もしそのような状態になってしまったら……桜華さんとは距離を置くことになるかと思います」
 綾辻さんも続けて言い――悲しそうに目を伏せた。
「そうならないことを祈るけどね……」
 大和川さんの陰鬱な声が耳に残った。

「桜華。ちょっと話があるの。付き合って」
「話? 言っておきますけど、前原さんの悪口なら聞く気は――」
 桜華が冷たいと形容するしかない目と口調で言ってくるけど、引く気はない。
 これは桜華の目を覚まさせるのに絶対に必要なことだから。
「悪口、ねえ。まあいいわ。とにかく付き合いなさい。私たちが言っていることが正しいのか、桜華が信じている前原さんが正しいのか。アンタが判断しなさい」
「私が判断、ですか? どう考えても信じるに決まっているじゃないですか」
 さも当然とばかりに言う桜華。
 しかし、私はそれでも自信があった。桜華が目を覚まし、ちゃんと向き合ってくれることに。
「そう。そんなに自信があるなら構わないわよね。付き合いなさい。……それともその自信は口だけ? 根っこじゃ前原の外道さを理解してるのかしら?」
「な!? そんなことありません! いいですよ、お付き合いします。どこにでも行きますから!」
 挑発に簡単に乗ってくる桜華。本人は前原の名誉のために怒っているつもりなんだろうけど……私から見れば、逆に自信のなさの現れとしか思えない。
 それを怒る形にすることで守っている――そう虚勢を張っている、としかね。
「いい覚悟ね。こっちよ、来なさいな」
 私と志乃は桜華を引き連れ、とある場所へと向かった。

 私たちが向かったのは図書館。
 碧野の図書館は大きくて、一棟丸ごと使ってる。
 私は前もって申請しておいた、学習室の鍵を司書さんに借りて中に入った。ここは数人で学習するための部屋で、六人まで入れるようになってるから、ちょうどいい。
「さて、まずは座って」
「ええ」
 桜華が座るのを確認してから、私は件の――ICレコーダーを取り出し、机に置いた。
「これは?」
「あんたの目を覚まさせるアイテム。引っ張る趣味はないから、すぐに聞いてもらうわ」
「…………?」
 小首を傾げる桜華を見つつ、再生スイッチを入れる。
 すぐに前原や取り巻きたちの下品な会話が再生され。
 同時に、桜華の表情が強張っていくのが印象的だった――。

 再生が終わると、桜華の顔は今にも泣きそうになっていた。
「どう、ご感想は」
 我ながら容赦ないと思う。けど、桜華を追い詰める覚悟はしてる。
 友達だもの、あんな奴の毒牙で大切な友人を傷つけさえるわけにはいかない。だからこそ、目を覚ませるための荒療治。
 そして、非難を受ける覚悟もある。
「そ、そんな。嘘です、こんなの、前原さんが言う訳が……」
 流石に衝撃が大きいんだろう、桜華の目は泳ぎ、言葉も虚ろだった。
「残念ながら事実よ。私一人で前原の大学行ったわけじゃないし。志乃に葛西君に久保君。四人で行って、これを撮ってきたんだから。……桜華、あの男はアンタを彼女として好きなんじゃない。ただ欲望の対象としてしか見てない――」
「いや! 言わないで!」
 聞くのが辛いんだろう、桜華は耳を塞いで机に伏せてしまった。
「桜華……」
 どうしようか……と思っていると、黙っていた志乃が桜華の手を優しく取り、顔を上げさせた。
「志乃?」
「志乃ちゃん?」
「桜華さん。信じたくないのはわかりますが、これは紛れもない事実です。逃げずに現実を見てください。そして、真実を知ってください」
 じっと桜華を見つめる志乃は、そう言って微笑み、軽くその頬を撫でた。
「真実……真実ですか……」
「ええ。真実です。前原さんの真実。それを桜華さんは知らなくてはいけないはずです」
「で、でも」
「それに……。前原さんと出会ったという、福祉施設。それも調べました。何故このような人がボランティアに来ていたのか。奉仕精神があるなどという高尚な理由じゃありません。それは――」
「いや! 聞きたくありません!」
 悲鳴を上げ、桜華は泣きそうな表情になって――突然立ち上がると出口に向かって駆け出した。
「桜華!?」
「桜華さん!? どちらへ!?」
 慌てて声を掛けるが、圧倒的に遅かった。
 私と志乃が声を発したとき、既に桜華の姿は部屋になく、荒く閉められた扉の音が響いているだけだった。
「待ちなさい、桜華!」
 無論私もその後を追ったが桜華の後ろ姿すら見えず、諦めざるを得なかった。
「志乃! 久保君に連絡! 私は葛西君に電話するから!」
「は、はい! なんと言って伝えますか!?」
 学習室に戻った私は、携帯電話を取り出し、メモリーから葛西君の番号を呼び出した。
「桜華に前原のことを伝えたら、ショックで飛び出していった。捜すのを手伝って、と」
「わかりましたっ」
 志乃が同じように携帯電話をプッシュするのを見つつ、内心でため息を吐く。
 ……全く世話を掛けさせるんだから。
 とっ捕まえて、絶対に叱ってやろうと心に決め、私は通話ボタンを押した。


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