23話 時間がない!

 既に帰宅して、休んでいた時に掛かってきた電話から聞こえる大和川さんの声は、切羽詰っていた。
『――というわけなの! 悪いんだけど、葛西君も桜華を捜して――』
「荷物は?」
『置いたまんま飛び出していっちゃった。財布とか携帯電話とかは身に付けてるみたいだけど』
「学校からどっち方面に行ったかもわかんないのか?」
『すぐに追いかけたんだけど……。あの子足速いから、すぐに見失っちゃって……』
「そっか」
 ショックなことを聞かされて、その場に居たくなかった……というのはなんとなくわかる。問題はどこへ行ったか、だ。
 前原の本性を聞かされて、混乱しているんだろう。
 前原を信じたい気持ちと友人が正しいと思う気持ちとが葛藤してる……そんな状態に違いない。
 そんな状態の人は、一体どうする……?
 真実を知りたい人は――!?
「! そうか。――大和川さん」
『何?』
「前原の大学だ。きっと鼓さん、前原に会いに行ったんだと思う」
『え!? 大学に!? 何で――あ!』
 どうやら大和川さんもそこに辿り着いたらしい。
「そういうこと。もちろん、絶対なんてことは言えないけど、今はそれに賭けるしかない」
『そうね。わかった、志乃と一緒に大学へ行くわ。葛西君たちも来てくれるでしょ?』
「ああ。行かないわけにはいかないでしょ」
 ここで降りるなんてできるわけもないし、する気もない。
『うん、ありがと。それじゃあ、私たちも向かうから、葛西君たちも早く来て。向こうで合流しましょう』
「了解」
 電話を切り、久保にも知らせると二つ返事で「行く」という返事。
 よし、これで取り敢えずは問題ないか。
 堺先輩は……やめておこう。相模先輩と仲良くやっていることだし、変な心配をかけてもよくないから。
 さて、俺も行こう。
 まずは久保と合流して、それから大学だ。

 大学に着いたけど大和川さんたち二人の姿はなく、確認したら、もう少し掛かるとのこと。
 ならば。
「久保、先に中入って、鼓さんと前原捜そうぜ」
「そうだな。どっちかでも見つかればなんとかなりそうだもんな」
「ああ」
 出来れば、鼓さんの方を見つけたい。
 俺も何度となく鼓さんへ連絡を取ってみたんだけど、全く出てくれない。
 納得の出来る答えが見つかるまで出ないつもりかもしれない。
 それでも何とか見つけて、強引にでも前原と引き剥がした方がいいだろう。
 構内で久保と別れ、手当たり次第に捜していく。
 教室、ディスカッションルーム、食堂、ミーティングルーム……。だが見つからない。
 いくら何でも教授や講師のいる研究棟にはいないだろう。となると、残りは図書館くらいか。
 行ってみるかと踵を返したとき、『前原』という単語が聞こえ、思わず足を止めて耳をそばだてた。
「さっきの女の子、すっげえ可愛かったよな。それが何で前原なんかに?」
「さあ……? しかも、あの子高校生だろ、まだ。どっかのお嬢様学校の子らしいじゃん。男慣れしてないから、前原なんかに引っ掛かったんかねー」
「ああ、碧野女子とかいうお嬢様学校だろ? 可哀想に。遊ばれて捨てられるのがオチじゃね? そうなる前に別れられればいいんだけどさ」
「無理だろー。前原があんな可愛い子逃がすかよ。さっきだって、こっちが呆れるくらい口先で騙くらかそうとしてたじゃん。それをまるっきり信じちゃってまあ……。よっぽど免疫ないんだろ」
 ――間違いない。鼓さんと前原だ。
 しかし、一足遅かったか……!
 となると――。
 俺はその駄弁っている二人の大学生に何食わぬ顔で近づいて、話しかけた。
「なあなあ、それってさ、制服来た女の子? ポニーテールの」
「え? ああ、そうだぜ。怖い顔で前原に話しかけて、しばらく言い合ってたかと思ったら、連れ立ってどっかに行っちまったよ」
 いきなり話しかけられたので驚いたようだったけど、不審にも思わなかったんだろう、すぐに話してくれた。
「そっかー。うーん」
 わざとらしく腕組みし、首を捻って考え込む振りをしてみせる。
「? どうかしたのか?」
「何? もしかして、あの子と知り合い?」
 ……よし。上手く食いついた!
「直接じゃないけど。実は俺の妹も碧野女子でさー。そこから聞いたんだけど、ポニーテールが特徴の可愛い子が、大学生のワルに騙されてるんじゃないかって噂で。学校で人気もあるから、妹も気にしてて」
 適当に考えたストーリを大雑把に話して反応を窺う。
 興味を引きそうな話で、うまく誘導できるといいんだけど……。
「そうなのか? そりゃ心配だな。だけど……」
「だけど?」
 大学生は眉を寄せ、渋い顔をした。
「ヤバいかもよ? そのポニーテールの子が今の子だとするけどさ、前原って奴に引っ掛かっちゃたみたいで」
「その前原ってのはヤバい奴なの? 彼女のことを大事にとかはしないわけ?」
「ヤバイもヤバいって。全て身体目的な下衆野郎だよ。だから、その子もまずいんじゃね?」
「マジか……」
「ああ。そもそも出会ったのが福祉施設だろ? 前原の奴、自慢してたぜ? 単位と交換条件のボランティアで、真面目な振りして外見とのギャップを使って、上手いこと初心な女引っ掛けたって。それがあの子なんじゃねーの」
「うあ……」
 思わず呻くと、もう一人の大学生が外のほうをチラッと見た。
「その子、さっき前原と言い合ってたけど、上手く言い包められたみたいで一緒に出てちゃったぜ? もし心配なら、追いかけたほうがよくない?」
「うーん。そうだな、妹もその子に世話になってるみたいだし。余計なお節介だとは思うけど、一応……。でも、どこへ行ったのかわからなきゃ……」
 それが問題だ。本音を言えば一刻も早く追いかけたいんだけど、言った方向がわからなければ無駄に時間を浪費するだけ。
 くそっ。鼓さんの貞操の危機だっつーのに。
「多分だけど。大学の裏手側だと思うよ、向かったの」
「え!? 知ってるの?」
 外を見ていたほうが言った言葉に、今度は俺が食いつく番だった。
「知ってるわけじゃないって。ただ、あの言い包められてた様子だと、上手いこと裏のほうへ連れてかれてるんじゃないかなって」
「裏に何が?」
 何があるんだ?
 目をパチクリとさせると、二人はああと頷いた。
「そっか、お前は知らないのか。裏のほうにはホテルがいくつかあるんだよ。路地入ったところだからわかりにくくて、大学側も殆んど知らんだろ。前原はそこへ向かったと思う。あいつ、言葉だけは上手いから」
「うわあ……」
「早く行ったほうがいいぞ。中に入られたら止めようがないし。追いかけたけど、食われた後でしたー、なんて洒落になんねえよ?」
「わかった、ありがとう!」
 俺はくるっと身体の向きを変え、走り出した。
 本当に洒落にならん。そんなことになってたとしたら。鼓さんがどれほど傷つくことか。
 キャンパスを駆け抜けながら、俺はケータイを取り出し、久保たちへと連絡を入れた。


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