21話 潜入調査

 広い学食の一角で、俺たちは耳をそばだてていた。
 意識を集中し、一言も聞き漏らさんと会話に耳を傾ける。
『……でよー。バイト先の店長がウザくてよ。何度ぶちのめしてやろうと思ったかわかんねー』
『いるよなー。ムカつく店長。クソみたいな時給で働いてやってんだから、もっと感謝しろってんだよなー』
『全くだぜ』
 ワハハハハ、とイラつく笑い声が耳に入る。
「……バカばっかか、あいつの周りは」
「類は友を呼ぶとはよく言ったものね。笑っちゃうわ」
「よく大学に入れましたよね、あの人たち。不思議です」
「裏口なんじゃねー?」
 俺たちは半ば呆れながら、それでも気づかれないように注意を払い、会話を聞いていた。
 少しでも、鼓さんが目を覚ましてくれるための材料にするために。

 協力を了承した翌日、学校を終えて外に出た途端、黒塗りに車が一台。
 大和川さんの家の方らしく、よくわからない内に彼女の家まで連行された。
 大豪邸、だった。目を疑うほどの。
 出迎えてくれた大和川さんは、「早速で悪いけど、作戦説明したいから」とのたまわっていた。
 悠長に作戦を練る気はないらしく、そっちで既に考えていたらしい。
 彼女の部屋で説明された作戦は単純なもので、『大学生に扮し、潜入して前原の本性を暴く』というものだった。
「潜入ねえ。それはいいけど、どうやって潜入すんのさ。いや、潜入出来たとして、前原にどうやって近づくの? いくら何でも俺らが近づいたら、気がつくでしょ」
 あいつがどんなバカでもさ。
「そんなの変装するのよ。そうすればバレないわ」
「変装?」
「もちろん怪しくない程度にね。髪型変えるとか、帽子を被るとか眼鏡掛けるとか、それだけで十分。大学ってとにかく人数多いから、いつもと違う服そうしたらわかんないもんよ」
「そんなもんなの?」
「そんなもんなの」
 大和川さんは俺の疑問にあっさり答えると、手帳を取り出しスケジュール表を開いた。
「ええとね、私は明後日が都合いいんだけど。習い事も寄り合いも何もないから。志乃は?」
「あ、はい。私はですね……。ああ、私も明後日なら空いてます」
「お、ちょうどいい。そっちはどう?」
 同じく手帳を開いて答えた綾辻さんに頷き、今度はこっちに顔を向けた。
「俺は……特に何も予定ないけど。久保、お前は?」
 俺は熱心な帰宅部だけど、こいつは怠惰なサッカー部員だからなあ。
「部活があるけど。何だったら休むよ?」
 あっさりと久保。
「いいのか、お前。そんなに簡単に休んで。レギュラー取れんのかよ?」
「ああ。こういうときのためにそれ以外は熱心に出てるからな。問題ない」
 胸を張って言い切る我が悪友。
 ……言っておくけど、それは決して胸を晴れるようなことじゃないと思ふ。
 だけど、久保も参加できるようなら大丈夫――。
「え、いやあの。二人ともさ、何か早とちりしてない?」
「――へ?」
「早とちり?」
 大和川さんが、困ったような顔つきになっている。
 ……早とちり……? 一体何を早とちりしてるって言うんだ?
「学校終わってから行くつもりなの、二人とも?」
「そりゃそうでしょ。平日なんだし――」
「土日だったら学校休みだけどな。大学も休みだろ?」
 何を言ってるんだと、大和川さんを見る。
 が、帰ってきたのは呆れ返った視線だった。
「あのねー。学校終わってから行ったんじゃ、向こうだって終わってるでしょ! それに、大学は日によって講義数が違うんだから、下手すりゃ午前中で前原が受講してる講義終わっちゃうわよ!」
「え……。確かに、大学はその人の好きに講義取れるってのは知ってるけど……」
「でしょ? だから、潜入する日は朝から行くの。そうすれば、前原がどんな講義を取ろうが、午前で帰ろうが午後までいようが、問題なく観察できるわ」
「朝から!? 学校は?」
 当然の疑問に、大和川さんの返答は至極簡潔明瞭だった。
「もちろん、サボるのよ」

 二日後、俺はいつもどおり学校へ行く振りをして、指定された場所へと向かった。
 駅前のロータリーだったんだけど、既に黒塗り高級車が待機しており、久保が来るのを待って出発。しばらく走って連れてこられたのはとあるブランドショップ。
 そこで店員さんの見立てで一式揃えてもらいクラスチェンジ。
 その後指定された美容院へ行き、軽くカットしてもらう。
 全て終わった後で鏡を見たんだけど、正直、誰だコレ!? って感じ。名前だけしか知らないブランドで上下を固め、高そうな美容院でヘアスタイルを変更。
 生涯でただ一度だけだろうね、こんなことするの。
 代金は全て大和川さんが持ったんだけど(『費用は全て私が持つよ、こっちから頼んでることだし』とのことで)、一体いくらになったんだろ。
 聞くのも想像するのも恐ろしい。
 チェンジが終了した後、再び車で移動し、大和川さん、綾辻さんと合流。前原の本性を暴くための手筈を整え、確認し、向かうは前原の通う大学。
 大和川さんはバレることはないって言っていたけど、正直不安だった。いくら何でも、高校生が大学に行って、気づかれることなく行動できるものなのか――とビクビクしていたけど、全く疑われることなどなく。
 こっちが拍子抜けするくらい堂々と行動出来た。
 安心出来たところで、前原を探して行動開始。
 さすがにどの講義に出ているかなんてわかりゃしないので(下手すりゃ今日来ているかも知らない)、教室を通り過ぎつつ、前原がいるかどうかをチェック。
 幸いにも掲示板に一週間の講義一覧が張り出されていたので、それを許に可能性の高い順に絞り込んで。
 2限が終わったところで前原を発見し、食堂まで尾行し、今に至る――というわけだ。
 さて、では盗み聞きの続きといこう――。

「……ところで前原。少し前に引っ掛けた、碧野女子の子ってのはどうなってんだ? もう食ったのか?」
「いや、まだだ。こっちにベタ惚れなのはいいんだけどよ、食うまではな。警戒もまだしてるしよ」
「まだかよ!? こっちにも女回してくれるって話は大丈夫なのか?」
「それは問題ねえよ。ああいう女はよ、一度ヤッちまえばこっちにゾッコンになるからさ、何でも言うことを聞くようになるぜ。そうすりゃお前たちにも碧野のお嬢様をいくらでも回してやるよ。男と付き合ったことのねえスレてない女子高生を食い放題だから、楽しみにしてろ」
 ニヤリと下卑た笑みを浮かべる前原にオオーと盛り上がるその他の連中。
「ムカつきすぎて気持ち悪くなってきたんだけど」
 類は友を呼ぶとは言うが、ここまで腐った連中が固まるとはね……。
 大和川さんも眉を跳ね上げ、怒りを露わにしていた。
「信じらんない。何、あの外道。サイテー!」
「何なんですか、あの人たち……。桜華さんを――女性を欲望の対象としてしか見てないですよ? 何であんな人に桜華さんは……!」
「全くだな。鼓さん、男見る目ゼロだろ、言っちゃ悪いが。葛西が言いたくなるのもわかるわ」
 久保が大袈裟にため息をついた。
 …… 本当に、どうしようもない連中だよな。
 俺もため息を思わずついたとき、奴らは立ち上がり、女を手に入れたらみんなで楽しもうとか、酔い潰すのも面白そうだとか、ろくでもないことを言いながら出ていった。
 前原たちが完全にいなくなってから、俺たちは一様に息をつき、顔を見合わせた。
「まあ、前原か完全無欠に腐った外道だということはわかった。で、どうやって鼓さんを説得する?」
 何せ、悪口言っただけで無慈悲な一撃を食らわすくらいなんだもん。
 すると、大和川さんはフフンと鼻を鳴らした。
「任せなさい。私が無策でこんなとこまで来るわけないでしょ。ちゃんと考えてあるわ」
「へえ?」
「――コレよ」
 大和川さんはスッとポケットから細長い何かを取り出して、俺たちの前に置いた。
 これは一体――?


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