Simple Life
〜前途多難だけど洋々〜
7話

〜五行匠〜

 段々と期末テストの足音が聞こえ始めたある日。
 そろそろクラスに緊張感が漂い始め、中にはセンター試験用のテキストを取り出す生徒もボツボツと出てきた。
 この期末が内申書にも影響を及ぼすから、大半の生徒は目を血走らせてたりする。
 そうじゃないのは、はなから諦めている奴か、成績に自信のある奴だけ。
「おーい、五行。ちょっといいか」
「ん?」
 かけられた声に振り向けば、そこには二人にクラスメイトの姿。
「頼みがあるんだけど、聞いてくれるか?」
「おお、その他大勢1号2号じゃないか。どんな頼みだ?」
「松山だ!」
「小島だ!」
 目を剥いて言ってくる二人に、俺は笑って手を振った。
「わはは。悪りい悪りい。悪気しかないんだ。許してくれ」
「そうかそれなら……って! なお悪いわ!」
「だから許してくれって言ってるじゃんか」
「ええい、このヤロー! 友達に対する言葉がそれか!? もういいから、俺たちの頼みを聞け」
 うがーと噴火してから、松山が疲れたように言った。
 何だ何だ、元気がないな。
「はいはい。で? 頼みって?」
 言っとくが、金ならない。むしろ貸してくれ。つーか寄越せ。
「あのよ、期末が段々と近づいてきてるだろ? だからさ、勉強会をしないかって話なんだけど」
「勉強会?」
「そそ。俺らあまり自信ないからさ〜。その点、五行はトップクラスだから問題ないだろ? だから、な?」
「……早い話、俺に勉強を教えろ、と」
 そういうことか。どこかに集まって俺に臨時家庭教師をしろってことね。
「どうだ? 頼めないか?」
「頼むよ〜」
「ええい! 拝むな、顔を近づけるな、鬱陶しい!」
 男のそんな顔を見ても可愛くねえ! むしろ怖いわ!
 俺は二人の顔を押しやってから、肩をすくめた。
「わかったわかった。教えるよ。で、いつ頃」
 都合がいいのかと訊こうとしたとき、別の声が割り込んできた。
「ねえねえ。その話、あたしたちも混ぜてくれない?」
「へ?」
「あたしたちもさ、その勉強会、参加させてよ」
「園崎? それに、飛鳥井。お前らもか?」
 話しかけてきたのは同じくクラスメイトの園崎だった。陸上部に所属していて活発な子だ。その後ろには飛鳥井もいた。
「うん。あたしもさ、今回頑張らないとちょっちまずいのよね〜。だから……ね?」
「俺は別に構わないけど。お前らは?」
『問題ない! むしろ大歓迎!』
「だそうだ」
 顔が緩んでんぞ、松山、小島。
「じゃ、いいよね?」
「ああ。飛鳥井も構わないか? 男子と一緒で」
「わ、私は別に……」
 飛鳥井はちょっと戸惑った様子だったが、反対しなかった。
 ふむ。考えてみれば、飛鳥井は別に男嫌いとかそういうわけじゃなかったな。ちょっと取っ付きにくいだけで。
「じゃ、そういうことで。でもあたしツイてるなあ。明日香も勉強できるし、五行君も変だけど勉強だけは凄いし」
「頭叩いていいか」
「ああ、やめてやめて」
 大袈裟に頭を抱えて下がる園崎。……ち、叩き損ねた。しかし、『変』というのは訂正しろ。せめて『おかしい』と言え。
「ま、とにかく、このメンバーでやるということでいいな。日時と場所はどうすんだ?」
 五人ともなると、場所を探すのは結構骨だな。
「う〜ん。ベタに図書館とかは?」
「五人で自習室占拠すんのか? ガヤガヤするだろうから、周りに迷惑なんじゃないか?」
 教える以上無言じゃできないしなあ。五人もいたら、結構うるさいぞ。
「んじゃ、誰かの家しかないのでは?」
「確かにそれしかないか」
 それだったら、ある程度騒いでも大丈夫だろうし。
「なら誰の家に行くの? 言っとくけど、あたしんちは無理だからね。部屋小さいから、この人数は入らない」
「園崎さんと同じ」
「右に同じく」
 園崎に続き、松山、小島も首を横に振る。ま、普通はそうだよな。
「明日香んちは? 確か、結構な家だったよね?」
「え? 私?」
「うん。どう?」
 いきなり話を降られた飛鳥井は目をぱちくりさせた後、しばらく宙を睨んでいたが、ゆっくりと首を振った。
「無理よ。私の部屋も入るだけならなんとかなるけど……。勉強するとなると、机とか必要でしょ? それを入れたら、この人数だと入りきらないわ。」
「そっかー……」
「居間とかなら大丈夫だけど……。他の家族がいるから」
「そうだよねー」
 飛鳥井もダメ。となると――。
(仕方ないか……)
 残るは俺だけだからな。
「なら、俺の家はどうだ」
「いいの?」
「ああ。俺、親とは離れて一人暮らしなんだよ。それなりの広さもあるし、五人くらいだったらどうにでもなるからさ」
「そうなの? ならあたしたちが押しかけても平気かも。それじゃ、お願いしていい?」
「あいよ。みんなもいいか、俺んちで?」
 念のため訊いてみたが、みな「オッケー」とのことなので、確定だ。
 ……いや、飛鳥井だけが「五行さんの家……」とかブツブツ言ってるけど。
 何だよー。別に変なところにあるわけじゃないぞー。
「日時はどうする?」
 これには飛鳥井が口を開いた。
「土曜か日曜しかないわね。土曜は授業あるし、しっかりと勉強する気なら日曜の方がいいかしらね。早めに集まれば、数時間は取れるでしょうし」
「俺はどっちでも。都合のいいほうをお前たちで決めてくれ」
 ここしばらくはなーんも用はないから、いつでも大丈夫だ。
 ……ちょっと虚しい。
「なら、日曜の午前中から勉強しちゃおうよ。午後一杯やれば、かなり出来るからさ。そうしよ」
「ああ、それいいな。五行には訊くこと多いから、時間は長めの方が助かる」
「よし決定。なら――」
 その後、いろいろな意見を加味しつつ、勉強会の予定が決まった。
「確認するね。今度の日曜日、午前十時に五行君の家の最寄り駅に集合。各自勉強道具は忘れずに。――でいいかな」
 園崎がいつの間に取ったのか、メモを片手に予定を読み上げるのを聞き、俺は頷いた。
「おっけ。駅に着いたら連絡くれ。迎えに行く」
「りょーかいっ」
 臨時の会議が終了し、それぞれ席に戻っていくのを見送りつつ、俺は家の状態を思い出していた。
(……日曜まで掃除三昧だな、コリャ)
 何せ男の一人暮らし。その惨状、推して知るべし。

 意外と時間が過ぎるのは早いもので。
 家の掃除に思いのほか時間がかかり、土曜の夜までかかってようやく、人様が遊びに来ても恥ずかしくないくらいまでに片付けることが出来た。
 もちろん、男のお宝本は押入れの中に厳重に封印した。まず見つかることはあるまい。
 見つかったら男二人と園崎はともかく、飛鳥井の反応が怖い。あの冷たい視線で凍らされるくらいの覚悟はいるかも知れない。
 ――とにかく。見つかりませんように。

 日曜日。
 集合の連絡を受けて駅へ向かうと、改札口には既に全員揃っていた。
「おお、時間ぴったりか。律義だねえ」
「当然のことでしょ」
「そんなこと言うのは五行さんくらいなものです」
「へえへえ。んじゃ、行くか」
「今日はよろしく」
「おう」
 早速俺んちへと向かう。
 道すがら、俺は飛鳥井と園崎が手にした荷物について訊いてみた。
「随分大荷物だな」
 二人して大きなスーパーの袋を両手に持っているし、小島も手に小さな紙箱をぶら下げているし、松山も飲み物の入った袋を持っている。
 松山はわかるとして、残りの三人がわからない。
「それは後のお楽しみ。ねー、明日香」
「え、ええ。そうね」
「……どうかしたのか?」
 何だか心ここにあらずって感じなんだが。
「何でもありません、気のせいです」
「ならいいけど」
 飛鳥井は否定するが、どうも気になり、園崎に訊いてみた。
「なあ園崎。飛鳥井の奴、どうかしたのか? なんかさっきから黙りこくってるし」
 すると、園崎も気になっていたのか、チラッと後ろの飛鳥井を見てから声をひそめて顔を寄せてきた。
「あたしも気になってたのよ。なんか上の空って感じでしょ? それにさ、変に気合の入ったファッションで来てるし。肩出しカットソーにショートパンツだよ!? 松山くんと小島君の二人なんて、鼻の下伸ばしちゃって、チラチラ見てるし……。なんなんだろうねー?」
 園崎も首をかしげるってことは、余程のことか。なんなんだか……あれ? そういや、飛鳥井の格好って、この前買った服じゃ――。
 飛鳥井に目を向けてみれば、間違いない。あれは、この前のデートで無理やり付き合わされつつ選んで買った服だ。
(何か意味でもあんのか? ……まさかな)
 あるわけがない。気に言ったから買ったんだろうし、気に入ったから着てきたんだろう。それだけのことだ、きっと。
「それにさ、誰から貰ったのか知らないけど、可愛いイルカのストラップ付けてるんだよ。聞いても『プレゼントしてもらったのよ』って言うだけでさ〜」
「それって……」
 俺が買ったやつか。
「なーんか随分嬉しそうでさ。あれってかなり親しい人からもらったことは間違いないね。もしかして彼氏かなあ」
 園崎の話を聞きながら、俺は後ろを振り返ってみた。
 飛鳥井が先ほどと変わらず、少し上の空で歩いている。
(そっか、ずっと使ってくれてるのか)
 それだけで、なんか嬉しかった。プレゼントした甲斐があるってものだ。
 ……しかし、しかしだな。
 改めて飛鳥井を見、内心唸った。
 飛鳥井が歩くたび、ショートパンツからすらっとした綺麗な、言うなれば艶かしい白い太ももが目に入ってくる。かなり色っぽい。
 それに、園崎の言う通り、後方の野郎二人がその太ももに目が釘付けになってるのが丸わかりだ。
 うあ。なんかそれ腹立つな。飛鳥井の身体が見世物になってるみたいで。
 なんだろうなー、この不愉快さ……。
 その正体はわからず、家に着くまで内心首を傾げるばかりだった。


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