Simple Life
〜前途多難だけど洋々〜
6話

〜五行匠〜

 その後、水族館を出た俺たちは近くのファミレスで遅めの昼食を取り、さてこれからどうしようかという話になって――飛鳥井から提案があった。
「デパート?」
「来る途中にあったでしょう? ちょっと覗いてみたいのだけど」
「反対する理由はないよ。行くか」
 これからのプランはないに等しいから、むしろ飛鳥井から行きたい場所を提示してくれて助かったくらいだった。
 デパートのどこへ行くのかと思っていたら――やはりそこは年頃の女の子。婦人服売り場へと一直線。
 だが、そこは俺にとっては人外境。女性ファッションなどにはてんで疎いから、何がなんやらさっぱりわからん。なので、ちょっとお伺いを立ててみる。
「なあ飛鳥井?」
「何でしょう?」
「まさかと思うけど……俺に服選びを手伝えなんて言わないよな?」
「それこそまさかね。五行さんにそんなこと期待してません。自分で選びます」
 その言葉に心底ほっとした。
「そうか、良かった。なら俺はその辺ブラブラしてるから、終わったら携帯にでも連絡くれ」
 頷くのを確認してから、その場を離れる。入ったショップコーナーから出る際、二人組の女性とすれ違った。
 どちらも俺よりはいくつか年上。綺麗な感じの人たちだが、一人はへそ出しルックにジーンズ、もう一人はキャミソールにタイトミニスカートという扇情的な格好に思わず目が行く。
(とと……。まずいな、コリャ)
 逆に見せつけるような感じの二人だから、見たところで文句を言われはしないとは思うが、それでもジロジロと見るのはまずい。
 今にも下着が見えそうな二人から理性を叱咤して目を引き剥がし、外へと――。
 その時。
「五行さん」
「ん?」
 硬い声に振り返ると。
 そこには氷の微笑を湛えた飛鳥井が立っていたのだった。


〜飛鳥井明日香〜

 服選びを手伝えなんて言わないよな、と困惑して表情で言う五行さんに、私はあっさりと首を振る。
 ――イラッ。
 私の返事にほっと息を吐く五行さんに、何故かイラッとした。
 全く興味のない様子で店を出ていこうとする彼の後ろ姿に、以前聞いたあることを思い出した。
 曰く。男性は女性の買い物に嬉々として付き合う人と、全く興味がなく、むしろ絶対に嫌がる人、両極端な二種類のみだと。
 それからすると、五行さんは間違いなく後者だろう。
「…………」
 ――ムッとした。カチンとした。理由なんてわからないけれど、私の買物など全く眼中にないといった感じの五行さんに、面白くないと思った。
 だから思わず五行さんに声をかけようとしたけれど、出掛かった声が行き場を失って消えた。
 五行さんが、ちょうど入ってきた大学生らしき女性二人組の格好に、目を奪われるのを見たから。
 ――ピシッ。
 頭の中で、何かが折れる音が聞こえた。
 その音がなんなのか疑問に思う間もなく、ツカツカと近づいて私は声をかけていた。
「五行さん」
 自分では普段通りの声を出したつもりだったけど、実際に出たのはかなりの硬い声。
「ん? どうした、飛鳥井……うおっ!?」
 振り向いた五行さんは、何故か私を見て頬を引き攣らせて仰け反った。
「どうしてそんなに顔が強張ってるの?」
 それも私を見てなるなんて、失礼な。
「い、いや……お前がな、怖い顔をしてるからだ……」
「へえ? あの二人を見て鼻の下伸ばしていた時とは随分反応が違うわね」
「……なんか含みのある言い方だな」
「事実でしょう?」
 気に入らない。五行さんが女性を見て鼻の下を伸ばしているなんて。まがりなりにも私とデートしているというのに――。
「突っかかるなよ。あんな格好してる女性がいたら、男だったら誰でも見るって」
 肩をすくめた五行さんの言うことも一理あるのはわかる。でも、私の不快感はそれに起因していることも事実。
「そうね。でも、今は私とデートしている最中です。別の女性に目を奪われるのは失礼だと思わない?」
「う……確かに」
 ぐっと詰まるデート相手に、私はにっこり笑ってその手を取った。
「なら今からちゃんと私の相手をしてください」
「わかったわかった。で、何をしろと?」
「服を選ぶのを手伝ってください」
「は? でもさっき、『当てにしてない』って」
「気が変わったの」
 それだけ言い、私はさっさとショップへと舞い戻った。勿論、五行さんの手を握ったまま。
「え!? ちょ、ちょっと待て! 俺に女の子の服選びのセンスはないぞー!?」
「元から当てにはしてません。最終的に選ぶのは私です。五行さんは素直にいいと思った物を言ってくれればいいのよ」
「矛盾してるぞ!?」
「自分としてはしてないので問題ありません」
「飛鳥井、お前さっきからおかしくないか!?」
 またまた失礼なことを言われた。この人にはデリカシーと言う言葉はないのだろうか。
「おかしくなんかありません。おかしいのは五行さんの頭の中でしょ」
「それは否定しないが……って、おいい!?」
 自覚はあるらしい。校内きっての変人ということは。
「……お前、今すごく失礼なこと考えなかったか」
「何のことかしら」
 適当に受け流し、私は目当てのコーナーへと進んでいく。
「なあ、本気で俺に手伝わすの?」
「本気です。諦めてください」
「後悔するぞー!」
「しませんから。大丈夫です」
 五行さんと一緒に服を選ぶ。
 それが目的なのだから、後悔なんてするはずがない。
 心の中で、私は微笑んだ。

 そうして。
 五行さんにあーでもないこーでもないと手伝わせた私は、最終的にニットのオフショルダーカットソーとカラーショートパンツを購入した。
 ちょっとセクシー過ぎたかなとも思ったけれど、これくらいはいいだろう。
 それに、これならあんな二人にも負けないし……。
 って、私は一体何を!?
 いきなり沸いた変な対抗心のせいで赤面した私を、五行さんが怪訝な目で見たとしても、それは仕方のないことだったと思う。


〜五行匠〜

 ショッピングを終えた頃にはすっかり日も沈み、俺も精神的に疲労困憊に近い状態だった。
(女の子のショッピングって疲れる……)
 想像はしていた。大変であることは、大体わかっていた。
 しかし、想像するのと実際に体験するのとじゃ、全くの別物だった。
「五行さん、疲れたの?」
「ああ」
 俺とは対照的にけろっとしている飛鳥井にとっては納得の行く買い物だったらしく、上機嫌だった。
(何で二時間以上うろつき回って、平気な顔してんだよ……)
 女のショッピングは、男に取っては鬼門――この言葉がようやく理解出来た。精神的疲労を伴って。
「意外ね、五行さんがそんなフラフラになってるなんて」
「平気なツラしてるお前の方が、俺からすりゃおかしいわ」
「女の子にとっては楽しいものだから」
「それは嫌というほど思い知ったよ」
 俺は手にした紙袋を持ち直し、肩をすくめた。
 実はこの紙袋、飛鳥井が買った服が入ってたりする。会計を済ませた途端、飛鳥井が俺に押し付けたのだ。
「こういうのは男性が持つものよ」と言い切り、反論虚しく強引に持たされた。
 持つのはいいとして、そのときの店員さんが思いっきり生温かい顔でいたのが非常に気にかかる。あれは間違いなく、「彼氏も大変ですねー」という顔だった。
「さ、行きましょう。駅までで構いませんから、持つのは」
「当たり前だっ」
 これで家まで持ってこいとか言われたら、さすがにど突くぞ。
 エスカレーターへと向かう飛鳥井の後ろを、従者が如く俺は着いていった。
 ……あれ? なんか今日、飛鳥井の後を追っかけてばかりの気がするけど、気のせい?

 帰りの電車内で、俺たちは特に会話はなかった。遊んでいるうちに話すべき話題は全て使い切ってしまった感じだったので、ただ沈黙が降りていた。
 しかし、それは重いものではなく、優しい沈黙だった。
「あっと、これ、渡すの忘れてた」
「何?」
 そろそろ自宅の最寄り駅に着こうかという頃、俺は上着のポケットから小さな紙包みを取り出すと、飛鳥井に手渡した。
 もちろんそれは、水族館で買ったものだ。
「ま、プレゼント」
「プレゼント? 開けていいかしら?」
「おう」
 中から現れたのは――イルカがデザインされた携帯電話のストラップ。イルカの材質は青味がかったアクリルで、綺麗さと可愛さが上手く合わさっており、なかなかの出来栄えだと思う。
「これ……私が見てた……」
 飛鳥井が、驚いたようにイルカをじっと見つめる。
 そう、これが水族館の売店で飛鳥井が目を奪われていたもの。でもって、俺がその後に買ったもの。
「物欲しそうに見てたんでな、買ってみた」
「……どういう意味かしら?」
 吊り目がちな瞳が、俺を見据える。
「さてな。素直になったほうがいいという自戒が込められてるんじゃねえの」
「……五行さんが言うと、有り難味がなくなる気がするわ」
「へえへえ。そりゃ悪うござんした」
 肩をすくめると、飛鳥井は何がおかしかったのかクスッと笑い、ストラップを大事そうに、優しく手で包み込んだ。
「何か上手い具合に転がされた気もするけど……。でも、ありがとう。大事にするわ」
「好きに使ってくれ。プレゼントした以上、そうしてもらわないとイルカが可愛そうだ」
「ええ、そうします」
 ストラップが飛鳥井の荷物に仕舞われるのをなんとなく見ながら、何故か心地好さを感じていた。
 飛鳥井とのデート――少なくとも、悪くはなかった。むしろ、楽しかったと胸を張って言えるだろう。
 飛鳥井がどうだったかまでは保証できんがな。
 しかし、ストラップが気に入ったことだけは確かだ。
 なぜなら。
 後日学校で、携帯電話にイルカが泳いでるのを見たから。


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