Simple Life 
〜前途多難だけど洋々〜
4話

〜Another View 〜

 いつもの如く、僕は一夜、司先輩、円先輩と食堂にいた。これは毎回のパターンで、変わりはしない。
 僕は円先輩が食べ終わるのを見計らって(司先輩はまだ食事中)訊ねた。
「円先輩、ちょっといいですか?」
「ん、何なっち?」
 箸をトレイに置き、円先輩が首をかしげる。
「聞きたいことがあるんですけど……。五行先輩って知ってます?」
「へ、五行?」
「はい」
 隣では司先輩が、「那智君、いいの?」と呟いていたが、頷いた。別昨日のことを話すわけじゃないし。ちょっと五行先輩に興味があったのだ。
 あの、面白いと思った先輩に。
「どうしたのさ、急に?」
「いえ、ちょっと噂に聞いたもので。どんな人なのかな、と思って」
 これは本当のことだし。
「ふーん。でもま、ちょっと驚いた。なっちの口から五行の名前が出るなんて」
「驚く?」
「そ。色々と話のある奴だから」
「ということは、円は知ってるのね?」
「俺も聞いたことあるわ。五行っていう特進の先輩のことは」
 ようやく食べ終えたらしい司先輩も話しに加わり、一夜も口を挟んできた。
「うん。特進にも友達いるからね。聞いてるよ。しかし、遠矢っちも知ってるとは、意外だわ」
「俺かて噂くらいは耳にするわ」
 面白くもなさそうに一夜は呟く。
 あの、そうすると全く知らない僕はどうなんでしょうか。
「それで、五行先輩って、どんな人?」
「そうだなあ、一言で言うのなら」
「一言で表すなら」
 一瞬置いて、円先輩と一夜は同時に言った。
「紙一重な奴」
「紙一重な人やな」
 全く同じ言葉を。
「え? 紙一重?」
「何それ」
 僕が目を丸くすると、隣では司先輩が同じく目を丸くしてる。
「そのまんまの意味。天才と馬鹿は紙一重って言うでしょ? その紙一重の部分にいるってのが、五行に対するみんなの認識」
「教師もそう思ってるらしいで」
「成績は特進の中でもトップクラス。五番以内から落ちたことなし。なのに、授業は聞いてないは寝てるわ早弁するわいきなり姿はくらますわ……。それでも成績はいいから、カンニングしてんじゃないかって疑われて、一人だけ別に試験受けたこともあるってさ」
 円先輩はそこで肩をすくめて。
「でも、成績は相変わらず優秀、と。教師も頭抱えたみたいよ。その上色々と問題起こしてるし」
「問題?」
「うん。ほら、司、覚えてない? 一度校庭にでっかい落とし穴掘られてて、校長先生が落っこちたことあったでしょ」
「ああ、あれ? 確か穴の中に爆竹とか仕掛けられてて、すっごい音してた……」
「あれ、五行の仕業」
「うそ!?」
 驚く司先輩に対して、円先輩が得意げにニヤッと笑う。
「嘘言ってどうすんのよ。職員室でこっぴどく叱られてるの、見た奴いるもん」
「俺が聞いたんは、学校にデリバリーのピザ注文して堂々と食ってたってやつやけどな」
「ピザぁ!?」
 僕は思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
 だって、ピザですよ、ピザ! 学校に持ってくことすら考えないのに、注文って。
 だけどまだ終わりじゃなかった。五行先輩の伝説は。
 円先輩曰く。
 屋上から懸垂下降(アクション映画でよく目にするロープで降りてくる、アレ)を実行して窓から教室に乗り込んだとか、校舎の壁をフリークライミングで登ってきたとか、コンビニの鍋焼きうどんを学校で作ったとか(キャンプで使うコンロをわざわざ持ち込んだそうだ)、まだまだあるらしい。
 先輩は最後に一言、「とにかく変で面白い奴よ」と締めくくった。
「……変な人ね、五行君って」
「聖嶺にあって、あの四人組とは別の意味で浮いた人や」
「上手いこと言うね、遠矢っち」
「浮いた人」か。確かに、一夜の言ったことは言い得て妙だと思う。一応なりともいいところの子供たちが通うこの聖嶺で、そんなことをする人がいるとは思わなかった。
「……お? 噂をすれば陰。なっち、後ろ見てみな。五行がいるよ」
「え?」
 円先輩に言われて振り向いてみると、ちょうど食事を終えたらしい五行先輩とクラスメイトらしき人の姿があった。
 どうやら既に食べ終えた後らしく、丼を乗せたトレイを持ち、おしゃべりをしながら返却口に向かっていた。
 蕎麦でも食べてたのかな、と思っていたら突然立ち止まり、トレイだけを返した。
「……?」
 そして見た。五行先輩の口元が、ニッと釣り上がったのを。あれはどう見ても何か良からぬことを思いついたときの表情だ。
 何をする気かと思っていたら――。
「回してる……」
 五行先輩は丼の底に箸を当てて、皿回しの要領で回し始めたのだ。皿回しならぬ丼回し。
「いつもより多く回しておりまーす」
 決まり文句を言いながら、五行先輩はクルクルと上手に丼を回している。
『いいぞー。五行ー!』
「イエー! もっとおだてて、おだてて」
『五行もおだてりゃ東京タワーに登るー』
 クラスメイトの声援(煽り文句?)を受けて、ますます回す先輩。ついには一つじゃなく、両手で回し出した。
(一つ回しつつ、もう一つ回すのって凄いんじゃ?)
 それをあっさりやってしまう五行先輩って、もしかして、凄い人? いやでも、いきなりやり出す辺り、おかしな人か、やっぱり。
「……本当に変な人ね……」
「そですね」
 司先輩の言葉に、同意してしまう僕だった。

 ちなみに。
 先輩はその後すぐ騒ぎを聞きつけて出てきた食堂のおばさんに「食器で遊ぶんじゃないよ!」と大目玉をくらい、正座で説教されていた。
 そのときの先輩の言い訳は。
「俺の『芸人 in Tokyo』の血が騒ぎまして」だった。
 すいません、まったく理解できません、先輩。

〜Another View end〜


〜飛鳥井明日香〜

 ついにこの日がやってきた。
 五行さんから授かった作戦を実行する日が。
 日曜日の今日、一夜さんがどこにも出かける予定がないのは確認済み。そして、懸念事項でもあったお母様も朝からお出かけになっていて、夜まで帰ってこないというのも好都合。
(よし……)
 私は一夜さんの部屋の離れに立ち、深呼吸をしてからドアをノックした。
「一夜さん、ちょっといいかしら?」
「……はい?」
 相も変わらずの無表情で、顔だけ覗かせる一夜さん。だが、そんなことは気にしていられない。これからの作戦では、もっと近づかなくてはならないのだから。
「何の用ですか、姉さん」
「ちょっとお話があるの。母屋の居間にいらっしゃい」
「……話? 一体なんの……それ以前に、俺が行ったら義母さんが」
「大丈夫。お母様は朝からご友人と観劇に行ってらして、夜まで帰って来られないから。お夕食も居間の方でお食べなさいな」
 お母様がいない――これが私にとってのかなりの武器になる。一夜さんもお母様が自分を嫌っていることは当然わかっているから、滅多に母屋へは来ない。食事ですら離れのこの部屋で食べることも珍しくない。
「……いや、俺は学校の勉強が」
「いいからいらっしゃい。今だって本を読んでるだけでしょう? 美味しいお茶とお菓子、用意しているから」
 断るであろうことも予測済み。でも、そうはさせない。こちらから強気に出れば、一夜さんは必ず頷く。
 それが、この家での自分の立場を必要以上に理解してしまっている、一夜さんの処世術。
 読み通り、一夜さんは「はぁ」とため息をついてから、渋々といった感じで頷いた。
「わかった、行く。先に行ってて下さい。すぐに行くので」
「わかったわ」
 一夜さんは行くといった以上、必ず居間へと来る。変に念押しすることもない。
 私は母屋へと戻り、早速お茶とお菓子の準備をする。
 準備し終えると、そこにいたもう一人の協力者に顔を向けた。
「お姉様。協力お願いしますね」
「任せといて」
 ポンと張った胸を叩いたのは、二番目の姉。一夜さんに服とかを買っては着させている、一番仲のよい姉だ。
 一人でこの作戦を全て実行するのは荷が重いと感じた私は、事情を話し協力を要請した。そうしたら二つ返事で快諾してくれ、早速作戦に参加することになったのだ。
「後は一夜を待つばかり」
「はい」
 私たちが席に着くと同時に、一夜さんが姿を見せた。さすがに手に文庫本は持っていなかった。
「さあ、席にお着きなさい。今お茶を入れるから」
「……はあ」
 姉さんがいることに一瞬怪訝な表情を浮かべたけれど、何も言わずに席に着いた。
「はい、どうぞ。お菓子もあるから遠慮なく食べなさい」
 丁寧に淹れたハーブティーを一夜さんの前に置き、次いでマドレーヌとメープルスコーンを置いた。
「……いただきます」
 カップに手を付けたことを確認してから、私も姉さんと自分にお茶を淹れ、ゆっくりと飲んだ。
「お味はどうかしら?」
「意外と美味しい。意外やわ」
「そう。口に合ってよかったわ」
 まずは一安心。これで「まずい」とか「好みじゃない」とか言われたら、気まずくなって話が進まないところ。
「で、俺に話ってのは何です、姉さん」
 口元からカップをテーブルに戻し、一夜さんが私をじっと見つめる。私もカップを戻してから口を開いた。
「学校での一夜さんのことを色々と聞きたいの」
「……俺の?」
「そうそう。私も知りたいんだよね。一夜がどんな学校生活を送っているのか」
 姉さんもにっと笑って一夜さんに目をやった。
「――戻る。お茶ありがとう」
 がた、と立ち上がる一夜さん。くるっと背を向けられたところで、私は努めて平静な声をかけた。
「……この前、千秋君と少しお話をしたわ」
「!?」
 予想通り、一夜さんは動きを止めた。ここまでは上手くいった。後は、再び一夜さんを席に着かせられるかどうかにかかっている。
「一夜さんのことを色々と教えてもらおうと思って」
「那智はなんて言うてた?」
 私はここで、言うべき言葉を持っている。
「もう一度席に着いてくれたら、お話するわ」
「…………」
 ある意味、卑怯ともいうべき手段。でも、そんなことにはかかずらってはいられない。この気を逃したら、多分もう、一夜さんに近づける機会は来ない。
「どうかしら」
「……わかった」
 諦めたように呟き、一夜さんは緩慢な動作で席に戻った。
「一夜さん。千秋君とおかずの取り合い、しているんですって?」
「ぐ!?」
「え、何々? 一夜、そんなことしてるんだ?」
 私が言った事実に一夜さんは苦虫を噛み潰したような顔つきになり、姉さんは興味津々といった感じで目を輝かせた。
「……時々な。別に悪いことはしてへん」
「あら、別に悪いなんて一言も言ってないわ。楽しそうねって思っただけよ」
 常に無表情な一夜さんがそんなことをしていると聞いたときは、私も随分驚いたけれども。どうやら、学校での一夜さんは、私の知らない顔がかなりあるようだ。
「それで、那智とはどんな話をしたんや?」
 やはりそれが気になるらしく、一夜さんはずいっと身を乗り出してきた。
「そうね。……一夜さんの学校でのことかしら。どんなことを話しているのか、友人である千秋君から見て、一夜さんはどんな人なのか――そんなこと。千秋君からは色々と教えてもらったわ」
 千秋君と話したときのことが脳裏に蘇る。屈託なく優しい顔で一夜さんのことを話す千秋君。
 それは、心から一夜さんのことを大切に思っていると確信できる表情。あの優しい顔に一夜さんも心を開いたのだろうか。
「彼はきっと、一夜さんのことが好きなのね。わかるくらいにニコニコ話してたわ」
「那智が? ……ニコニコって、ガキか、あいつは」
 むすっとした顔でお茶を飲む一夜さん。でも、それは不機嫌になったからではなく、照れているように見えた。
「お? 何だ何だ、一夜。もしかして照れてるの?」
 姉さんがニヤニヤと笑いながら一夜さんの顔を覗きこむ。
「照れてなんかあらへん。勝手な想像せんといてや」
「ふーん。で、その千秋那智ってのは、どんな子なのさ? 女の子みたいな名前だけど、彼ってことは男の子だよね?」
「千秋那智。確かに女の子のような名前だけど、歴とした男の子です、お姉様。そうですね、お姉様が見たら、コーディネートしたくなるような、可愛らしい殿方ですね」
「へえ。今度連れてきなさいよ、一夜。二人纏めて服を見立てて上げるからさ」
 姉さんは興味津々といった感じで、一夜さんに千秋君と連れてくるように言った。しかし、一夜さんは全く気乗りしないようで、「ああ、まあそのうちに」と曖昧な返答しかしなかった。
「それで、那智とはほかにどんな話を?」
 一夜さんはやっぱりそれが気になるらしい。
「ほか? いつも一夜さんは文庫本を離さないとか、それでも話しかければちゃんと返答はしてくるとか……。そうそう。彼の一夜さん評を聞いたわ」
「俺の評価?」
「ええ。彼はね、一夜さんのことを」
「なんて言ったんや――?」
 ずいと身を乗り出してくる弟に、私はニコッと笑みを向けて。
「面白い人――そう言っていたわ」
「は? 面白い人?」
「ええ」
 確かに言っていた。これは嘘ではない。
「へえ。一夜を面白いとはねえ。その千秋って子、なかなかセンスあるね」
 姉さんは感心したのか、ポンと手を打っていた。
「お、面白いやて……? 俺が……?」
 その評価はかなり意外――というかショックだったらしく、一夜さんは頬を引き攣らせてしまっていた。
 でも。
(そんな表情をさせてしまう千秋君て、凄いわ)
 素直に感心する。私だったら、絶対に無理だろう。
「学校で会ったらどついたる……」
 何だか一夜さんが物騒なことを呻いているけど、聞き流そう。じゃれ合いくらいいつもしているようだから、問題はない……と思いたい。
「でも一夜さん」
「なんや」
「面白い、なんて言ってくれるお友達がいて良かったわね」
「…………」
 私は小さく微笑んで、一言。
「千秋君て、いい人ね。大切になさい」
 気の置けない親友というのは、人生における宝物。話して笑って、時には喧嘩して――そんなことができる友人は、掛け替えのないものだから。
 そんな私の心情を知ってか知らずか、一夜さんは一瞬キョトンとした顔を見せてから、頷いた。
「ああ、わかっとる。あいつは、那智は俺の親友やから」
 そして彼の表情は、優しかった。

 それから、私たちは三人でさらに色々と会話を楽しんだ。姉さんファッション講義や一夜さんと四方堂さんとの関係についてとか、(本人は『ただの先輩後輩や』と否定していた)千秋君との出会いとか――そんなことを取り止めもなく話していた。
 そんな会話も終わりになって。
 居間を出ていく一夜さんの背に私は声をかけた。
「一夜さん」
「ん? なんです、姉さん」
「また、こんなふうにお話しましょう? お茶とお茶菓子を楽しみながら――どうかしら?」
 振り返る一夜さんの語調はいつもと変わらぬ感じだったけれど。
「そやな。また、こんなふうに話せる機会が会ってもええかもな――」
 それだけ言うと、一夜さんはさっさと離れへと姿を消してしまった。
「…………」
「…………」
 私と姉さんは顔を見合わせた。
 なぜなら。
 振り返ったときの一夜さんは、ほんの少しだったけど。
 確かに、照れ臭そうに――笑っていたのだから。
「良かったね、明日香」
「ええ」
 私と姉さんは微笑み会い、丁寧に淹れた紅茶で乾杯したのだった。

 そういえば。
 このお茶会のことを上の姉さんが知り、「なんで私を除け者にしてそういうことすんのー!?」と年甲斐もなくダダを捏ねたのは――それだけのこと。
「今度するときは、ちゃんとお姉様にも知らせますから」
「絶対だからね!? 約束よ!?」
「わかりましたから、いい歳して駄々こねないでください」
「歳のことは余計よ!」


〜五行匠〜

 週明け。
 珍しく早めに登校すると、待ちかねていたかのように飛鳥井が近づいてきた。
 いそいそと、その顔もどこか晴れやかだ。
「五行さん。ちょっといいかしら」
「おう。何かあったか」
 荷物を机のフックに引っ掛け、勉強道具一式を中に入れながら、訊ねた。
 まあ、何かあったとしても、この様子だと悪いことではないようだが。
「ええ。昨日、早速作戦を実行してみたのよ」
「おお! で、どうだった、首尾は? ……いや、何も言わなくてもわかるな」
「え?」
「上手くいったんだろ?」
 そう言うと、驚いたらしく目を見開いた。
「なぜ?」
 次いで不思議そうに首を傾げる飛鳥井。
 ……自分じゃ気付いていないらしい。浮かれているのが丸わかりなんだけどさ。
「端から見てたって、お前が機嫌いいのがわかる。作戦実行したって言っておいて、嬉しさオーラを撒き散らしてりゃ、上手くいったんだってことが嫌でもわかるわ」
 呆れ気味に肩をすくめてやると、飛鳥井の頬が赤く染まった。
「そ、そうかしら? 私、そんなに浮かれてる?」
「思いっきり。でも、一安心だな」
「どういうこと?」
「これでも、結構心配してたんだよ。作戦を授けたのは俺だぜ? これで上手く行かなかったら、どう言い訳して責任転嫁してやろうかと」
「……五行さんに相談したのは根本的に間違っていた気がするわ……」
 こっちを呆れた目で見やってから、あからさまなため息を吐く飛鳥井。
「あの、さすがにそこまでやられると、いくら煮干をよく食べている恩恵で頑健な俺とはいえ、爪の先ほどは傷つくんですが」
「頑丈ね。唾つけておけば治るんじゃないかしら?」
「言うね、お前も」
 クククと思わず笑みがこぼれる。まさか、真面目の代名詞みたいな飛鳥井がこう上手く切り返してくるとは、意外や意外。でも、面白いから無問題。
「それで? 上手く行ったということは、手応えはあったんだよな?」
 一度で仲良くなるとは思わないが、なにかしらの手応えくらいは得ておかないとやった意味があまりないだろうし。
 途端、飛鳥井の表情がぱぁっと明るくなり、嬉しさオーラに桜色の背景が散りばめられる。
「ええ、成功と言っても構わないと思うわ。最初はぎこちなかったけれど、少しずつ打ち解けられたと思うし……」
「そっか。そりゃ何より」
 少しでも打ち解けられれば重畳だ。
「これからも時折だけれど、またお茶を一緒に飲もうと思うの。回数を重ねていけば、今よりももっと、距離を縮められると思うから」
「ああ。頑張って仲良くすればいいさ。なんてったって、姉弟なんだからな」
 家族は仲がいい方がいいに決まってる。

 ……俺が言っても説得力ないけど。
「ええ、ゆっくりとやってみるわ」
 微笑みながら頷いた飛鳥井が、何を思ったのか、いきなり頭を下げた。
「? 何してんだ、いきなり」
 目を丸くしてると、戻った飛鳥井が真っ直ぐに俺を見た。
「ありがとう、五行さん。色々と相談に乗ってくれて。一夜さんとのこと、本当に感謝してるわ」
「ああ、そんなことか。気にしなくていい。むしろ役に立ててよかったよ」
「でも」
「気にすんなって。飛鳥井みたいな美人に頼られて、嫌な奴なんていねえからさ」
 パタパタと手を振って、アピールする。
 実際、俺は大したことはしていない。相談に乗ってアドバイスをして、ちょっと情報を集めただけ。
 作戦を成功させたのは、ほかの誰でもない、飛鳥井自身。だから褒めるべきは、自分自身だ。
 そう思って気にしないように、と言ったのだが美人の風紀委員はそうは思ってくれなかったらしい。
「そうは行かないの。五行さんのおかげで一夜さんとのこともどうにかなりそうなのは確かなんだし。だから」
「だから?」
「お礼がしたいのだけど」
「……いらねって」
 俺はまた手を振った。さっきも言ったように、お礼をされるほどのことをしたつもりなはない。こうしてお礼の言葉も貰っている。それで十分だ。
「ううん、すごく感謝しているのは本当だから。是非お礼をさせて。どうしても嫌だっていうのなら、考えるけど――」
 しかし、飛鳥井も引かない。それどころか、そんなことまで言い出した。……一瞬で物の見事に堀を埋められた。
(……そこまで言われた上で断ったら、俺が悪いみたいじゃんか……)
 どうしたものか。何かいい手はないかと考えていると、ピン、と閃いた。これならば飛鳥井を傷つけることもなく、俺自身も白い目で見られずにすむ(はず)。
「わかった。んじゃお言葉に甘えようかな」
「ええ。私にできることなら――」
 ほっと安堵の表情になる飛鳥井に、俺はにっこりと笑って見せ、
「デートしてくれ」
 と言った。
「…………ふえ?」
 それは想定外中の想定外だったらしく、飛鳥井がなんとも間の抜けた声を漏らした。
(ふふふのふ。これでよし)
 内心、俺はにやりとした。
 勿論、これは本気の誘いじゃない。フェイクだ。
 いきなりのデートの誘いなど、飛鳥井が「うん」と言うはずはない。上手く断ろうとするはずだ。そこで「なら、昼に学食のラーメン奢れ」と言えば、困った飛鳥井は一も二もなく了承するはず。
 これぞ『女の子を傷つけずにこちらもお得なお礼を頂きましょう作戦!(適当)』だ。
 ……んん?
 だったら最初から「昼飯奢ってくれ」て言った方が良かったんじゃね?
 ……あー、まー、何だその。過ぎたことは気にしない方向で!
「――わかったわ」
 そんなことを思考中の俺の脳を、飛鳥井の声が中断した。
「そうか、やっぱりなー。なら、昼飯をおご……え?」
 何だか聞き慣れない、想定していたのとは違う言葉が耳に入ってきて、何度も瞬きをした。
「飛鳥井さん、今、なんと仰いましたか?」
「わかったわ、って。デートね? いいわ、しましょう、五行さん」
「え、へ? あれ、ちょっと」
 何だか話がどんどん別な方向へ流れていっている。その流れ、最早止められないレベル?
「携帯の番号とアドレスを後で教えるから、日時と場所は決まったら連絡して。……それじゃ」
 そう言うと、飛鳥井はくるりと身を翻して自分の席へと戻っていった。
 こちらに全くの反論の余地を残さずに。
 俺はその背をただ呆然と見つめることしかできなかった。
 あれー?
 どしてー?
 こうなったー?
「あれえええええええええ!?」
 それしか、言えなかった。



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