Simple Life 
〜前途多難だけど洋々〜
3話

〜五行匠〜

 翌日、俺は早速行動に移した。
 といっても、門のところで遠矢一夜――の親友、千秋那智を待っているだけ。本人のことを聞くなら、その親友から話を聞くのが一番効率いいだろう。
 千秋は俺と同じ特進クラスだから、授業も同じだけあるはず。七時間ある今日なら、他の生徒は殆どいないはずだから、注目も浴びずにすむだろう。
 ちなみに飛鳥井は先に帰した。あいつがいると、なんだかややこしい事になりそうだったからだ。
 待つことしばし。
「お……。出てきたな」
 小柄な少年がスタスタと真っ直ぐに歩いてくる。もしかしたら遠矢と一緒かもしれないと思ったのだが、どうやら都合よく別らしい。
(さて。声をかけるか――ん?)
 俺は目を細めた。
 いきなり、横から出てきた女子が千秋に抱きついたのだ。抱きつかれた千秋は傍目にもわかるほどに慌て驚き、真っ赤になりながら何か言っているが、抱きついたほうは聞く耳持たないようで、さらに抱きついていた。
(おーおー。じゃれ合っちゃって……ほ?)
 そして、女生徒は素早く千秋の頬に唇を寄せていた。
 俺はその光景を見て、思わず口笛を吹いていた。
「ひゅう。やるねえ、二人とも。つーか、あれ、片瀬じゃないの」
 間違いない。千秋にキスしたのは学園一の美少女、片瀬司だ。
「つまり、考えられる結論は一つ」
 二人は付き合っている、と。
 抱きついたりはまだじゃれているってことで片付けられるかもしれないが、キスまでする関係となると、付き合っているとしか考えられん。そうでもきゃキスなんてしないだろう。それも学園内で。
 しかし、感心している場合ではない。独り身としては少々目に毒だが、仕方がない。なんとも羨まし……よし、写メを撮れ写メ。……は! 目的がずれた!
 急いで軌道修正し、仲良く歩いてくる二人に声をかける。
「おい、そこのご両人。ちょっといいか?」
「わあっ!」
「きゃあっ!」
 二人とも、飛び上がらんばかりに驚いていた。
 ……何でそんなに驚くよ。少しばかり傷ついたぞ。
「いちゃついているところ悪いが、ちょっと話があるんだ。少し時間作ってもらえないか?」
「え?」
「あの?」
 キョトンした感じで揃って首をかしげる二人。息もぴったりですな。
「ああ、悪い。自己紹介もまだだった。俺は3年7組の五行匠。お二人さんに、特に千秋の方に訊きたいことがあって話しかけたんだ。ラブラブなところ邪魔してすまないけれど、少し話しがあるんだ。付き合ってもらえないか」
「ラブラブって……。え、僕ですか?」
「なち……千秋君に?」
「そう、千秋に。それと言い直さないでいいぞ、片瀬。さっきのいちゃつきっぷりはじっくり拝見させてもらったから」
 悪戯っぽく言ってやると、ボン! と一瞬で真っ赤になった。二人ともが。
「ど、どこから……見てたの!?」
「んー? 片瀬が千秋に抱きついたところから。ちなみに、キスするところまで見させてもらった」
 あっさり告げると――動きが止まった。
「あああああああ!」
「うきゃああああああああ……!」
 あ。何だか二人で身悶えして頭抱えて呻いてる。
「見られた、見られたあ……!」
「学校中に狙われるう……!」
 何? 今の怖い言葉は。
「身悶えするのはいいが、こっちの話も聞いてくれ。知られたくないなら黙っててやるからさ……おい、聞けよ!」
 頭抱えてしゃがみこんで、俺の話なんざ全く聞いちゃいねえし。
 ああもう、なんだかなあ。
「いい加減にしないと……バラすぞ」
 ボソッと。
 半分脅し(もちろん半分は本気だったり)のつもりで呟いたのだが――効果覿面だった。
「ひぃっ」
「言わないでええ」
 ばっと見事に反応し、千秋が俺に縋りついてくるし、片瀬も目をウルウルさせているし。
 ……いや、あのな。そんなことするんだったら、もっと人目のないところでイチャついてください。
 俺は嘆息し、両手を広げた。
「大丈夫だって。言いやしないよ。ところで、俺の話、聞いてたか?」
「え、あ、はい」
「聞いてた……けど」
「ならいい。で、時間作ってくれる気あるか? ないのなら日を改める」
 これからデートとかだったら悪いしなあ。
「僕は構いませんけど……」
「そうね、それに断ったら、今のこと言いふらされそうだわ……」
「ちょと待てや、こら」
 今の台詞、とっても聞き捨てならないんだけどな!? そんなこと言ってると、本当に言いふらすぞ!?
「とにかく――話を聞かせてくれ。ここじゃ何だから、ちょっと移動。駅前のマックでいいか? あ、代金は奢るんで気にしないでくれ」
「いいんですか?」
「構わねえよ。こっちの都合で二人の時間を潰してんだし、その迷惑料ってことで」
 ニヤニヤと二人を見ると、またもや真っ赤になっていた。
 初々しい奴らだなあ。

「それで、聞きたいことってなんですか、五行先輩」
 ポテトを摘まみながら千秋が首をかしげる。俺は咥えていたストローを放し、口を開いた。
「まあ、アレだ。お前の友人について聞きたいんだ」
「僕の?」
「那智くんの?」
「そう」
 頷くと、片瀬がものすごく訝しげな視線を送ってきた。
「……何だよ?」
「もしかして……。五行くんってそっちの趣味?」
「んなわけあるか! 俺は女の子が大好きだ!」
 片瀬の言葉に頷いて、千秋を口説く真似でもしてやろうかという考えもよぎったが、人間としての大事なものも失ってしまいそうだったので、やめた。
 というか、絶対に危険人物として認知される。間違いなく。
「そうなんだ。……良かったあ。那智くん口説かれたらどうしようかと思っちゃった」
「してたらどうなんだ?」
 思わず訊ねると、片瀬はにこりともしないで。
「絶対に許さない」
 平坦な声だった。
「…………」
「あー……」
 なぜか俺は千秋を見つめ――千秋も俺を見ていて――自然と握手をしていた。
「大変だな」
「いつものことですから」
「なによ! 何でいきなり友情が生まれてるの!?」
 むう、と頬の膨らむ片瀬。おお、拗ねてる拗ねてる。
「男同士の友情だ。気にしないでくれ。それで、聞きたい奴のことだけど」
「はい。誰ですか?」
「遠矢一夜」
「……へ? 一夜?」
「遠矢くん?」
 千秋も片瀬も目を丸くしている。
 ん? そんなおかしなこと言ったか?
 ――ああ、そうか。飛鳥井にも訊かれてるんだったな。でも、そのことは黙っておこう。
「いえ……。ちょっと驚いたので。でも、どうして一夜のことを?」
「やっぱり、そっちの趣味が……」
「ねえよ! てか、片瀬お前、俺をどんな眼で見てんだ!?」
 今日、初めて会話したんだけどっ!?
「あはははは」
「笑って誤魔化すな。……はあ、まあいい。なに、ちょっと知り合いから頼まれてな。遠矢って、千秋の目から見て、どんなヤツだ?」
「そうですねー」
 千秋は少しだけ宙を見つめ、おもむろに口を開いた。
「面白い奴ですよ?」
「具体的には?」
「いつも本読んでますけど、話しかければちゃんと返事はするし、質問にも答えますし。ちょっと無愛想で捻くれたところがありますけど、誰とでも同じように接しますから、平等という点では言うことないですね」
「いつもはどんな話をしてる?」
「色々ですね。基本的に僕が話して一夜が答えるという形になってますけど、普通に友達同士が話すことです」
 時々お弁当のおかずの取り合いとかもします、と千秋は付け加えた。
「ふーん……」
 一見クールにしか見えない遠矢だが、千秋とは意外と普通の生活を送っているようだ。
「他には何か?」
「そうだな……。ああ、遠矢はお前たちのこと、知ってるのか?」
 親友だし、知っててもおかしくないが。
「ええ、知ってます。直接話したというより、なんとなく気付いた、って感じですけど」
「相談とかは乗ってもらったりしたのか」
「いえ、それはないですけど?」
 それを聞いて、オヤ? と思った。恋愛相談とはいえ親友なんだし、乗っても不思議じゃないと思うんだけども、どうやら違うらしい。
「親友なんだろ?」
「そうなんですけどね、なぜか一夜の奴、僕が司先輩のこと話すとムッとするし」
 千秋は片瀬と顔を見合わせると、小さく首をかしげた。
「ムッとする……? 不機嫌になるということか?」
「ええ。司先輩とその……付き合うことになったときもイライラしてたみたいだし。以前にも『敵に塩を送る真似はしない』とか言ってました。何のことかわかりませんけど」
「――。一ついいか」
 頭に浮かんだ一つの可能性。
「はい」
「遠矢とは聖嶺に入ってからの仲?」
「そうです。試験のとき、たまたま隣同士になって、それが縁で」
「一番親しいのか」
「はい、そうだと思います」
 さらに鎌首をもたげてくる可能性。
「遠矢は――千秋以外に親しい友人はいるか?」
「……あまりいないかと。僕と話してるとき以外は、いっつも本読んでますから」
「中学時代に親友なり友人がいたという話は?」
「聞いたことありません」
「……そうか」
 ――間違いないな。
 俺は確信と共に頷いた。
 遠矢が片瀬のこととなると不機嫌になるという、その理由。
 遠矢にとって、千秋那智こそが唯一無二の親友ということ。その感情は、単なる友人という枠を超えて、恋愛感情に近いところにまで昇華しているのかもしれない。
 友人としては彼女が出来たことを祝福したい。しかし、その一方では大切な人を取られてしまったという感が否めないのだろう。
「だとすると、遠矢を攻略するには……」
 浮かび上がる一つの方法。というか、これしかない。つーか、思いつかない。
「? 先輩、どうかしたんですか?」
 急に黙り込んだ俺を不審に思ったのか、千秋が怪訝な顔をする。
「ああ。なんでもないさ。しかしありがとう、助かったよ。これで――うおっ!?」
 俺は千秋の方を見て、ギョッとした。
 片瀬が、何だが凄く俺を睨んでる! でもまあ、元が可愛いので、全く迫力がない。拗ねてるようにしか見えない。
「? 五行先輩? ――痛っ!?」
 悲鳴を上げる千秋を見れば、片瀬がその腕を抓っている。唇を尖らせて、不機嫌そのものの表情だ。
「おいおい」
 何でそんな表情するかね?
「ひどいっ! 二人とも私を除け者にして仲良く話しちゃって!」
「除け者って。そんなつもりはないぞ」
 頬を膨らませている片瀬を宥めようと否定の言葉を口にするが、本人は千秋に向かって文句を言い始めた。
「那智君も那智君! 私は那智君の恋人なの! それなのに、どうして二人で楽しげに話してるの!? 私を置いてけぼりで!?」
「いや、そんなことはっ」
「そんなことある! 大体那智君は……」
「…………」
 延々と文句を言い続ける片瀬。このままだと一時間でも二時間でも言い続けるかもしれない。
 そもそも片瀬、男に嫉妬してどうするよ……。
「はいはい、そこまで」
 俺は二人の間を手で切る真似をした。
「ほっ」
「むぅ」
 安堵の息を漏らす千秋に対し、不満げな声を漏らす片瀬。
 はいはい。片瀬、この時点でお前が千秋にベタ惚れなのはわかったけども、もう少し大人しくしててくれ。
「もう終わるから、もう少しだけ待ってくれ。最後に千秋、いいか」
「はい」
「遠矢と片瀬。どっちがより大切だ?」
 それは、意地悪な質問。だけど、千秋がどう答えるか、なんとなくわかっていた。
「両方です。どっちが、なんてありません」
 キッパリと、千秋は悩むことなく即答した。
「おっけ。んじゃ、はい。これをやろう」
 話を聞かせてもらったお礼のつもりで、二枚の券を差し出す。
「これは?」
「?」
 除きこんでくる二人に、ニヤッと笑う。
「プールの入場券。俺は使わないから、やるよ」
 一緒に行ってくれる女の子もいないし(泣)。
「いいんですか?」
「構わないって。屋内のアミューズメントだから、今の時期でも楽しめる」
「それじゃ、遠慮なく」
「おう」
 千秋は入場券を受け取ると一枚を片瀬に渡し、にっこりと笑った。
 だが、対照的に片瀬は浮かない顔をしていた。
「……片瀬、気に入らないのか?」
「え? そんなことないけど」
「そんなことないって顔してませんよ、先輩」
 千秋も怪訝な表情だ。
 それを受けて、片瀬は渋々ながら口を開いた。
「だって私、泳げないし……」
「え?」
「あ」
 ……そうなのか、片瀬はカナヅチか。とすると、プールの券はよくなかったか。
 しかし、千秋は片瀬に再びにっこりと笑いかけた。
「大丈夫ですよ。無理して泳ぐ必要ないですし。レジャープールみたいですから、泳がなくても十分楽しめます。ですよね、五行先輩」
「うん、まあ、そうだけど」
 確かにそうだ。むしろ、泳ぎなんてせずに波の出るプールやウォータースライダーとかで遊ぶことが多いくらいだと思う。
「そっか。なら私でも楽しめるかな。せっかく貰ったんだし、今度一緒に行きましょ」
「はい、もちろん」
「えへへ、どんな水着を着ようかな〜」
「えっと、そんな気合入れないでほしいんですけど……」
「那智君はどんな水着が好み?」
「いやあの」
(やれやれ)
 何とか丸く(?)収まったと思ったら、俺を無視してプールの話で盛り上がる二人に、肩をすくめた。
 全く。簡単に二人の世界に入られるから、目のやり場に困る困る。
「いちゃつくのは大変結構だが、それは俺のいないところでやってくれ」
 からかうように言うと、途端に二人とも真っ赤になった。
「い、いちゃついてなんかいませんよ!?」
「だ、誰がいちゃついてるのよ!」
「お前ら」
 自覚ないのかお前らは。
「いちゃついてなんか――」
「いちゃついてるだろ」
「だから」
「いちゃついてるだろ」
「だっ」
「いちゃついてる」
 ダメ押しで言うと、片瀬は観念したようにがっくり俯き、小さく「はい……」と呟いた。
「だ、そうだ、千秋」
「白状します」
「よろしい」
 俺はからかい切ったことに満足して頷いた。

 店から出ると、俺は別れる前に二人に念を押した。
「すまんが遠矢には今日のことは内密にな」
「はい」
「いいけど」
 口止めしておかないと飛鳥井とのこともばれて、これからのことに支障が出るに違いない。
「悪いが頼む。それと――」
 ニヤッと笑って千秋の肩に手を回して抱き寄せる。
「プール、ちゃんと行けよ? そうすりゃ片瀬の水着姿、見れるからさ」
「なっ」
 また赤くなる千秋。本当にこいつは初心だよなあ。今時、水着姿で赤くなる奴なんか天然記念物並みだ。保護指定を出してもらった方がいいじゃないか?
「はははは。もう少し図太くなった方がいいな、お前は。じゃあな」
 俺は二人の声を待たずに背を向け、歩き出した。

 夜。

 夕食を終えた俺は飛鳥井に電話するため、携帯電話を片手にクラス名簿をめくっていた。
 電話をかける理由はもちろん今日得た情報を参考に考えた、飛鳥井と遠矢とをもっと仲良くさせるための作戦を伝えるためだ。
「くっそー。こんなことなら、飛鳥井の携帯の番号、教えてもらっとくんだった」
 仕方なくクラス名簿で自宅の番号を調べる羽目になった、というわけだ。
「お、あった」
 といっても、あ行なのですぐに見つかるんだけども。
「さて――」
 手早く携帯をプッシュする。
 呼び出し音が数回なってから、先方が出た。
『もしもし。飛鳥井でございます』
「あ、夜分に申し訳ありません。自分は聖嶺学園でご一緒させていただいている五行匠といいます。飛鳥井明日香さんはご在宅でしょうか?」
『明日香ですか? 申し訳ありません、どのようなご用件でしょう』
「え、はい、そのですね――」
 どうやら出たのはお袋さんらしいが、まさか『どんな用だ』と聞かれるとは思わなかったので、つい口篭もりかけた。
「ええと、今日ノートの貸し借りをしたのですが、その件で」
 しょうがない、適当にでっち上げだ。まさか正直に『遠矢の件で』なんて言えるわけもないし。
『わかりました。少々お待ちください。只今呼んできますので』
「はい、ありがとうございます」
 何とか信じてもらえたらしい。フーッと安堵の息を吐いた。
(やれやれ。本当に携帯の番号聞いときゃよかったぜ)
 呼び出しメロディが何秒か流れた後、『……もしもし?』と涼やかな声が聞こえた。
「よお、飛鳥井。いきなり電話かけて悪かったな」
『それは構わないけれど。どうしたの?』
「どうしたのって、ご挨拶な。こっちは遠矢と仲良くする手段を考えたってのに」
『え!?』

「え、とは何だ、『え』とは。ああ、言っとくがノートの貸し借りとか言ったのは嘘だからな。でだ。俺の考えた方法なんだが」
『……! あ、ちょっと待ってくれる?』
「ん? ああ……」
 何だ? 何だか向こうからドタドタと音が聞こえてくる。ガチャガチャという硬質の音も聞こえてくるし、飛鳥井は何をやってるんだ?
 と思ったら、今度は呼び出し時のメロディが流れ出した。
『……ごめんなさい、もう大丈夫よ』
 それが三十秒くらい続いた後、ようやく飛鳥井の声が受話器から聞こえてきた。
「どうしたんだ?」
『大したことじゃないの。子機を持って自分の部屋に戻っただけよ。一夜さんの話をお母様に聞かれるわけには行かないから』
「ああ、それもそうか」
 飛鳥井のお袋さんは遠矢を嫌っている。それなのに、娘が遠矢と仲良くする算段を企んでいると知ったら、大変なことになるだろう。
 子機を持って自室に引き上げたのは、聞かれないためと母親を思ってのことなわけだ。
「母親思いなのか、弟思いなのか、どっち?」
『どっちということはないわ。どちらも大切な人だから』
「……羨ましいね」
 そう思う。
『え?』
「なんでもない。で、作戦なんだが、正攻法で行くべきだと判断した」
『正攻法?』
「うん。聞いた感じだと、無愛想なところと捻くれたところもあるけど、親友の千秋に対しては普通に接してるらしいし。となると、変に手の込んだことをしても無駄だろ。だから正攻法」
『どのような?』
「遠矢の部屋に行くなり自分の部屋に呼ぶなりして、二人の時間を作ってだな」
『それで?』
「茶菓子でも持っていけばよりいいだろけど、とにかく二人になったら――」
『なったら?』
 俺は一呼吸置いて。
「『一夜さん! 私はあなたを愛しちゃったの! 禁断の恋だけど、どうか私をもらって――!』と遠矢を押し倒して既成事実を」
 ブツッ!
「あれ」
 ツー、ツー、ツー……。
 ……切れた。
「おおおおおおいいい!?」
 いくらなんでもいきなり切るか!? そりゃ悪ふざけしたけどさ!
 おのれ飛鳥井! 気持ちに余裕のない奴め!
 急いでリダイヤルし、出た飛鳥井に開口一番、俺は叫んだ。
「いきなり切るなー!!」
『五行さんが変なことを言うからです』
「変とはなんだ変とは! これでも十秒間適当に考えたのに!」
『思いつきじゃないの。それで、これが考え付いた方法だというのなら、また切るわ』
「イヤ、既成事実で遠矢を思いのままにというのもそれなりに効果が」
『……本当に切っていいかしら?』
 飛鳥井の声のトーンが一気に低く、温度も下がったように感じた。
「スミマセン、調子ニ乗リマシタ」
 これで切られたら堪らない。俺は素直に頭を下げた。
『……いいわ。でも、もう変なこと言うのはやめてちょうだい』
「ははー」
 平身低頭な感じで返事を返す。
 ……しかし、なんで俺はこんなにも頭を下げてんだろうか。確かに悪乗りしたことは認めるし、すまないとは思う。
 でも、でもだ。俺は飛鳥井の相談に乗る立場だったはずだ。だからこそ、千秋にもわざわざ話を聞いたし、飛鳥井と遠矢が仲良くできる方法を考えもした。
 それなのに、ああそれなのに。なぜにこんなにも冷たくされているんだろう。
『五行さん。早く話してほしいんだけど』
「急かすな」
 その時、俺が心の中で飛鳥井に罰が当たれと思っても仕方ないと思う。
 というか、軽くで構わないので当ててください。
 頼みますよ、どこかの九つの星の人。
《てしてしてし、にゃーにゃーにゃー》
 ……何だ、今の声。どこから聞こえてきた? てか、「てしてしてし」って何だ。
『五行さん、猫飼ってるの? 今猫の鳴き声が聞こえたんだけど』
「飼ってないよ」
『じゃあ今の声、何?』
「俺が知るか」
『……気にしないほうがいいのかしらね』
「そうしよう」
 どうやら飛鳥井の家も飼ってはいないらしい。となると電話の混線か。しかし、今時あるとは思えないし……。ここは飛鳥井の言う通り、気にしないでおこう。
 気にしたら負けだ、きっと。
『で、五行さん。話が色々と脱線したけれど、方法は?』
「ま、単純明快。『もっと遠矢とお話をしよう作戦』だ」
『何、それ』
「詳しく話すとだな……」

「と、まあ、こういう作戦だ」
 伝え終えた俺は、飛鳥井の反応を待った。
『内容はわかったけれど……。本当にそれで上手くいくの?』
 飛鳥井の口調は懐疑的。それも仕方がない。俺の伝えた作戦はホントーに単純だから。
「さあ?」
『さあって。五行さんが考えたものでしょう?』
「断言はできないって。上手くいくかは状況にもよるし、飛鳥井の頑張りにもよるだろ。お前がどれだけ腰が引けずに遠矢と対決できるかが、かなりのウェイト占めるし」
『結局、私次第ということかしら?』
「そういった部分が大きいことは確かだな。でもそれには、どれだけお前が遠矢を家族として思ってるかが鍵だと思うぜ?」
 家族として大切に思ってるからこそ、悩んでいるのだろ、と笑って伝える。
『そうね。わかったわ、とにかく頑張ってみることにするわ。アドバイスありがとう、五行さん』
「ああ、頑張れよ。それじゃ、またな」
『ええ、お休みなさい』
 電話を切ると、ゆっくりと立ち上がり部屋の窓を開けた。
 星空が広がっているわけではないが、それでもいくつかの星は輝いている。
「一応、作戦司令官として、作戦の成功を星にお祈りしておこうか」
 どうか、飛鳥井明日香と遠矢一夜が、笑い合えますように。


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