Simple Life
〜前途多難だけど洋々〜
11話

〜飛鳥井明日香〜

 夜。
 私は明日の準備を終えて、ベッドに潜り込んでいた。
「全ては明日ね……」
 告白が上手く行くかどうかは。
 その結果は、まさに、匠さんだけが知っている。
「……ふふ」
 教室に戻った時のことを思い出し、自然と笑みが零れる。
 ――教室に戻った後、先生に欠席してしまったことを謝罪したのだけれど、返ってきたのは「五行に巻き込まれたんだって? 大変だったな。ちゃんと出席扱いにしておくから安心しろ」と逆に気遣われる始末だったし、絵梨菜との会話も――。
『ねえ、明日香?』
『何かしら?』
 絵梨菜は五行さんの席をチラっとだけ見て、首をかしげた。
『明日香が元気になって戻ってきたのはいいとしてさ。何で五行君が反対にヘコんでんの?』
『さあ? 何かあったのではないの?』
 私もチラッとそちらを見てちょっと笑った。五行さんは頭を抱えて席に突っ伏している。
『言う気なし、か。ま、いいわ。五行君は明日香の担当だしね』
『……何、それ?』
『最近、仲いいじゃない、あんたたち。だから、私の中で勝手にそうしたの』
『勝手にしないでくれる?』
 全く、もう。いくらなんでもそれはないだろう。
 ――でも。
 明日の結果如何によっては、私は、匠さん専門の風紀委員になるということも考えられる。
 それはそれで、面白いかもしれないけれど。
『はいはい。後はよろしくね』
 手をヒラヒラとさせて、絵梨菜は言いたいことだけを言って、席に戻ってしまった。
 その後ろ姿に呟く。
『明日になれば、全てわかるわ――』
 ――ベッドの中で、私は自分の身体を掻き抱いた。
 とくん、とくんと緩やかに、でもはっきりと鼓動が高鳴っている。それは優しくて、温かくて、少しだけ、怖い。
 この恐怖は不安。五行さんが私の想いを受け入れてくれるかどうかの、不安。
「大丈夫、よね?」
 小さく口にする。
 きっと大丈夫。なんとなくだけど、受け入れてくれると思う。信じられる。
 それでも――不安は消えない。
 これは、告白をした全ての人が持つ不安。100%成功する告白なんてないのだから。
 だから、私は魔法の言葉を紡ぎ出す。
「五行さん、大好き」
 それだけで、不安は霧散する。
 私はゆっくりと、静かに目を閉じた――。


〜五行匠〜

 俺は悩んでいた。
 悩みのタネは勿論、飛鳥井の告白だ。
「う〜。本気だよな。嘘なわけ……ないか」
 あいつがそんな嘘言うはずもない。
 言う理由もない。
 告白をネタにして、人を担ぐような奴じゃないのは明白だし。
 となると――。
「飛鳥井が俺のことを好き……。本当に好きなのか……」
 告白なんてされたのは初めてだ。
 あの時の、強い中に照れと少しばかりの恐怖が混ざり合った、不思議な感情を湛えた飛鳥井の瞳を思い出すと、勝手に思考がグルグル回って考えがまとまらない。
「ああ、どうすりゃいいのさー!?」
 頭を抱えて喚いた。
 わおーんとひとしきり吼えてから、深呼吸して落ち着ける。
「ふう。落ち着け、落ち着くんだ。……よく考えろ。これはどうすればいいのか、じゃなくて、『どうすべきか』という問題だ」
 飛鳥井の告白に、どう答えるべきか。真正面から向き合って答えなくては、飛鳥井の誠意に報いることなどできない。
 そもそも――俺は飛鳥井をどう思っているんだ?
 そりゃあいつは美人だし、取っ付きにくそうに見えて優しいし、生真面目で堅物だけどそんなところは好感が持てるし、話していると楽しいし――あいつの側は何故か居心地がいいし。
 告白を受け入れるなら、何の文句もない。
 なら逆に――飛鳥井の想いを拒否したらどうなんだろう。
(いずれ、俺とは別の奴が付き合うことになるわな)
 あいつとの楽しい会話も優しい笑みも、目を吊り上げて怒っている表情も――俺じゃない別の奴に向けられるわけだ。
 何より、飛鳥井の居心地のいい隣をどこの馬の骨とも知れん奴に独占されるわけで――。
 ……それはなんかムカつく。
 居心地のいい、あいつの隣をその辺の奴にくれてやるのは腹が立つし、あの場所は、俺の特等席――。
 ちょっと――待て。
 そこで、気づいた。
「そういうことかよ……」
 思わず呟く。
 もう、自分の気持ちは決まっているじゃないか。
『俺じゃない別の奴』
『どこの馬の骨とも知れん奴』
 たったこれだけだが、これが全てを示していると思う。
 俺が、飛鳥井のことを『好きだ』っていうことを。
「全く、な」
 知らず知らず、ため息が漏れる。
 一体いつから、俺は飛鳥井に心を奪われていたのだろう。デートの時からか、両親のことを話した時からか。
 いや、そんなことは些細な問題。最も重視すべきは、明日、俺はどうするか、だ。
 そんなことは決まっている。
 飛鳥井の想いに、告白に「応える」のだ。ちゃんと、心からの言葉を持って。
 俺は引っくり返って、リビングの天井を見上げた。
「ふう……」
 しみじみと思う。
 明日は、大変な一日になりそうだ。
 ――俺にとっても、飛鳥井にとっても。
 忘れられない一日になるのは間違いないな――。


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