Simple Life
〜前途多難だけど洋々〜
12話

〜五行匠〜

 1時限目の準備をしている飛鳥井に声をかけた。
「飛鳥井」
「五行さん……」
「昨日の返事するんで、時間を作ってもらえるか」
 そう言うと、飛鳥井は軽く目を見張ったが、すぐに頷いてチラッと時計を見た。
「時間は放課後。場所は……藤棚の下でいいかしら」
「藤棚か。いいぞ」
 中庭の奥にある藤棚。人が殆ど来ないので、告白の場所として重宝がられている。
「お願いね。ああ、五行さん」
「ん?」
 席に戻り賭けていた俺が振り向くと、飛鳥井は微笑んで目を細めた。
「信じているから」
「――ああ」
 俺も小さく笑い、席に戻った。
 さあ、決戦は放課後、藤棚の下。

 異様に長く感じた授業を何とかこなし、約束の場所へ出向くと――既に飛鳥井が来ていた。
「……早いな」
「待ち遠しくて。同じ掃除当番の子にお願いして、早めに来させてもらったのよ」
「なるほど」
 そう聞くと、飛鳥井も一人の女の子なんだなあ、と改めて認識する。
「じゃあ、五行さん。その、答えを聞かせて――もらえる?」
「ああ」
 すぐさま本題に入る飛鳥井。俺も雑談するほど余裕はない。
 俺は飛鳥井の目の前まで来ると、ゆっくりと呼吸をしてから口を開いた。
「なあ、飛鳥井。俺が『飛鳥井の隣は居心地がいい』って言ったこと、覚えてるか?」
「え? ええ。もちろん覚えてる……けど?」
 返事を言われると思い、身構えていたらしい飛鳥井は、肩透かしを食ったように目を瞬かせた。
 これも返事のうちなんだけどな。
「昨日な、お前の告白のことを家に帰ってから色々と考えてみた。飛鳥井のこと、俺は飛鳥井をどう思っているのか、どうしたいのか――そうしてたら、あることに気がついた」
「あること?」
「居心地のいい飛鳥井の隣に、誰か別の奴がいると思ったら――ムカついた」
「え?」
「俺が告白を断ったら、いつかはそうなるよな。そう思ったら――凄く嫌だった。飛鳥井の隣には俺がいたいと、強く思った」
「五行さん、それって……」
 信じられないものでも見るかのように、飛鳥井の瞳が大きくなっていき――次いで、顔に大輪の花を咲かせた。
「ああ、まあ、そういうことだ。そういうわけで、その、よろしくな!」
 ああ、すげえ照れ臭い。つーか、恥ずかしい。
 こっから一刻も早く逃げ出したい。
 ――と。
「嬉しい……!」
 声と共に飛鳥井が、抱きついてきた。
「お、おい、飛鳥井!?」
 いくらなんでも、こんな行動に出るとはっ!?
「信じてました。五行さんは、私の気持ちをちゃんと受け止めてくれるって……。凄く、嬉しいっ……」
「うん」
 ギュッと抱きつく飛鳥井の肩に、自然に手が置かれる。と、その体が震えていることに気がついた。
「どうしたんだ、震えて……」
「だって! いくら信じてると言っても、振られる可能性だってあったから……。これでも、怖かったんです……」
「……そうか」
 それもそうだ。絶対に成功するとは言えないのだから。恐怖を感じるのも当然のこと。
(こいつ……こんな恐怖と戦ってたんだな……)
 でも、もう大丈夫。そんな恐怖など、消し去ってやるさ。
 ポンポンと軽く頭部を叩き、気持ちを込めて優しく撫でてやる。
 しばらく撫でてやっていると、段々と震えもなくなってきた。ほっと一安心していると、飛鳥井が顔を上げた。
「どうした?」
「五行さんが告白を受け入れてくれたのは本当に嬉しいのだけど……一つ不満があるの」
「不満?」
 何だよ、不満てのは。
 彼氏彼女の関係になって5分と経たない内に、いきなり不満をぶつけるか、お前は。
「私の隣は居心地がいいって言ってくれて、それが返事なのはわかるの。でも……」
「でも?」
「――ちゃんと、言葉にして言ってほしい。私のことをどう思っているのかを」
「何?」
 それって、つまり。
「私は言ったわ、ちゃんと、五行さんのことをどう思っているのか。だから」
「俺にも言え、と……」
「ええ」
 頷く飛鳥井。その目は期待に満ち満ちていたりする。
「…………」
 うう、マジか。はっきりと口にするのが恥ずかしいから、ああいった言葉にして言ったのに。
 逃げたい、と思うが――しっかりと飛鳥井に抱きしめられているし、雰囲気からしてもとてもじゃないが、誤魔化せそうにない。
 ええい、くそ! 覚悟を決めるしかないのか!
「――ああ、もう! そうだよ、飛鳥井のことが、俺は好きなんだよ! いつからかわからないけど、好きになってたんだ! だから、飛鳥井の隣にいたいと思ったんだっ。飛鳥井の隣は俺が独占するんだって、誰にも渡したくないって、そう思ったんだよ!」
 ええい、ちくしょー!
 言った、言ってやったぞ! これでどうだ!
 ぜーぜーと肩で息をしながら、俺は飛鳥井をじっと見た。
 たったこれだけのことを言うのに、どれだけ疲れるんだ。みんなこんなに体力使ってんのか?
「……嬉しい……」
「え、あ?」
 じっと俺を見つめ返していた飛鳥井は、さらに強く抱きついてくると、顔を胸にうずめてからまた顔を上げた。
「ちゃんと聞きました。凄く、凄く、嬉しい。……女の子はね、相手が自分のことを好きなんだってわかっていても、ちゃんと『好き』って言ってほしいんですよ?」
「……悪かった」
「いいんです。言ってくれましたから。もう、満足です」
 スッと手を離し、身体も離して一歩下がると、今度は深々と頭を下げてきた。
「?」
「五行さん」
「ああ」
「不束者ではありますが、どうぞよろしくお願いします」
「こちらこそ」
 互いに一礼した俺たちは、自然と、微笑み合った――。


〜飛鳥井飛鳥〜

 嬉しい。
 嬉しい。
 本当に、嬉しい――!
 好きな人に、自分の事を好きになってもらうことが、こんなにも嬉しいなんて。
 好きって言ってもらうことが、こんなにも幸せな気持ちにさせてくれるなんて。
 これを恋の魔法とでも言うのだろうか。かけたのは五行さんだけど、それなら、ずっとかけていてほしいと思う。
 五行さんをずっと好きでいたいから。
 楽しいイベントはたくさんある。そう思うだけでワクワクしてくる。ドキドキしてくる。
 五行さんの隣にはいつも私がいる。この隣は私が独占する。
 私の隣は五行さんが独占して、五行さんの隣は私が独占。それでいい、それじゃなきゃダメ。
 大好きな人の隣にいつでもいられる。それはなんと嬉しくて幸せなことだろう。
 でも。
 五行さんを見つめながら、それでも、と思う。
 これから先、私は苦労するんだろうなあ、と。
 何せ、恋の相手は五行さん。
 あの五行匠だ。
 この人のハチャメチャな行動は終わらないだろうし、そうでなくては五行さんじゃないし。先生方からも疎ましがられている――というより、頭を抱えられているわけだし。
 私も色々と言われるだろう。
 ただわかっていることは、この恋を後悔しないことと、これからの学校生活が、少なくとも退屈はしないだろうということだけ。
 だから、この恋は、きっと。
 前途多難。
 だけど。
 ――洋々。

 取り敢えず――“完

 〜あとがき〜

 どうも陽炎細雪です。自分なりの『Simple life』どうでしたでしょうか。少しでもsimple lifeらしさを出すことが出来たでしょうか?
 何だか飛鳥井先輩のキャラが本編と随分違ってしまった気がしますが、そこは懐を深くして、見逃してください(笑)
 これを読んで、少しでも『面白かった』と感じて頂いたのなら、書いた者として幸せです。
 最後になりましたが、九曜さん、自分の我が侭を快く受け入れてくださり、心から感謝します。


敬具

陽炎細雪


BACKINDEX
創作小説の間に戻る
TOPに戻る