Simpl Life
〜遠矢君の憂鬱〜
6話

「……と、いうわけだから、今度の日曜日に私の家に来てね?」
「何が『というわけで』なのかはわからんが、お前がミエミエの罠に掛かって落ちて、自分で自分の首を絞めた挙句に墓穴を掘って身動きか取れなくなって自爆したのはわかった。……自分のせいじゃねえか!」
 匠は呆れてやれやれと首を振った。
 どう言い繕ったところで、姉の挑発に見事に乗ってしまった、というだけである。
 挑発に弱いことは重々承知していたが、まさかここまでとは……。
「わ、わかってます! 私が馬鹿だったことは! でもっ」
「はいはい、大丈夫大丈夫。俺がお前んちに行けばいいんだろ? そこでお姉さんたちによる審査を受ければ」
 明日香の言葉を遮り、匠は肩をすくめた。
「え、ええ、そう……よ。悪いけれど……お願いね、匠さん」
 わずかに頭を下げる明日香に思わず苦笑いを返しながら、匠はその頭を軽く撫でた。
「オッケーオッケー。可愛い彼女の頼みだ、何とかしましょ。――それでよ」
「? 何かしら匠さん」
「服装は? スーツとか?」
「普段着でいいです。もう……わざとでしょ、その質問」
 今度は明日香が苦笑いを返し、匠の頬に手を当てた。
「たはは。んじゃ、とにかく今度の日曜にお邪魔します」
「ええ、待ってるわね。美味しいお茶とお菓子も用意しておくわ」
「よろしくなー」
 ――こうして。
 匠は明日香の家に向かうことになったのだった。

 日曜の午後。
 匠は明日香の家の最寄駅にて当の本人を待っていた。
 さすがに一人で向かうというのはまずいだろう、ということで意見は一致し、明日香の案内で家にお邪魔する、という形をとることになった。
「明日香のお姉さんねえ……どんな人だろ」
 明日香を見事に(?)嵌めるくらいなので、結構さばけている気がするが。
 意外と気が合うような気がしないでもない。
 そんな想像をしながら待つこと十数分。
 颯爽と明日香が姿を現した。
「よ、明日香」
「こんにちは、匠さん。少し待たせたかしら?」
「へーきへーき。んじゃ、ここで時間潰しても仕方ないし、行くか?」
「そうね。でも、匠さん、その服装……」
「何だ? おかしいか? それなりの格好はしてるつもりなんだけどな」
 匠は自らを見下ろした。
 色の濃いデニム、薄手のボタンダウンシャツ、黒の軽い感じのジャケット。
 ……自分では悪くはないと思っているのだが、違うのだろうか。
「い、いえ、全然おかしくないわ……」
 何故か明日香は恥ずかしそうに顔を逸らした。
「じゃあなぜ顔を逸らす?」
「……ちょっと……見惚れてたのよ……。そんな格好、見たことないし……」
「ちょ、お前なあ……」
 いきなり、『見惚れてた』とは。
 そんなこと言われたらこちらが照れる。
「ご、ごめんなさい。思わず……」
 わたわたとする明日香に苦笑しつつ、匠はその手を取った。
「彼女からの最大限の評価と思っておく。さ、案内よろしく」
「あ、ええ。そうね。行きましょか、匠さん」
「ああ」
 匠と明日香は軽く手を繋いで、歩き出した。

「……何度見てもでかい家だな」
 広大な敷地内にでん、と佇む日本風家屋。
「さ、入りましょう」
「おっけ」
 明日香に先導されて邸内に入る。
「さ、どうぞ」
「お邪魔します」
 一応靴も揃え、失礼のないようにする。
「こっちよ」
 明日香の後ろを歩きながら、匠は屋敷へ目をやった。
 日本風の造り。
 広がる庭園は綺麗に手入れされており、別世界にも思えた。
「綺麗な庭だな」
「フフ、ありがとう。定期的に庭師さんにお願いしてるの」
 明日香は満更でもない表情で言い、柔らかく微笑んだ。
 恐らく、この庭を気に入っているのだろう。
 庭を眺めながら付いていくと、「ここよ」と明日香が匠を振り返り、中を指し示した。
「ん」
 匠が中に入ると既に二人の女性が待っており、こちらを見てニコッと笑った。
「こんにちは」
「いらっしゃい」
「どうも、お邪魔します」
 軽く会釈をしたところで促され、女性の対面――明日香の隣――に座る。
「初めまして、五行君。私は姉の紫。こっちは茜。明日香から聞いてるかな」
 座るなり訊ねてくる紫――確か長姉――に頷く。
「はい、聞いてます」
 そう答えて、匠は明日香にチラッと視線をやり、スッと姿勢を正した。
「――初めまして。明日香さんとお付き合いをさせて頂いている、五行匠です。よろしくお願いします」
 そして、静かに頭を下げたのだった。


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