Simple Life
〜遠矢君の憂鬱〜
5話

 定期開催とまでなったお茶会で一夜がマッタリとしていると、姉の茜が末妹である明日香にニヤリと品のよろしくない笑みを向けた。
(……何や?)
 茜がこういった笑みを浮かべたときはロクでもないことが起きる。それはこの家に住んでから今までの経験則で培った、一夜の勘だった。
「ねね、明日香ー」
「……何ですか、お姉様?」
 それは明日香も察したらしく、わずかに眉間に皺を寄せた。
 だが、茜はそんなことお構いなしに再びニヤッと笑った。
「あのさー、明日香の彼氏の五行君て、どんな子よ?」
「――ぶっ!?」
 ちょうど紅茶を飲みかけていた明日香は、姉の言葉に思いっ切りむせた。
「何むせてんのよ。そんなに驚くことでもないでしょうが」
 呆れるように言った茜を、明日香はまだむせながら上目遣いに睨みつけた。
「い、いきなり変なことを言うお姉様が……悪いんですっ」
 ゴホゴホと咳き込み涙を浮かべつつ、明日香は口をハンカチで拭ってはあと一息ついた。
「それにしても……何で知っているんですか、私と……その、匠さんこと」
 照れたらしく、頬を赤くしながら明日香は姉に訊ねた。
「うん、私が知ったの? 一夜に聞いたのよ」
「一夜さんー!!!?」
「ちょ、ちょっと待ってや、姉さん! 俺はただ、五行先輩と姉さんが付き合ってるかもしれないと言っただけや!」
 一瞬のうちに純和風の美人から鬼子母神へと変化した姉から逃げようと、一夜は慌てて弁解した。
 そもそも、最初に明日香の彼氏について言い出したのは茜なのだから、こっちに被害を及ぼされては堪らない。
「じゃあ、なぜそんなことを言うの……?」
「いや、そのやな。元々、茜姉さんが、明日香姉さんに彼氏が出来たらしいけど何か知らないか、と訊かれたのが最初でな」
「それで?」
 静かな声で促す明日香。ただ、その表情はニコリともしてない。
 はっきり言って、怖い。
「それで、姉さんの予想が『悪戯好きの悪ガキ』で、心当たりないか、と言われたんで『ある』と答えた」
「そーそー。でさ、私が一夜に探り入れといて、と言ったのよ。それで、ちょっと前にあんたが『五行匠』って子と付き合ってるっぽいって聞いたからさー」
「聞いて、どうする気だったんですかっ」
「そりゃ? 五行君を家に連れてこさせる気だったのよ」
 語気荒く問う明日香に、茜は漂々と答えた。
「連れてこさせるって……何でそんなこと」
「何でって。明日香の彼氏よ? あの明日香の彼氏よ? いっつも生真面目な顔して人生を楽しんでるんだかどうだかわからないほど生真面目で、隙のないあんたに彼氏が出来たのよ? 見たいに決まってるでしょうが。……ねえ、紫姉さん」
「うん、そうよねえ。明日香の彼氏かあ。それで、どんな子?」
 今まで、じっと静かに一夜たちのやり取りを聞いていた長姉の紫(ゆかり)が明日香に顔を向けた。
「どんな人かと言われても……凄く優しくて素敵な人としか言いようがありません」
「そうなの。いい人捕まえたのね――と言いたいところだけど。一夜、あなたはその五行君という人、どう見てるの?」
 紫が今度は一夜に水を向けた。
「そうやな。優しいかどうかは姉さんにしかわからんし、素敵かどうかは俺からは何とも言えん。それがわかるほど俺と五行先輩は親しくないんや」
 水を向けられた一夜は正直に答えることにした。ここで嘘を並べたところで益があるとは思えないし、すぐにばれてしまうだろうし。
「ふーん。じゃあさ、客観的に見て、五行君ってどうなのよ?」
「どうって。前に茜姉さんが言った通りや。『悪戯好きの悪ガキ』……それが五行先輩やて」
「ほっほう。私の勘も満更じゃあないわね。彼女である明日香から見て、五行君はそんな感じの子なの?」
 すると、明日香はわずかに茜から視線を逸らし、コックリ頷いた。
「おお、本当にそうなんだ。でも、そんな子が明日香の彼氏ねえ。明日香が言うほど、凄く優しくて素敵なのかちょっと疑問だわ」
 失礼なことを言いつつ、そう思わない、紫姉さん? と同意を求める茜。
 紫もうんうんと、明らかに何か企んでる雰囲気で頷いている。
 だが、それらに全く気づいた素振りもなく、明日香の眉が吊り上る。
「何ですか、今の言い方!? 匠さんのこと悪く言うのはやめてください!」
「だってねえ。惚れてる明日香からそんなこと聞いても、イマイチ信じられないわね」
「信じられないってどういう意味ですか!? 匠さんは素敵な人です! 心は強い上に優しさも兼ね備えた素敵な人です! 彼のことを何も知らないのに、匠さんを見下すような発言は控えてください!」
 バンバンと机を叩く明日香。どうやら相当頭にきているらしい。
 しかし、それでもニヤニヤと笑っている長姉と次姉。
「何を笑っているんですか!?」
 さらに手を振り上げたところで、耐え切れないとばかりに二人が吹き出した。
「――え?」
 ポカーンとする明日香。
「あっはっはっは。明日香がそんなに怒るとはね……。あははは!」
「あの明日香がそこまで惚気るなんて……こりゃ相当にイカレてるわねえ」
 二人の姉は笑いながら満足そうに頷いた。
 ――そこでようやく、明日香はからかわれたのだと気づいたらしい。
「お姉様ー!! 私をからかいましたね!」
(やれやれ)
 一夜はこっそりとため息をついた。
 五行匠と付き合っているのを茜に言ったのは失敗だったのだろうか。もう、完全に明日香が玩具になっている。
 まあ、茜にしてみれば、超生真面目な末妹の明日香が男と付き合い、なおかつ惚気たのだから、楽しくて仕方ないのだろうが。
「からかうなんて人聞きの悪い。私はただ、明日香の彼氏がどんな子なのか気になっただけよ。ねえ姉さん」
「そうそう」
 二人は全く悪びれていない。
 それどころかこれは妹を愛するがゆえの言動だといわんばかりだった。
「何が『気になった』ですか! 私と匠さんのことを面白がっているだけではないですか!」
「面白がってなんて……ククク」
「全く全く……ふふふ」
「いい加減にしてください! 断言しておきます! 私の匠さんは本当に素敵な人ですから! それだけです!」
 キッと姉二人を睨みつけ、宣言するかのように言い放つ明日香。
 しかし。
「へーえ? そこまで言うなら連れてきなさいよ、五行君を。品定めしてあげるわ」
「あ、それとも言うだけで、実際はそんなことないとか?」
 あからさまな挑発にしか聞こえないが、明日香にそんな余裕はないらしい。
「そんな訳ありません!」
「無理しなくていいよ? 引っ込みがつかなくなったとしても許してあげるからさ」
 茜がさらに煽り――。
「わかりました! そこまで言うのなら連れてきます! 連れてくればいいんですね、匠さんを! 私の恋人を! いくらでも品定めすればいいでしょう!」
 簡単に釣られた明日香。
(あーあ……)
 一夜は心の中でため息をついた。
 煽る茜の手管も大した物だが、こうまであっさりと明日香が引っ掛かるとは。
 それだけ五行匠に対する愛情度が大きいということか。
(ご愁傷様や、五行先輩も……)
 近々行われるであろう、彼女の姉二人による自身の品定め。
 普通であればかなりのプレッシャーだろうが――
(五行先輩やもんなあ)
 平気な顔でやり過ごすかもしれない。
 ――どちらにしろ。
 この家が大騒ぎになることは間違いがないようだった。


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