Simple Life
遠矢君の憂鬱
4話
一夜はこう言って口火を切った。
「あのな。義姉さんに――彼氏が出来たらしいねん」
「姉さんって……飛鳥井先輩……だよ、ね?」
「他に誰がいるんや」
いや、そりゃそうだけどね。さすがにびっくりしちゃったんだってば。
「飛鳥井先輩に彼氏かあ」
驚きだ。何だかそういうことにはまるで興味がないみたいに思ってたし。
……そうでもないか。友人の告白に付き合ってたこともあったし、人並みにはあるんだろうな。
「ああ、それでな。彼氏がどんな人か、二番目の姉さんが興味を持ってな。ちょっと話したんや」
「でも、一夜だって知らないんでしょ?」
「ああ。だから予想やな。当の本人抜きやから、言いたいこといえるというわけやな」
「……先輩が何だか気の毒に思えてきた」
まさか本人の預かり知らぬところで、彼氏の予想がされてるとは夢にも思わないだろう。
「俺かてそう思ったけどな、義姉さんがノリノリやった」
「姉妹で随分性格違うね。それで、どうだったの?」
「ああ。俺は最初、義姉さんと同じ優等生タイプの人やと思った。けどな、二番目の義姉さんに――茜いうんやけど――あっさり否定されたわ」
「へえ。違うっていうんだ、先輩のお姉さんは」
僕も一夜と同意見だったんだけど。それじゃ、どんな人だっていうんだろう?
「ああ。義姉さんが言うにはな、『悪戯好きの悪ガキ』らしいで」
「……悪戯好きの、悪ガキ?」
僕はキョトンとした。
それ、どういう意味だ?
不良とか、そういうことなのかな。
そんな疑問が顔に出ていたに違いない。一夜は首を振って、違う、と示した。
「俺かて最初はそう思ったんやけどな。どうやら違うらしいわ。教師が『全く悪ガキめ』と眉を顰めるような人のことらしい」
「ふーん……」
教師が眉をしかめるような人、ねえ。ちょっと想像つかないな。
……あ、いや。いたよ、五行先輩が。あの人だったら、先生たちが眉をしかめているだろうし、悪ガキタイプと言っても構わないだろう。
でも、まさか、ねえ?
「でな、学食での話、覚えてるか?」
突然話題が変えられて驚いたけど、すぐに頷いた。
「学食での話? ああ、五行先輩に彼女ができたらしいって話でしょ? 確か、すらっとした長身で、腰まである長い黒髪の――」
そこまで言って、はた、と気がついた。
……まさか?
僕はギギギ、と錆付いた蝶番のようにぎこちなく一夜の顔を見つめた。
一夜も何とも言えない表情で、僕の方を見つめていた。
「それを聞いて、俺が何を想像したか、わかるやろ……?」
「うん、わかるヨ……」
でも――確かなんだろうか? たまたまの偶然、と言うことはないのかな。
「だから、ちょっと困ってんのや。二人に直接訊くわけにもいかんし。このまま放っておこうかとも思ったんやけど、義姉さんの話を聞いてから、気になってな」
「だよねえ」
僕はうんうんと頷いた。
そりゃ気になるよ。あの五行先輩が、もしかしたら自分のお姉さんと付き合っているのかも知れないんだから。
「でも、どうするのさ、一夜。二人を尾行でもしてみる?」
二人に直接は訊けない。でも放ってもおけない。となると、選択肢は限られる。
「できるか。俺とお前でやったら、すぐにばれて詰問や」
「ははは、それもそうか」
僕なんて特にね。
そんな時、不意に肩を叩かれた。
「うん?」
「よお」
噂をすればなんとやら。
五行先輩がそこに立っていた。
「あ、先輩。帰りですか?」
放課後だから、当然そうだと思って訊いたんだけど。
「いや、ちょっとこれから寄るところがあってな、帰るのはそれからだ」
そう言う先輩は、何故か鞄を二つ持っていた。
「それは?」
「ああ、これがその用事」
「え?」
首を傾げるけど、五行先輩はそれ以上説明せずに、僕と一夜を交互に見た。
「二人とも片瀬や四方堂とは仲良くしてるか?」
「ええ、仲はいいですよ」
司先輩と付き合ってるのはこの人も知っているから、隠す必要もない。
だけど。
「別に普通です。変な勘繰りはよしてください」
一夜は無愛想だった。
「ちょ、一夜!?」
その態度に僕は慌てたが、先輩は別に怒りもせず――それどころか、ニヤニヤしていた。
「わははは。まあ、そうとんがるなよ。これからは、嫌でも長い付き合いになるんだからな、お前らとはさ」
「え?」
「は?」
何だ、今の台詞!?
凄く意味深なことを言ってませんか!?
「何でもね。引き止めて悪かったな、千秋に遠矢。それじゃな」
五行先輩は手を上げて会釈すると、踵を返して歩いていった。
「何だったんだろ、先輩……」
「さあな」
「でもさ、一夜」
「何や?」
僕は――五行先輩が歩いていったほうを見つめて、一言。
「先輩が歩いていった方向ってさ、学食が――それに鞄が二つ――」
「言うな」
横を見ると、一夜が苦虫を噛み潰したような表情で、同じように五行先輩が消えたほうを見ていた。
これは確定、かな。
一夜には悪いけど、そう思った。