Simple Party’s Life 
 6話

〜五行匠〜

 一時間以上が経過したが、現れる気配なし。
「そもそも、何で美玖ちゃんをほっぽり出したんだろうな」
「そうね。匠さんに押し付けたのも気になりますね」
 話したところで理由なんて出ないのはわかってるんだけど。
 つーか、まだ来ないのか。そろそろ閉園の時間――。
「あ、ママ!」
 美玖ちゃんが声とともに飛び出してきた。
 視線を外へ向けると、茶髪のセミロングヘアの30くらいの女性が尊大な態度で立っていた。
 うわ、エラソーな態度。
「全く、何で迷子センターなんかにいるのよ。ちゃんとあいつらに――あっ、ちょっと、あんた!」
「俺?」
「あんたよ。何で美玖を迷子センターなんかに連れてきたのよ。最後まで面倒見てよ。全く使えないわね」
「はあ!? 何言ってんだ、あんた。俺はあんたなんか知らんわ。赤の他人に自分の娘を押し付けんなよ!」
 あからさまに見下して文句を言ってきた女に、俺は怒鳴り返した。
 何で、俺が文句を言われなくちゃいけないんだ。あんたと俺に、どんな接点があるんだよ!?
「うっさいなあ。どうせそこの彼女とイチャイチャして、どこかのホテルにでもしけ込むだけでしょ。だったらいいじゃない、たまには人助けしなさいよ」
 だが、女は煩わしげに髪を掻き上げ、俺を睨んできた。
「ざけんな! そのそも何で自分の子をほっぽりだした!? 母親だろ、あんたは!?」
「母親、母親てうるさいわね、何も知らないガキのくせに! どれだけ苦労してるか、わかんないでしょ!」
 こ、この女……! さすがに頭に来たぞ!
 パン!
「いい加減にしてください。あなたはそれでも母親ですか。最低ですね」
 明日香が、母親を引っぱたいていた。
「明日香……」
 毒気を抜かれたわ。いきなり引っ叩くたとは。
「な、何をするのよ! 痛いじゃない! 訴えるわよ!?」
「どうぞご勝手に。ただ、あなたが娘さんを赤の他人に押し付けて、さらに文句まで言ったということまでちゃんと証言させてもらいますから。それでもよろしければ、どうぞ」
「く……」
 淡々と話す明日香に、母親は悔しげに呻いた。
「駄目! ママを虐めちゃ、駄目!」
 美玖ちゃんが母親にしがみついて叫んでいた。
「ごめんね。もうしないわ、大丈夫」
 明日香はニッコリと美玖ちゃんに笑いかけたが、プイッとそっぽを向かれた。
 仕方ないわ、と明日香は言い、目を外に向けた。
「どうした――?」
 俺もそっちを見ると、今度は見るからにホストっぽいのが顔を出していた。
「おい、まだか? だから、ガキなんか連れてくんなって言ったんだよ」
「ごめんね。上手くこいつらに押し付けたと思ったんだけど、案外使えなくて」
 その遣り取りだけで、わかった。美玖ちゃんが押し付けられた理由。
 こいつら……!
「あんた……。そいつと二人で遊びたいから子供を……」
「そうよ、それがどうしたってのよ」
「ふざけんなあ! そんなロクでもなさそうなホスト野郎と遊びたいから子供を押し付けた!? 馬鹿じゃねえの!?」
「おい、てめえ、今何つったよ!? 俺に喧嘩売ってんのか?」
 ホスト野郎も聞き咎めたらしく、ツカツカと俺に詰め寄ってきた。
「うっせえよ。あんたは少し黙っててくれ」
「ああ!? 舐めてんのか、テメエ。――!?」
 俺に掴みかからんばかりの勢いだったホスト野郎。しかし、その手を職員のおっさんが掴んでいた。
「いい加減にしないか。子供のいる前で怒鳴るな」
 あ、そうだった。
「すみません。少し周りが目に入らなくなってました」
 俺は素直に頭を下げた。確かに、おっさんの言う通りだ。ここには美玖ちゃん以外にも迷子の子がいるんだから。
「なんだ、おっさん。すっこんでろ!」
 血が頭に昇ったままなのか、おっさんに凄むホスト野郎。
「はあ。年上に対する口の利き方を知らん奴だな」
 おっさんが明らかに馬鹿にした口調で首を振った。
「テメエ。そっちからバラしてやろうか!? ――わあ!」
 ホストがおっさんを睨んだ瞬間、宙を待っていた。
 ドシン、と背中から落ちたホストは痛みで声も出せないらしく、ジタバタ呻いている。
「やれやれ」 
 おっさんはもう一度首を振り、ホストを冷たく見下ろした。
「お前さんはそこで倒れていろ」
 そう言うと、俺たちに柔和な笑みを見せた。
「いや、驚かせたな」
「おっさん、やるぅ」
 思わず口笛を吹いた。
 そう、今のはおっさんが投げ飛ばしたのだ。恐らく、合気道か何かだろう。
「ははは。何、最近馬鹿な親も増えてきていてね。こういった自衛手段も必要なのさ。――さて、お母さん。小林さんと仰いましたね。少し、向こうで私と話をしましょうか」
「ひっ!? ――は、はい!」
 冴えない中年のおっさんが、若くてガタイのいいホストを投げ飛ばしたことに心底驚いているのか、母親は哀れなくらいに怯えていた。
「すまないが、もう少し、この子を見ててもらえるかな」
「うい」
「わかりました」
 俺たちは快諾すると、おっさんは親を連れて奥の『相談室』というところへ入っていった。そこで、説教でもするんだろう。
「美玖ちゃん、ちょっと俺たちとお話でもしていようか」
「ママは? おじさんに怒られるの?」
「そうだね。少し怒られるのかな? 『美玖ちゃんともっと一緒に遊びなさい』ってね」
「ホント? おじさん、ママにそう言ってくれるの?」
「ああ。美玖ちゃんも、ママともっと一緒に遊びたいだろ?」
「うん!」
 その質問に美玖ちゃんは満面の笑みで頷いた。
 ……やっぱりな。あの母親、ホストと遊ぶくらいだから、大して美玖ちゃんに構ってやってないんだろう。
 おっさんに説教されて、めい一杯、反省しろ。
「こっちのお姉ちゃんもね、さっき、ママを叩いたのは同じことで怒ったんだよ」
「え、そうなの?」 
 明日香に頷いてみせると、同じように頷いてきた。
「ええ。でも、いきなり叩いたから、困らせちゃったわね。ごめんね、美玖ちゃん。許してくれるかしら?」
 明日香は美玖ちゃんに頭を下げて、許しを請うた。
「……うん、わかった。許してあげる。でも、もうママ叩いちゃ駄目だよ? 今度叩いたら、絶対に許してあげない!」
「ええ、約束しますね」
 指きりげんまんして、二人は仲直りが出来たみたい。良かったな。
 ――母親が戻ってきたのは三十分ほど経ってからだった。相当絞られたらしく、酷く項垂れていた。
 ちなみに、ホストは二人が相談室に消えて五分くらい経ったころに、脇目も振らずに慌てて逃げていった。
 ざまあみやがれ。

 駅への帰り道を手を繋いで歩きながら、おっさんから聞いた二人について、話していた。
 おっさん曰く、母親は大学出てすぐに妊娠、出産したはいいものの、男に捨てられ、女手一つで美玖ちゃんを育ててきたらしい。
 周りの女友達はまだまだ気楽に遊んでいるのに、「なぜ自分だけが必死に子育てしなくちゃいけないのか」と思い始め、段々と美玖ちゃんが鬱陶しくなってしまったのだと言う。 更に、ちょうどホストクラブに嵌まったこともあって、ますます美玖ちゃんが面倒になった。美玖ちゃんのリクエストで遊園地には来たはいいが、お気に入りのホストと遊びたくて、たまたま見かけた俺に押し付けてしまったとのことだった。
「危険なことするな。もし、変な奴に押し付けてたら、どうする気だったんだろうな」
「そうね。でも、大丈夫だと自信があったのではないかしら。きっと、そう」
「女の勘?」
「ええ」
 頷き、明日香はクスッと笑った。
「なんだよ?」
「ううん。でも、美玖ちゃんにとっても、いい一日だったと思うわ。お母さんも二度とあんなことしないと思ますし」
「だといいけどねえ」
 徹底的に絞られた母親は。
 おっさんの「一人で抱え込まないで、もっと相談しなさい」という優しい言葉と相談所の連絡先を貰い、明日香の「ホラ、美玖ちゃんはあなたが大好きなんですから、あなたも応えてあげてください。もっと一緒にいてあげてください」という優しくも強い言葉に泣いて謝っていた。「ごめんなさい、ごめんなさい」と。
「大丈夫よ。でも、匠さん。私、決めましたから」
「何を?」
「私に子供が生まれたら、たくさんの愛情を持って育てるって。よろしくね、匠さん」
「……何で俺が出てくる?」
 明日香の子供が出来たとして、何で俺に関係が――。
「だって。私が生むのは、匠さんの子供に決まってますし」
 ――は?
「何年後かはわからないけど。いい子に育てましょうね、匠さん」
 ニコニコと笑いながら。
 ある意味とんでもなく恐ろしいことをのたまう明日香。
 ――逃げられない。
 俺は、確信するしかなかった。


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