Simple Party’s Life 
3話

〜飛鳥井明日香〜

 校門に立ち、校内へ入っていく生徒の風紀をチェックしていく。
「ワイシャツが出ているわ。ちゃんと入れなさい」
「は、はい」
「ジャージでの登校は禁止だと何度も言われているでしょう。――手帳を」
 こんな感じでチェック。
 チラッと腕時計を見ると、そろそろ予鈴が鳴る時刻。
 登校する生徒も殆んどなく――数名が、必死の形相で走ってきているだけ。
 そろそろ風紀委員の仕事も終了だ。
 ――と、はたと気づいた。
 ……匠さん、生徒の中にいたかしら、と。
 私一人で全校生徒をチェックしているわけでは無論ないけれど、それでも匠さんが来ればすぐにわかる。
 何せ、私の恋人なのだから。
 だけど――見た覚えがない。
 遅刻かしらとも思ったけれど、匠さんは今まで遅刻したことは一度もない。一応、予冷が鳴り終えるくらいまでにはいつもいる。
 だけど、今日に限っては見て――あれ?
(そういえば……)
 匠さんを、風紀委員の仕事をしている時に見たことが殆んど、ない。
 せいぜい、一度か二度。
 ……おかしい。毎日立っているわけではないから、見ない日があって当然だけど、何度となく立ってチェックしてきたのだから、もっと彼を見ていてもいいはず。
 それなのに、なぜ?
 出ない解答に頭を悩ませていると、一人の生徒が目に入った。
 もう時間もないというのに、のんびりと欠伸すらしながら向かってきている。そこには危機感というものは感じられない。
「……匠さん」
 間違いなく、その生徒は匠さんだった。
(早く来ないと、遅刻ですよ!?)
 大声でそう叫びたいのをグッと我慢する。
 もちろん、そんな私の心など知るよしもなく、匠さんのペースは変わらない。
 ……このままでは完全に遅刻だ。
 私が諦めのため息をついた瞬間、匠さんはいきなり角を曲がって姿を消した。
「…………?」
 そっちに門はない。当然、意味はない。
 なのに、なぜ匠さんは曲がったのだろう。聖嶺を囲む塀があるだけなのに。
「後お願いね」
 気になった私は、他の委員にその場を任せ、匠さんが曲がったとおぼしきほうへと足を向けた。

「方向的にはこっちに来てるはずだけど……」
 塀の内側。
 雑木が幾本も立っていて、薄暗い。
「……? 匠さんは、一体――」
 ガサッ。
「――――!?」
 ハッとして音がした方向に視線を向けると、塀に掛かった手が見えた。
「!」
 急いで雑木の陰に身を隠す。
 次の瞬間、匠さんがヒョイ、と軽やかに姿を見せて塀から飛び降りてきた。
(……嘘)
 聖嶺の塀は結構高い。飛びついたところで、乗り越えられる高さではない。
 反対側に、何か台でもない限りは。
「ふい〜。……よし、誰もいない、と」
 匠さんは軽口を叩きながら誇りを払うと校舎へと歩き出した。
 ……そう、そういうこと。
 フフフフフ。
「匠さん、こんなところで何をしているのかしら?」
 私は努めて、できる限り優しい声を出した。
「――――!?」
 びくぅ! とはっきりとわかるくらいに匠さんは身体を震わせ、こちらを振り向いた。
「おはよう、匠さん?」
「な。ななな、何で明日香がこっちにいる!?」
 その顔がはっきりと青ざめていたのは見間違いではないだろう。
「風紀委員だもの。――さて、匠さん。言い訳はいいから。一緒に来てもらいましょうか?」
 ニッコリ笑って匠さんに近づく。
「ちょ、ちょっと待て、明日香! 話せばわかる! な、落ち着いて――」
「黙りなさい」
「……はい」
 観念したのか、匠さんはがっくりと頷いた。

「全く、何をやっているんですか、あなたは! 他の生徒は真面目に登校しているというのに、あなたはずるを――」
 石畳に正座している匠さんは、さっきから説教を受けていた。
 ――私の。
「いいですか!? あなたがやってきたことは詐欺ですからね? みなの目を騙して――」
 周囲には風紀委員と教師が数人。
 全員が顔を何故か引き攣らせて、私と匠さんを遠巻きに見ている。
「あ、飛鳥井? そろそろ止めてやったらどうだ? いくら五行でも、こんなところにもう30分近く――」
「先生は黙っていてくださいっ。この人にはこれでもぬるいくらいですっ」
「……はい……」
 私の剣幕に押されてか、大人しく引き下がる先生。
 ――再び説教しようとした私に、今までじっと黙っていた匠さんが口を開いた。
「なあ、明日香」
「……何ですか。言い訳なら聞きません。あなたにはこの後反省文を――」
 腕組みしながら匠さんを冷たく見下ろす。
「そんなのはいくらでも書いてやるけど。ちょっといいか」
「? どうぞ?」
 一体、なんだいうのだろう。
 チョイチョイと手招きする匠さんにつられ、顔を彼に寄せる。
「濃紺と白のボーダー」
「……は?」
 何のことやらわからず、首を傾げる。
「だから、濃紺と白のボーダー」
 匠さんは言いながら、視線を私の腰辺りに――。
「――は!? な、なんで!?」
「お前、ちょっと激しく動き過ぎ。踏ん反りかえったとき、見えた」
 平然と言う匠さんに対し、スカートを抑えた私は口を半開き。
 そして。
「いやあああああああああああ!!」
 悲鳴と共に、私は匠さんを思いっきり、引っ叩いた。

 いきなり引っ叩いたりしたので周りが混乱したけど、「くだらないことを言ったので」と釈明したら、すぐに納得された。
 この辺り、匠さんの日頃の行ないが物を言う。
 その後、匠さんは反省文五枚を学校側から言い渡され。
 もちろん、使っていた台も撤去され。
 私個人的の慰謝料――デートでの遊園地、美術館の費用全額と、目を付けていたワンピースのプレゼントを請求した。
「い、いくらなんでも高過ぎるんですが、明日香さん?」
「だーめ。そうしないと許してあげない」
 がっくり肩を落とした匠さんに腕を絡め、寄りかかる。
「さ。今度のお休み、まずは遊園地ね。楽しみだわ」
 ニッコリ微笑んで有無を言わせない。
「……わかったよ。全て従いましょ、My Little Princess」
「お願いね、My Beloved Prince?」
 これからしばらくは、楽しくなりそうだ。


BACKINDEXNEXT
創作小説の間に戻る
TOPに戻る