Simple Party’s Life
2話


〜飛鳥井明日香〜

 それを見て、私はどうしようかと思案した。
 捨てるわけにはいかない。取っておくわけにもいかない。
 近日中に対処しなければならない。
 できれば今日中にしなければならない。
 もちろん内密に。
 特に――匠さんには知られるわけにはいかない。
(こういう時、相談に乗ってくれそうなのは……)
 脳裏に数名の友人の名と顔が浮かぶ。
 しかし。
 この中で有益なアドバイスをもらえそうな友人は、一人しか思いつかなかった。

「……それで? 私に相談に乗ってほしいと? それは当てつけかい? 生まれてこの方彼が出来たことのない私に!? さあ、キリキリ答えんかい、明日香あああっ!」
「ちょっと!? 何でいきなり逆上しているのよ!? 私はこれをどうしようかと相談にっ」
 いきなり「うがあっ!」と吼える絵梨菜に若干引きながら、私は努めて冷静な声を出した。
「えーえー。そうでしょうともさ! 彼氏である五行君にはできないし見せらんないモンね。こんなに沢山のラブレターはさ」
「だから! それで困っているから相談に乗ってと頼んでいるのでしょう!?」
 ヒートアップする絵梨菜に、私も自然と声が大きくなる。
 むしろヒートアップしているのは私かもしれない。
「だったら! 明日香はどうしたいのか言いなさいよ、話はそれからでしょ!」
「言う前にギャーギャー騒いでいるのは絵梨菜のほうでしょう!?」
「それが相談を頼む態度かあああっ!」
「それが親友に対する態度なの!?」
 二人して言い合いに発展してしまった。
 ――そんないがみ合いを続けること、数分。
「お客様。他のお客様の迷惑になりますので、声を落としていただけますか?」
 目だけが笑っていない笑顔の店員さんに 注意されてしまった。
「すみませんっ」
「お騒がせしました……」
 私と絵梨菜は、小さくなって謝罪した。

「じゃ、じゃあ気を取り直して。明日香の相談てのは、このラブレター、と。これをどうしようか、ってことよね」
「ええ」
 絵梨菜の確認に、私はコックリと頷いた。
 二人して冷静になった後、私は改めて絵梨菜に相談を持ちかけた。
 相談とはもちろん――テーブルに置かれた私宛のラブレター。
 その数、優に十通を超える。
 ただし、既に対処済みのものを除いて、の数。「今日の放課後、中庭で待っています」とか、返事の日時が指定されているものに関しては絵梨菜に相談する前に断りの返事をしている。
 残りが「好きです」「付き合ってください」等の告白だけされたのもの。
 これらに関して、どう対処していくか、絵梨菜に相談しているわけなのだけど。
「そんなの決まってるでしょうが。断るしかないでしょ」
「それはそうだけど」
「それ以外にどうするってーのよ? それとも何? ちょっとでも気になる生徒からの告白でもあった?」
 ニヤニヤと笑う絵梨菜を睨みつけた。
「そんなわけないでしょう。全員お断りするわよ」
 匠さん以外の人と付き合うことなど、万に一つもない。
 永遠にないだろう。
「はいはい、ご馳走様。まあ、真面目に答えるとさ、放っておくのが一番と言いたいけど」
「放置するの? でもそれは」
「不誠実だって言いたいんでしょ? それは真っ当な意見だけども。告白だけして、それからどうしてほしいという意思が読み取れない物を一々気にかけても仕方ないんじゃないかなあ、と思うわけさ」
 確かに絵梨菜の言うことにも一理ある。
 あるのだけれども……。
「じゃあ、一人一人に言いに行く? 未だ返事待ちの十人以上に『すみません、付き合っている彼氏がいるのでお断りします』って?」
「それが一番誠実だと思うのだけれど……」
 私も告白をしたからわかる。告白というのは、本当に勇気のいること。
 これらのラブレターの主は、きっと期待と不安を抱えながら、時間を過ごしているのだろう。
 しかし、絵梨菜は首を横に振った。
「やめときなって。告白ってさ、するほうも断るほうも凄くパワーいるのよね。明日香ならわかるでしょ? 何人も断ってるんだから。疲れたでしょうーが」
「ええ。本当に疲れたわ」
 せっかくの想いを断らないといけない、バッサリ切り捨てなければならない。これはかなりの精神的疲労がある。
 向こうは真剣。それに応えるには私も真剣にならなければならない。
 だからこそ――辛い。
 だからといって、曖昧にはできない。きっぱりと断る――それがせめてもの、誠実さだろう。
「でしょ? だから、もっと楽な方法取るべきなのよ。放置が嫌なら、それは後で考えるとして、と」
「そうするわ。……でも、絵梨菜」
「ん? 何」
「なぜ急にラブレターの数が増えたのかしら……? 少し前までは今の半分どころか、一週間に一通貰うか貰わないかだったのよ?」
 それがわからない。以前から告白されたりラブレター貰ったりはあったけど、ここまで頻繁ではなかった。
 時期としては、匠さんと付き合い始めて少し経過した辺りから。
 ……本当になぜだろう?
「ああ、そのこと? アハ、そっか、明日香自身じゃわかんないわよね」
「? 絵梨菜にはわかってるのね? その言い方だと」
「ええ、もちろん。わからいでか」
 絵梨菜は肩をすくめると、トンとテーブルを指で弾いた。
「? じゃあ、教えて? その理由」
 理由がわかれば、対策も立てられるかも知れないし。
「そんなの簡単よ。明日香が五行君と付き合い始めて、より可愛く優しくなったから」
「……はい?」
「だから。明日香が五行君と付き合う前のイメージって、美人だけど自他共に厳しい、取っ付きにくいお嬢さん、て感じだったわけよ。それが最近、笑顔見せるし雰囲気柔らかくなったし、一層女らしくなったしで、心を鷲掴みにされた男子が一気に増加した、てわけ。……わかった?」
 ニヤリと笑う絵梨菜。
「……わかったけど、何よ、それ。本気で言ってるの?」
 笑顔見せるようなった、とか、今まで取っ付きにくい、とか。
 ――ダメだ。思い当たる節が多すぎて、否定できない。でも、それで想いを寄せ始める男子って……。
「当たり前。その顔だと理解出来たみたいだから、いいとして。で、どうする? このラブレターの山は?」
「そうねえ」
 ――悩んだ結果。
 絵梨菜に協力を頼み、ある方法を取ることにした。

 下駄箱に手紙を入れ、私はほっと一息ついた。
「次で――最後」
 私の取った方法は、手紙を一人一人に書き、お断りする、というもの。下駄箱の場所などは絵梨菜に協力してもらった。人付き合いの得意でない私と異なり、絵梨菜は他クラスに何人も友人がいるのでその伝を頼った。
 十人以上に返事を書き、下駄箱に入れていくのは大変だった。
 そのお陰で、ここ数日、匠さんと下校できていない。理由を付けて誤魔化しているけど、知られたら正直怖――。
「大変だねえ、明日香。ま、頑張れ」
 ――え。
 聞き親しんだ声に慌てて振り返れば、匠さんが手を振り振り靴を履き替え、帰っていくところだった。
「ちょ、匠さん!?」
 全くこちらを無視して帰っていく。
 ――怒ってる?
 そう悟った私は手早く最後の一枚を下駄箱に押し込むと、急いで匠さんの後を追った。
「待って! 待って、匠さん!」
 門の外で匠さんに追いつき、その手をギュッと握る。
 だけど、そのまま匠さんはスタスタ歩いていってしまうので、私も引きずられる形で着いていった。
「ねえ、お願い、話を聞いて! 別にこれは浮気とかじゃ――!」
 浮気なんて絶対にしない。私が好きなのは匠さんだけなのだから。
「…………」
「説明とかしなかったのは私が確かに悪いです。でも、本当にこれは」
「……ククク」
「――え?」
 いきなり笑い出した匠さんに、私は目を丸くした。
「明日香、こっち」
「え、ええ」
 道を逸れて路地に入ると、ギュッと抱き締められた。
「え、えええ!? た、匠さん、人目が……」
「ヘーキヘーキ。それにしても……そんなことで怒ったりはしないぞ、俺は。見縊んな」
 ポンポンと頭を優しく叩かれる。
「それは……ごめんなさい。でも、やっぱり男性からすれば、嫌だと思って」
「正直、いい気分はしない。でもよ、黙っていられたほうが嫌だ。逆の立場だったら、お前はどうなんだ、明日香」
 私が匠さんの立場だったら?
 ――彼氏が相談もしてくれずに貰ったラブレターの返事を一人一人に返していると知ったら。
 ――嫌だ、それは。
「ごめんなさい。今後はちゃんとお話しします」
「おっけ。んじゃ、帰ろうか。そっちは終わったのか?」
「はい。終わってます」
 匠さんは身体を離すと手を繋いで来てくれたので、そのまま歩き出した。
 ……ちゃんと握ってくれる。それが嬉しい。
「あの、ところで匠さん。ラブレターのことをどうしてわかったんですか?」
 気になったので訊いてみたら、「自分の彼女のことだぞ。わからいでか」と苦笑されてしまった。
 私も、匠さんのことなら大体分かる自信がある。そういうことだろう。
「あ、そうそう。今回のことで少なからず俺は心配させられたので、今度の休み、お詫びにちょっと付き合え」
 急にそんなことを言われた。
「……はい、わかりました。確かに今回は言わなかった私も悪いですから。お付き合いします。……それで、どこに?」
 すると、匠さんはニヤッと企んだ笑みを浮かべた。
「前から行きたかったんだけど、明日香が拒否し続けてたんで行けなかったとこ。拒否は却下する」
「えっ」
 それって、まさか……あの……?
「ケーキバイキング」
「いやああああああああああっ!!」
 やっぱりー!!

 当然のことながら行かないという選択肢は存在せず。
 行った日から私は一週間以上、ダイエットに励む羽目に陥った。
 等の本人は全く体重は増えなかったというのに!
 何て不公平!
「なあ、今度カップル限定のイベントがあって、スペシャルケーキが」
「ゼッッッッタイに、嫌です!」
 もう二度と行きませんからね!


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