Simple Party’s Life
1話


 授業を終え、掃除から戻ってくると明日香の姿がなかった。
「なあ、明日香がどこに行ったか知らんか?」
 一緒に帰る約束してたんだけど。
 机でノートを広げていた園崎に訊ねてみると、「いつもの如く食堂でしょ」という返事が返ってきた。
「食堂……? 何でまた食堂に」
 もう7限全て終わって、後は帰るだけのはずなんだが?
「行ってみればわかるわよ」
 しかし、園崎の答えは素っ気なかった。
「……わかった、行ってみるわ。サンキュ、園崎」
「いいって。でも五行君」
「ん?」
「驚かないでね、明日香を見ても」
「どういう意味だ?」
 含みのある言い方に眉をしかめるが、園崎は手を振っただけで答える気はないようだった。
 とにかく、食堂に行ってみるか。そうすれば、全部わかるだろう。
 俺は教室を出て、早足で食堂に向かった。

 食堂に着くと、捜すまでもなく席に着いてシチューらしきものを食べている明日香の姿が目に入った。脇目も振らずに食べているので、俺が来たことには気がついていないらしい。
「明日香。また飯食ってんのか?」
 声をかけると、滑稽なまでに身体を震わせる明日香の姿が。
「――!? た、匠さん!? 何でここに!?」
「いや、園崎に訊いてきたんだが。いつもの如くここだろうと」
 その驚きぶりに、俺の方が狼狽する。別にそこまで驚かなくてもいいだろうよ。悪さしているわけでもないんだしさ。
 しかし、明日香のほうはそうは行かないらしく、眉をひそめて「……絵梨菜のバカ」と呟いていた。
「? 何で授業終えた後で飯食ってんだ? 小腹でも空いたのかよ?」
 確かに学食は安いし意外と味もイケるし、放課後までやっているので時間的にも余裕もあるから便利だけど。放課後にまでわざわざ食うほどのモンか?
 ちょっと我慢すりゃ家で食えるし、なんだったら、帰りにどっか寄ったっていいはずなんだが。
「そ、そうなの。少しお腹が空いたから、たまたま……お金もあまりないし……」
「そうなのか? 園崎は『いつもの如く』と言ってたけどよ」
 あの言い方だといつも寄っているみたいに聞こえたんだが、俺の勘違いか?
 途端、明日香はピタッと動きを止め、俺を上目遣いに見上げてきた。
「あの、匠さん。絵梨菜からそれ以上、何か聞いてきた?」
「? いや、何にも? ただ、明日香を見ても驚くな、とは言われたけど?」
 そういや、驚くなって一体何だ?
「絵梨菜ああ……」
「お、おい、明日香!?」
 何故か明日香が呻くような声を上げたので、今度はこっちが驚いた。
「うう〜」
 と思ったら、今度は拗ねたように唇を尖らせるし。
「だから、ホントに一体何なんだよ?」
 わけからん。
 ただ、明日香が腹が減って、学食で飯を食ってるだけのことだろうに。園崎がいつもの如くと言ってるから、いつも放課後ここで飯を――。
 あれ?
 ということは、明日香って、結構――。
「なあ、明日香。お前って、飯食うほう?」
「!!」
 途端、明日香の顔から全ての表情が消えた。
 ――おい?
「何のことかしら。私の食欲は普通よ。それはあなたもよく知っているでしょう」
「台詞に感情が籠もってねえよ……」
 表情まで平坦になってますが。
「とにかく、私は普通程度しか食べません」
「…………」
 ひじょ〜に、怪しい。どう考えたって、言い訳しているようにしか聞こえない。
 しかしなあ、訊いたところで言うわけないし。俺にも心当たりがあるわけ――あるな、うん。
「なあ、明日香。最初にお前の相談乗った時……かなり遅れてきたよな? それってさ」
 相談する側の明日香がなかなか来ないので、イライラした覚えがある。勝手に飯食うわけにもいかないし。
「な、なな何のこと!? 確かにあの時遅れて悪いとは思ったけれど。お詫びにお昼奢ったでしょう!?」
「ああ、そうだったな」
 確かに「もっと早く来いっ」と文句を言った俺に対して、明日香は静かに頭を下げて「お詫びにここは奢ります」と言ったんだった。
 今考えりゃ、それで言いくるめられた気がしてきたぞ?
「でしょう? だったらいいじゃないの。私は本当にたまたまお腹が空いたから――」
「ランチボックス」
「え!?」
「デートした時に明日香が持ってきたランチボックス。かなり大きめで中もぎっしり詰まってた。それを、お前も半分は食ってたよな? パクパクと」
「…………」
 明日香の対面に座った俺は、頬杖をついてニヤリと笑った。
「さて? どう説明する?」
「……! た」
「た?」
「匠さんの! バカ!」
「うぁ!?」
 いきなり大声を上げられ、俺は仰け反り、椅子から落ちそうになった。
「ええ、そうよ、そうなの! 私は人よりたくさん食べます! それでいい?」
 眼がこれ以上ないってくらいに吊り上り、睨んでくる明日香。
 対して俺は。
「いいんじゃないの。つか、最初から言えばすむことだろーに。俺とお前の間で、なに恥ずかしがってんだよ」
 あっさりそう言った。
「……驚かないの?」
 平然としたことが、逆に明日香には衝撃的だったらしい。きょとんとした顔になっている。
「別に? 単に意外だっただけ。それだけだよ」
 これで俺が明日香に対する印象が変わるとかそういうことは一切ない。
 すると、明日香が「はあ」と肩の力を抜くのがわかった。
「ああ、もう! こうまで平然としていられると、隠してきたのが馬鹿らしいわ」
「何だよ、俺を信じてなかったのか?」
 それはちょっと悲しいぞ。
「そうじゃないわ。ただ、それでも恥ずかしかったのよ。私も女性ですから」
「そりゃそうだ。俺も悪かったな。デリカシーがなかったよ」
 自分の健啖家振りを知られるのは、女の子と子にとっては結構キツイものがあるか、考えれば。
「……もういいわ。匠さんだって悪気はなかったんだし。どうせいつかは知られると思ってたから。それが今日だったというだけよ」
「そっか。そう言ってもらえるなら助かる」
 俺はほっと息をついた。
 彼女を不機嫌にしたままじゃ、寝覚めが悪すぎる。
「ええ。じゃ、もう少し待っていて。食べ終わったら帰りますから」
「あいよ」
 明日香の言葉に頷いた俺だったが――。
「さて、と。すみません、ナポリタンをお代わり――」
「待て、こらあっ!」
 その後、お代わりをする明日香が食べ終わったのは、二十分以上経ってからだった。


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