Simple Life
〜優しいぬくもり〜
5話


〜飛鳥井明日香〜

 ランチボックスを片付けて、私たちはここのプールの売りでもある、ウォータースライダーへとやってきていた。
 ウォータースライダーには二種類あって、一人で滑るものと、複数――家族とかカップルとかで滑るもの――があった。
 当然、私たちは複数で滑るほうを選んだ。
 15分も並んだだろうか、ついに順番がやってきた。
「さて。行きますか」
「ええ」
 係員さんが渡してくれる大きな浮き輪に匠さんが座り、その前に私が座る。
「彼氏さん、いいですかー? 場所によっては結構なスピードが出ますの、しっかり彼女を掴まえていてくださいね? 途中で引っくり返ったり、投げ出されたりするとそのまま出口まで行くことになりますから。男性はともかく、女性は悲惨な目に遭ったりもしますから、くれぐれも気を付けて」
 ……悲惨な目?
 何だか不吉な言葉を聞かされた気もするけど、匠さんは「ああ、なるほど」と納得した表情で頷いていた。
「準備はいいですかー?」
「ええ」
「大丈夫です」
「それじゃあ行きますよ。3,2,1……GO!」
 声と共に、私たちの乗った浮き輪は水の迷路へと滑り落ちていった。

 水の流れに乗って、浮き輪が滑らかに進んでいく。
 左右に揺れつつ、適度なスピードで進んでいくのがなんとも心地いい。
「ひゃっほー!」
「きゃっ。フフ、気持ちいいわね、匠さん」
「おう。もっと速くなると面白いんだけどな」
「……嫌」
 匠さんの希望をにべもなく却下する。
 せっかく会話ができるくらいの丁度いい速度なのに、これ以上のスピードなんて冗談じゃない。楽しい気分が半減してしまう。
「何でだよ」
「当たり前でしょう。こうしてのんびり――」
 言いかけた時、段差でもあったのか、ガクンと浮き輪が大きく揺れた。
「キャッ!」
「大丈夫だって。落ちやしないから」
 悲鳴を上げて、思わず匠さんにの腕にしがみついた私を優しく抱きとめてくれる。
 ……意外なほどに逞しい匠さんの身体。その腕が私のお腹の辺りに回され、触れ合う肌からの熱が、気恥ずかしさとこの上ない安心感を与えてくれる。
「……そのまま支えていてね」
「あいよ。任せとけ」
 優しく、それでいてしっかりと支えてくれる匠さんに、私はゆっくりと背中を預けた。

 ウォータスライダーを滑り終えると心地いい緊張感が解れ、ほっと息をつきながら私と匠さんは浮き輪から降りてプールサイドに上がった。
 浮き輪はそのまま流れに任せておく。
 行き止まりにちゃんと回収員さんがいて、順次浮き輪は回収されているので任せておいていい。
「楽しかったな」
「ええ」
 こういうのも楽しい。――きっと匠さんと一緒だから余計に楽しいのだろう。
「さて。また少し休むか」
「そうね。今度はもっとゆっくりできるプールに――」
 言いかけた時だった。
 私たちが遊んだカップル・家族用のウォータースライダーの隣、一人用のスライダーから、若い女性が物凄い勢いで滑り出てきた。
「きゃああああああっ!!」
 水面を、両足を伸ばした指定の格好で滑走する女性。
 たっぷり、5メートルは滑ってから沈んだ。
「ス、スゴイ勢い……」
「ああ。それに、ありゃ」
 匠さんが何か言いかけたが、すぐに口を閉ざした。
「?」
 何だろうと思ったが、すぐに知れた。
 女性の――水着のトップスが外れている。
 ボトムもお尻の部分が捲くれ上がり、ハーフカットみたいになってしまっている。
 女性の方も気がついているらしく、手で覆いつつ水中で直しているから大事に至らなかったみたいだけど。
 ――やらなくてよかった。一人用のあれはやはり危険だ。
 改めて思っていると、匠さんが何やら企んだ表情で私に視線を投げかけてきていた。
「――何?」
「明日香。お前もやってみるか、あの一人用」
 ニヤリと笑う最愛の人に、にっこりと微笑んで。
「ぜっっっっったいに、イヤ!!」
 思いっ切り、匠さんをプールに突き落とした。
 派手に上がる水飛沫と周囲に人の笑い声。
 ――全く、もう。
 ……匠さんの、バカ。


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