Simple Life
〜優しいぬくもり〜
4話


〜五行匠〜

 かなりのボリュームがある昼食を二人で食べ終え、俺たちはマッタリとしていた。
 ……半分は明日香が食べたんだけど、こいつって、普段からそんなに食ってたっけ?
 華奢な身体つきからは考えられないが、う〜ん?
 いくら考えても答えは出ないし、訊いたところで睨まれるのがオチだろうから、早々に考えるのをやめにする。 
 言うのであれば、明日香が食べた量とかよりも。
「しっかし、明日香。前にも食べたけど、予想以上に料理、上手いんだなあ」
 何よりも明日香の手料理の味だ。
「家で厳しく躾けられているから。私も自分のお弁当は自分で作っているのよ?」
「へ? そうなのか? けど、だったらなんでちょくちょく学食に出没してんだ?」
 ただの疑問だったんだけど、明日香は急に視線を彷徨わせた。
「ふ、風紀委員の仕事とかで早起きする必要があったりして、意外と朝は時間の余裕がなくて、お弁当を作る時間が足りなかったりするから。それでよ」
「ふーん。そうなのか」
 何だか取って付けたような理由(おまけに早口)だけど、嘘だと決め付ける証拠もないし、その必要も別にないし。明日香がそう言うのなら、そうなんだろうさ。
 ……多分ね。
「そうなの。風紀委員の仕事って結構大変なんですよ? これでも」
 ほっとした表情の明日香が今度は風紀委員の仕事について語りだした。
 ――曰く。
 朝早くから門に立って、登校してくる生徒の服装のチェック。ネクタイが曲がっているとか、ジャージで登校する体育科の生徒の取締りとか。
 もちろん遅刻した生徒の取り締まりもある。
 意外と仕事は多いらしい。
「へえ。でも、特に明日香の取り締まりは厳しいって噂だけど、そこんとこはどうよ?」
「そんなに厳しいつもりはないけれど。風紀の友達からも『少しは手加減してあげれば』と言われることはあるかしら」
「あるんじゃねーか。けど、そんなには多くないんだろ? 遅刻者の数」
「全体的には。でも……」
「でも?」
 言いよどむ明日香の表情がわずかに曇った。
「なぜか私の時だけ遅刻者の数が多いの。それも1年と2年の下級生が。わからないわ。3年生はそんなことないのに」
「なぜって、そりゃあ……」
 俺はどう言えばいいか、迷った。
 それは間違いなく、明日香のファンの連中だから。
 その美貌と厳しさが相まって、明日香は特に下級生に人気がある。はっきり言っちゃえば、マゾっ気のある連中に。
 遅刻して、叱られても嬉しいという奴らがわざと明日香が当番の時に遅刻しているんだろう。
 ……ご苦労様なこって。
「叱られてもいいから、明日香と話したいっていう連中なんじゃないの? 美人な先輩とお話をってな」
「そんな殊勝な理由かしらね。単に甘く見られてるっていう気もするけど」
「そこまで否定的に考えるなよ」
 自身の人気を理解していない明日香の姿に、苦笑を浮かべる。
「別に否定しているつもりはないの。でも、風紀委員である以上、ちゃんと綱紀粛正になってるのかなって」
 僅かに目を伏せ、明日香が呟く。
「だから、ネガティブになるなって。周りからも厳しいと言われてるくらいなんだろ? だったら、問題は明日香にあるんじゃなくて、遅刻する連中にあるんだから、そこまで責任を感じる必要なんてないだろ」
「――そう思う? 匠さん」
「思うね。俺が保証するさ」
 俺は即答した。
 実際、明日香はよくやっていると思う。そもそも、明日香の当番の時に遅刻するのはファンなのだから、一定以上の効果を期待しても無理というもの。
「保証、か。……そうね、匠さんがそこまで言うのなら、信じてみようかしら」
「おう、信じとけ信じとけ。信じるものは救われるぞ」
 カカカと笑うと、明日香はにっこり笑って。
「これで変なことになったら恨むから♪」
 そんな恐ろしいことを言いやがりました。
「おいおい。それはそれとしても。遅刻者連中に、別の意味で甘くされるとそれはそれで困るけどな」
「別の意味で甘く?」
 ちょこんと小首を傾げる明日香に、俺はストローを咥えててピョコピョコ動かした。
「ああ。そういうことすると奴らって結構図に乗るだろうから」
「それって……。ああ、そういうこと」
 俺が言いたいことに勘付いたのか、明日香はニッとあまり品がよいとはいえない笑みを浮かべ、俺を見上げた。
「匠さん? 今のってどういう意味なのかしらね?」
「その表情から察するにわかってんだろ、お前」
 テーブルに頬杖をついて、半眼で明日香を見る。
 このやろ……。少なからず嫉妬の気持ちを持ったことを完全に見抜いてるくせに。
「フフ。ええ、もちろん。匠さんが遅刻者たちにヤキモチを焼いたってことはね」
 明日香はクスクス笑いながら、「匠さんにも可愛いところあるのね」となぜか上機嫌だった。
「うっせ。俺だって人間だからな。自分の彼女が他の男に甘い顔してても平然とできるほどに器はでかくないんだよ」
 僅かに眉を寄せつつ、ジャスミン茶に口をつける。
「あら開き直り? ……大丈夫ですよ。風紀委員として甘くすることは、もしかしたらあるかもしれないけど――」
「けど?」
 けど、何だ?
「私が女の子として甘えるのは、今私の眼前でストローを咥えてる人だけだから」
「――――!」
 こ、こいつ……何て恥ずかしい台詞をさらりと言いやがるかっ。
 居たたまれなくなって、俺はテーブルに突っ伏した。
「あらあら。安心しました、匠さん?」
 からかい気味な明日香の声に、俺は手を振って降参するしかなかった。
 俺、今日は明日香に勝てないかも……。


BACKINDEXNEXT
創作小説の間に戻る
TOPに戻る