Simple Life
〜優しいぬくもり〜
3話


〜五行匠〜

「さて。一旦休憩するか?」
「そうね、少し休みましょうか」
 波のプールで遊んだ俺たちは、一旦上がることにした。
 喉も渇いたし、腹も減った。園内の時計を見れば午後1時過ぎ。昼食にはいい時間だろう。
「さて、何を食う? たいしたもんは売ってないけどな」
 園内に設けられた売店に目をやりつつ、明日香に訊ねる。
 ホットドッグ、フライドポテト、焼きそば、チキンナゲットにカキ氷……。定番の王道を行くラインナップ。しかも値段は高いし量は少ないし。
 はっきり言ってしまえばぼったくりだろう。それでも行列ができるくらいには売れているのだから、これがプールの魔力というやつか。
 そもそもホットドッグ300円てなあ、おかしくないか?
「買う必要はありません」
「は?」
 明日香の言葉に、俺は目をパチパチさせて首をかしげた。
「買う必要はないって言ったの。お弁当、私が作ってきましたから」
「なんですとぉっ!?」
「……何で驚くの。とにかく、お昼ご飯は持ってきたから、場所を取っておいてくださいね。すぐに持ってくるから」
「……あいあい。どっか探しとく」
 明日香が弁当を持って来てくれるとは夢にも思わなかったので少々戸惑ったが、その厚意には甘えさせてもらおう。
 まだ見ぬ明日香の手作り弁当に期待を抱きつつ、俺は場所を探し始めた。

 明日香はその言葉通り、すぐにランチボックスを手に提げて戻ってきた。
「こっちだ、明日香ー」
 呼びかけると明日香もすぐに気がつき、手を振りながら早足で来てくれた。
「待たせました?」
「いんや。……しかし、大きなランチボックスだな」
 俺は確保したテーブルに置かれたランチボックスに目をやった。
 普通の物よりもかなり大きい。女の子が持つような大きさじゃないと思うんだが。
 すると、明日香は笑ってランチボックスをぽんと叩いた。
「私一人分じゃないもの。匠さんの分も入っているし。男性だもの、たくさん食べるでしょう?」
「お前よりかは食うとは思うけど」
 女の子である明日香より食わなかったらそれはそれで問題だ。
 ……いやね、この時はそう思っていたんだよ。(苦笑)
「でしょう? だから多めに作ってきたの。……はい、どうぞ」
「おおっ」
 開かれたランチボックスの中身に、驚嘆の声を上げる。
 具沢山のサンドイッチ――卵、ベジタブル、チキン、ツナ……。それらのサンドイッチがたっぷりと詰め込まれ、脇には鶏の唐揚げ、プチトマト、生ハムのキュウリ巻きがお行儀よく入っていた。
「それじゃ、俺は飲み物を買ってこよう。何がいい?」
 ドリンクがないことに気づき、立ち上がる。こんくらいはしないとね。
「そうね、それじゃあオレンジジュースを」
「了解」
 注文を受けて、早足で売店へと向かう。
 オレンジジュースとジャスミン茶を注文し、俺はロッカーの鍵の付いたバンドを着けた右手を差し出した。
 ……別にふざけているわけじゃない。
 バンドにはバーコードが印刷されていて、これを読み取ることで買い物ができる。無論財布は不要。清算は、最終的にプールの専用の窓口で行うという寸法だ。
 スパなんかで使われている方法だが、それをこのプールでも使用しているわけだ。
 これならわざわざ財布を持ち込む必要はなくなるし、盗難に遭う心配もない。売店側にしてみてもスムーズに遣り取りができるから、負担が減るというメリットがある。
「ありがとうございましたー」
 ジュースとジャスミン茶のコップを持ち、飛鳥の元に戻ると――なんというか、お約束の光景が展開されていた。
 すなわち――ナンパ。
 パラソル付きのテーブルで待っている明日香の横にいる二人の若い男。いかにもなチャライ兄ちゃん’Sだ。
 少し見ていると、兄ちゃん’Sは愛想笑いを浮かべて遊びに誘っているが、明日香は冷静というか、つっけんどう気味に断っているらしい。
 ……しかし、明日香のあの表情。
 あれは――付き合う前に明日香が普段よくしていた表情。
 感情の起伏がないんじゃないかと思えるくらいに乏しい表情。元が美人なだけに、本当に作り物めいて見える。
 もちろん、付き合ってからはそれは嘘だろと思っちゃうくらいに表情は豊かだけど。
「ね? そんなこと言わないでさ、俺らと遊ぼうぜ?」
「そんな奴といるよりも、俺らと遊んだほうがよっぽど楽しいからさ?」
「何度も言いますけどお断りします。一緒に来ている人がいるので。帰ってください」
 そんな声が聞こえてくる。
(やれやれ)
 その断り方には苦笑せざるを得ない。なぜなら、ああいう奴らにもプライドはちゃんと存在する。
 それなのにああも素っ気なくされると、意地というか、何が何でも、といった気になってしまうからだ。
 おっと。ここで冷静に状況分析している場合じゃねえな。とっとと助けないと。なんと言ったって、明日香は俺の……可愛い彼女だしな。
「はい、待った、そこの兄ちゃんたち。俺の彼女になんか用か?」
『あ?』
 振り返ると同時に睨んでくるナンパ師二人。
 睨むな、鬱陶しい。
「その子は俺の彼女なんだけど。ナンパなら余所でやってくれるか?」
 コップをテーブルに置いて、二人と対峙する。
 ……へえ。結構いいガタイをしている。いや、それもそうか。そうでもなきゃわざわざプールでナンパなんてしないだろうし。
「本当にいたのかよ、連れが」
「……チッ! マジで男かよ」
 値踏みするかのようにひとしきり俺を眺めた後、ナンパ師二人はあっさりと明日香から離れていった。
 おお、意外と潔い。もっと突っかかってくるかと思っていたんだが、さすがに人目の多いプールではそんなことはしないらしい。
「悪い。一人にしてまずかったか」
 座りながら訊ねると、あっさりと頷かれた上に軽く睨まれた。
「当たり前でしょう。もう、もっと早く戻ってきたほしかったです。あの人たちしつこくて大変だったんだから」
「すまん。ホンの5分の間にナンパされるとは思わなかったからさ」
 予想以上にナンパ師たちの手が早かったと言うべきか、それとも、そうしたくなるくらいに明日香の容姿が魅力的だったと言うべきか。
 はてさて、どっちだろう?
「もう、匠さん。あなたは私の……か、彼氏なんだから、ちゃんと私を守ってくださいね?」
 そう言って、赤くなりながら俯く明日香。
「…………」
 全く。自分で言って恥ずかしくなるくらいなら、最初から言うな。
 こっちまで恥ずかしくなってきただろうが。
(ええい、くそ!)
 俺は一気にジャスミン茶を半分くらい飲んで、気を落ち着けた。
 それから――意を決して言う。
「わかったわかった。これからはちゃんとおまあえの傍にいるさ。可愛い彼女を他のふざけた奴らに指一本触れさせないためにもな」
 清水の舞台から飛び降りる――そんなつもりで言ったのだが。
 対する明日香は、というと。
「――はいっ」
 心底嬉しそうにハニカミながら、コックリ頷きやがった。
 ――その笑顔、反則!



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