Simple Life
〜優しいぬくもり〜
2話

〜五行匠〜

 青い空。
 照りつける太陽。
 その下で俺は飛鳥井――いや、明日香を待っていた。
「女の子ってのは、着替えに時間がかかるもんなんだなあ」
 更衣室へ繋がる入り口に目をやり、俺は息を吐いた。
 今いるのは大型のレジャー施設であるプール。
 今日は付き合い始めたばかりの彼女、飛鳥井明日香とプールに来ている。
 もちろん俺はとっくのとうに着替え終わり、プールサイドで明日香を待っているわけだが。じりじりと焼け付くような強い陽射しに加え、他の客のはしゃぐ声が容赦なく耳に入ってくる。その声の誘惑に駆られ、今すぐにでもプールに飛び込みたい気分になってくる。
 しかし、そんなことをすれば明日香がつむじを曲げるのは目に見えている。
(早く来てくれないかなー)
 早く来てくれないと、日射病になりそうなほどに暑い。
 ああ、もう。やっぱり先に入っちゃおうか。
 涼しげにゆらゆらと波打つプールの水面の誘惑に負けそうになった時、フッと近くに人の気配を感じた。
「匠さん、ごめんなさい。待たせちゃったわね?」
 聞き間違えようがない。明日香の声だ。
「全くだ。先に飛び込んじゃおうかと――」
 振り返りながらそう言いかけて――声を失った。
 そこに、あまりにも魅力的な明日香の姿があったから。
「? どうかしたの?」
「あ、いや! 何でもないっ」
 不思議そうに首を傾げる明日香に、俺は曖昧に言葉を濁すことしかできなかった。
 艶やかなナチュラルストレートヘアはシュシュで首元に纏められ、いつもとは異なった雰囲気を醸し出している。
 着ている水着は黒のホルターネック。トップスは大きめに開いた胸元に沿ってフリルがあしらわれ、中央にフリルで作られた蝶々結びのリボン。ボトムはフォルタースカートとなっていて、左腰辺りでこれまた大きめのリボンで止められ、それがポイントとなって目を惹く。
 さらには、それを見事に着こなす明日香のスタイルのよさ。
 引き締まった美脚を惜しげもなく晒し、ウェストは見事にくびれていた。
 何よりも――激しく自己主張しているバスト。
 どうやら、明日香は随分と着痩せするタイプらしく……制服や私服の時はスレンダーな体型だと思っていたんだが、いざこうして水着姿を見てみるとそれが大きな誤りだったと気づかされる。
 月並みな表現だが、たわわに実った果実――そうとしか言いようがない。
 無意識に目で追っていると、視線に気づいたのか、明日香はムッとした表情で俺をひと睨みし、胸を隠した。
「……あまり見ないで。匠さんのエッチ」
「す、すまん、つい……」
 これだけ魅力的な肢体があったら、ついつい見てしまうのは男としては仕方ないと思うんだが、明日香にして見ればそんなことは関係ないか。
 てか、これってもしかしてセクハラ? 
 だとしたら、本当に悪い。
 幾分の罪悪感と気恥ずかしさを抱きつつ、明日香に手を差し出した。
「と、とりあえず入ろうぜ。ここでボーっとしていても意味ないし」
 すると明日香はクスッと笑って手を取った。
「はいはい。行きましょう。そうね、まずは流れるプールからでいい?」
「もちろん」
 とにかく、この話題から逸らせれば何でもいいや。
 俺は明日香の手を引いたまま、プールへと突貫した。

 プールの水は冷たく、気持ちよかった。
「うひょー! 気持ちいい!」
 流れに逆らわず、ゆらゆらと流されつつ、明日香に水をかけてみる。
「きゃっ! もう、やめて。私身動き取れないのだから」
「そんな浮き輪に乗っかってるからだろう?」
 睨んでくる明日香に軽く笑い返し、俺は浮き輪の紐を引っ張った。
 明日香は一体、どこから持ってきたのか、人一人が優に乗れる筏型の浮き輪に乗っかって、流れるプールを満喫していた。
 紐を持っていることからもわかるように、操縦しているのは俺だ。
 いや、これが意外と大変。
 気を抜くとすぐ先に行ってしまうし、ヘタに力を入れて流されないようにすると、他の客に迷惑がかかるし。
 結構神経を遣うんだよ、この筏。
 それでも、明日香とワイワイと話しながら遊ぶのは楽しい。
「プール自体数年ぶりに来たけど……。しかし、流れるプールか。溺れかけたことを思い出すな」
 あれは中学に上がったばかりの時だったか。
「溺れ……!? 大丈夫だったの、匠さん!?」
 明日香が唖然とするが、俺は苦笑いを浮かべた。
「あのな。大丈夫だったからこそ、ここに今いるんだろうが。それとも何か? 溺れていたほうがよかったのか?」
 意地悪っぽく言ってみると、パシャッっと水を掛けられた。
「馬鹿っ」
 ぷいっと明後日の方角へ向けた顔に、俺はまた苦笑した。
「悪い悪い」
「……それで。どうして溺れかけたんですか?」
 何だかんだ言いつつも、興味はあるらしい。素直じゃないね、全く。
「ああ。俺の行った流れるプールはな、途中で二股に別れてたんだ。左右で少しずつ変えていてな、右は小さな滑り台みたいになってて、左は……何だったか忘れたけど。とにかくそうなってて、また合流する形になってたんだ」
「ええ」
「俺は右に行って、浮き輪に掴まりながら流れて滑り台を下った。そして合流する寸前に浮き輪から手が離れて水に潜っちまったんだ。しかも悪いことに、その合流した場所の流れが速くて、そのまま流されちゃったんだよ」
「…………」
「それでも何とか浮き上がって、プールサイドに非難した。あん時はさすがにヤバいと思ったぜ」
 あのまま流されていたら――俺は今、ここにはいなかったかもしれない。
 今となっては苦い思い出って奴だな。
「はあ。あなたはどうしてどこでも問題起こしているのかしら」
 心底呆れた、という様子で明日香はため息を吐いた。
「俺のせいじゃねえだろ、これは。不幸な事故だ」
「そういう意味じゃないわ。どこででも何かしらやらかしている、と言いたいの」
「同じことだっ」
 何だよ、もう。人を人間台風みたいに言いやがって。
「あら、上手い表現ですね」
「否定しろよ……」
 明日香って、俺には厳しいよね?

 その後も延々と明日香をお姫様みたいに引っ張り続け。
 最後に筏を引っくり返して水に沈めてやった。
 当然、目をいつも以上に吊り上げた明日香に筏でボンボン叩かれたけど。
 それを見ていた周りの人たちが大笑いしていたのは――考えないことにしよう。



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