Simple Life
文化祭は大騒ぎ!
3話

〜五行匠〜

 ついに来ました文化祭! ばんざーい!!
「始まってもいないのに、テンション高いわね、五行君……」
 桔梗が描かれた浴衣に身を包んだ園崎が呆れた声を出した。
「何言ってんだ。テンション高くしないでどうする。何のために毎日毎日遅くまで残って準備していたと思ってんだ。文化祭のためじゃんか」
「いや、それはわかるんだけどね……」
「じゃあ、なんだよ?」
「その無駄なほどの元気さ、お願いだから変な方向へ使わないでよ?」
「何を言うんだ! 変なほうに使わない俺なんて俺じゃねえ!」
 俺の俺たる所以を奪うんじゃない! 俺は俺を中心に回っているんだ!
「威張るな!! つか、やっぱ自覚してるんだ!? ああ、もう! あんたは明日香じゃないと無理だわ! あっちに任す!」
 目を剥いた園崎は、頭をガリガリと掻き毟ると疲れたように離れていった。
「何だ何だ、園崎。元気のない奴だな」
 祭りは始まってもいないんだぞ?

 文化祭開催の時間も迫ってきたところで、茶屋の最終チェック。
 椅子やテーブルのセッティング、内装や飾りつけ、メニューの準備にお品書き。
 そして大事な和服の着付け。
 着付けができるのが俺を含めて三人だけだったけど、女子は興味があったのか、一、二度教えたら殆んどできるようになってくれた。
 ま、意外と浴衣って簡単だしな、着付け。
 問題は――男連中。
 いくら教えても覚えようとしやしねえ。甚平なんて簡単すぎて笑っちゃくらいなのに、何でできないかな?
 できないことにイライラし始めた頃、冗談半分で「夏さあ、女のこと浴衣同士で歩けたら楽しいだろうねえ。しかも、『自分で着付けできるから』とか言ったら、結構尊敬されっかもなー」と呟いたら。
 ……皆、俄然やる気出しやがった。
 最初っから、出せや!
 でも、気持ちは心の底からわかるけどな!

 チェックも終わりかけたとき、声が掛けられた。
「ああ、五行。悪い、帯が……」
「あいよー」
 クラスメイトに助けを求められたので、すぐに直してやる。
「ほい、終わり。ホラ、腹で締めるんじゃなくて腰で締めるんだよ。タオルか日本手拭を入れとけ、そうすれば上がってこないから」
「へえ。詳しいなあ、五行。しかも、浴衣じゃなくて、ちゃんとした着物……」
「うん? まあな。それなりに着付けとかできるから」
 ちなみに、俺が着ているのは紬の和装だ。園崎曰く『どこぞの若旦那』らしいが。
「お前ってホントわからん奴だな」
「褒め言葉として受け取」
「褒めてねえよ」
 サクッと突っ込まれた。ちぇ。
 クラスメイトと別れると、更に声が。
「匠さん」
「明日香」
 今度は明日香だった。
 明日香も浴衣ではなく、ちゃんとした着物。
 黒の基調とした色に、ベージュやサーモンピンク、モスグリーンで描かれたバラの花柄の着物。それが漆黒の黒髪によく似合っている。
 その髪も軽く結い上げて、より綺麗さが際立っていた。
「……よく似合ってる。見惚れたよ」
「ふふ、ありがとう。匠さんもよく似合っていますよ。ちゃんと着こなせてますね」
 明日香は俺の言葉に優しく微笑んだ。
「サンキュ。お前ほどじゃないけど、それなりには、な」
 正月とか着るからな、これでも。
 着付けは爺ちゃんと婆ちゃんに教わった。
「でも、意外でした」
「俺が着付けできることがか?」
「はい。そういうことは全然ダメだって思ってましたから。今まででも口にしたことすらないでしょう?」
「そりゃそうだけど。でも、それを言ったらお前もそうだろ。『私、着付けとかできるんですよ』なんて、一言も言ってなかったんだし」
「言う機会がなかっただけです。匠さんもそうでしょう?」
 小首を傾げる明日香。
 まあ、明日香の仰る通りなんですが。普段、「俺、着付けできるんだぜ?」なんて言うことないからな。
「でも、まだ知らない一面を知ることができたのは嬉しいです。ふふ、まだまだありそうですけどね、私の知らない匠さん」
「そんなにないと思うけどなあ……」
「中学の時のお付き合いしていたという女性の話は? まだ聞いてませんよ?」
「ぐほぉ!?」
 そこ来る!? こんなときに!?
 がっくり膝を着いた俺を見て、明日香はフフフと上品に笑っている――が、その眼は悪戯っぽい輝きを放っていた。
「冗談です。それはまた今度お聞きしますから」
「『今度』って。絶対に白状させる気じゃねーか」
「当然です。包み隠さず話してもらいます。覚悟しておいてくださいね?」
「大層な話はねーよ、あいつとのことは……」
 嘆息しつつ、俺は立ち上がった。
「彼女ですから。気になるものは気になるんですよ」
 再度明日香は上品に笑い、ウィンクすると切り替えるようにポンと柏手を打った。
「さ。そろそろ始まりますよ、文化祭。楽しみましょう」
「……ああ」
 仕方ない、この件については覚悟しておこう。
 ま、今は最後の文化祭、楽しむとしますか!
 その時、文化祭の始まりを告げるアナウンスが聞こえてきたのだった。


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