Simple Life
文化祭は大騒ぎ
4話

〜飛鳥井明日香〜

 最初はさすがにゆったりとしたスタート――だった、確かに。
 それが、10時を回る頃にはお客さんが次々と来始め、全員がフル稼動だった。
『すみません、抹茶と栗羊羹のセットを』
『お茶のお代わり貰えますかー?』
『ほうじ茶と白玉善哉のセット』
『君可愛いなあ。時間空いてるのっていつ?』
 こんな感じで忙しいことこの上ない。
 ……最後のはだいぶ毛色が違うけど。
 とにかく、『茶屋』というコンセプトが当たって、我が3年特進クラスは大忙しだった。
「ああ、忙しい! 何でこんなにお客が来るのー!?」
 シフトが一緒の絵梨菜が、空になった茶器と皿を載せた盆を手に戻って呻いた。
「茶屋がこんなに当たるとは思ってもなかったわ」
 私も、思わずぼやいた。
「全くよね。しかも、中にはくだらないナンパ野郎もいるし! 猫の手も借りたいって時に、鬱陶しい!」
「ええ、本当に」
 そういう人に限って、しつこいんだから。
 ――と。
 なぜか裏方であるはずの匠さんが教室の外へ行こうとしていた。
「ちょっと、匠さん!? どこへ行くんですか?」
 この忙しい時に。
「え? ちょっと待ってろって。学校の周りには野良猫が多いんだ。今、集めてくるからさ」
「――は?」
「猫の手も借りたいんだろ? 任せておけ、すぐにでも五、六匹は――ぐほぉっ!?」
 刹那――絵梨菜の持っていた盆が、縦に匠さんの頭に勢いよく振り下ろされていた。
 ゴン! といい音を立て、匠さんが沈む。
「ふざけてんじゃないわよ、こんな時に!」
「もう、あなたって人は……」
 同情はしませんよ、匠さん。

 かなりの強さで叩かれたにも関わらず、すぐに復活した匠さんは絵梨菜に「どうでもいいから働け!」と半ば脅されて、「鬼ー!」と泣きながら洗い物などをこなしていた。
 あなたの自業自得でしょうに。それに、嘘泣きしてるくせに。
 呆れのため息を吐きつつ、注文の抹茶セットをお客さんに運ぶ。
「お待たせしました。抹茶と栗羊羹のセットです。ごゆっくりどうぞ」
「ありがとう。……しかし店員さん。着物がよく似合うね。惚れそうだよ」
 大学生くらいだろうか、男性が笑いながらそんなことを言ってきた。
「ありがとうございます。ですがすみません、私はもう売約済みですので」
「そりゃ残念だ。あはは」
 冗談気味に言われたので、私も微笑みながら返す。
 こんな感じで言われるくらいなら、気分を害すことなく返せるのだけれど。不快な気分にさせる人ほど、しつこいのは何故だろう。
 
「でもさー。何でこんなに当たったんだろう。喫茶店なら他のクラスもやってるのに」
 僅かに貰えた休憩時間。
 絵梨菜と一緒に一息ついていた。
 ちなみに匠さんは未だ奮闘中。
 頑張ってくださいね、明日はゆっくり回れますから。
「そうね。……お茶とかが美味しいから、かしら?」
 お茶もいいものを使っているし、和菓子も名店と言われているお店の物ばかり。出費はかさんだけど、最後ということで拘ったのだ。
「それだけじゃないと思うなあ。文化祭で、そこまで味に拘る人いる?」
「そう言われると……」
 だとしたら、大繁盛の秘密は何だろう?
「そんなん、和服に決まってんだろ」
「え?」
「あ、匠さん?」
 振り返ると、タオルで手を拭いている匠さんがいた。
「五行君、どういう意味よ。『和服』に決まってるって。繁盛の理由が着物だっての?」
「ああ。つか、お前らわかってねえなあ。いつもと雰囲気違くなるだろ、和服ってさ。今人気のメイドカフェだって、そうだ。女の子が凄く可愛く見えたりするしな」
「……なるほど、なんとなくわかったわ。制服とは違う新鮮味が、より魅力的って訳ね。和服は攻撃力三割増ってことか」
「理解頂けたようで、何より」
 うんうんと頷く絵梨菜と、ニヤッと笑う匠さん。
 ……む。何かモヤモヤする。
 私は無言で立ち上がると、ちょうど戻ってきた空の茶器とお皿を匠さんに強引に押し付けた。
「え、おい、明日香? 俺、今から休憩……」
「これ洗ってください。休憩はそれからです」
「え、ちょ」
「洗ってください」
 有無を言わせずに洗い場へと追いやる。
 と、ニヤニヤ笑う絵梨菜が抱きついてきた。
「可愛いわねー、私にまで嫉妬しちゃってさ。安心しなさい、取ったりしないから」
「当然でしょ。匠さんは私のです」
「はいはい、ご馳走様。んじゃ、戦場へ行きますか」
「ええ」
 休憩時間ももう終わり。また仕事だ。
 私と絵梨菜は再び接客へと向かった。
 その後ろで。
「うおおおおお! 洗い物の流れが止まらんー! 助けてー!!」
 匠さんの悲鳴が聞こえた。
 ……ちょっとだけ、可哀想だったかも、しれない。


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