4話 断固拒否!

「……え?」
 何を言われたのかわからず、瑛は目を瞬かせた。
「嫌われてたの。一年で生徒会副会長になった紅葉、書記の僕と志保ちゃん。まあ志保ちゃんは僕らが人手不足を理由に強引に捻じ込んだんだけども。本来なら三年生と二年生で構成されているはずの生徒会が、一年生で過半数を占められちゃったんだから、面白くないのもわかるけれどね」
 でも、それと生徒会の活動とは話が別だ、と孝之助は言い切った。
 それはその通りだろう。いくら一年生たちを嫌っていたとしても、それを生徒会活動に持ち込むのは公私混同とも言うべきものだ。
「何でそんなことになったんですか? そもそも、一年で副会長って変ですよね?」
 それが最初の疑問だった。一年で副会長……普通であれば、なれるわけがないのだから。
「ん? ああ、紅葉は入学時から注目されてたし。ほら、三村グループの社長の娘だし、目立つ容姿だし。それに、前から生徒会で働きたいって言ってたんだよ。それを聞きつけた当時の生徒会が紅葉を引っ張り込んだのさ。面白そうだったし、役立てるかもと思って、僕も参加させてもらったんだ」
 書記って二、三人必要だから、すんなり入れた、と孝之助は笑った。
「それなのに嫌われたんですか?」
 引っ張りこんでおいて、嫌うというのはあんまりじゃなかろうか。
 尋ねると、孝之助は困ったように口の端を上げた。
「当時は嫌われてなんかいなかったんだよ。人手不足もあって、紅葉は入って早々副会長に就任した。それからしばらくは問題なかった。途中で志保ちゃんにも入ってもらったし。それなりに上手くやってたんだけどねぇ……」
「何かあったんですか?」
「あったんだよ。当時の会計がさ、予算の流用をしてたんだ」
「流用?」
 首をかしげると、「ああ」と孝之助はため息をついてから頬杖を付いた。
「この学校てさ、生徒会とか委員会の活動が盛んで権限もあるし、その分責任も付いて回るけど、予算も潤沢なんだよ。半分くらいは寄付だけど、結構な額さ。ああ、それは置いといて。それを会計が私的流用してたの。自分の懐に入れるのは勿論、親しい友人の所属しているクラブに多めに予算を配分したりね」
「よく問題になりませんでしたね」
「なったさ。紅葉が発見してね、会計を糾弾したんだ。勿論、会計にしてみれば反論の仕様がないから、責任を取って退任。損害額は現存分だけは返還、今後一切生徒会には関わらないという誓約書を取って、それでこの件は終わりになる――はずだったんだ」
「はずだった?」
「そ。僕らが生徒会長に嫌われていたのもこの件が原因でね。実は、会計と生徒会長は仲がよくて。最後まで生徒会追放に反対していたんだけど、多数決で追放が決定してさ、『せめて雑用――庶務だね――とかで使ってほしい』という懇願もあったんだけど、紅葉が突っぱねてね。まあ当然だよね。反対虚しく会計は生徒会から消えた。あ、退学とかにはなってない。謝罪もあったし、そこまではいいだろうという判断。でも、生徒会長にしてみれば」
「友人を非常にも追放した冷血軍団とでも思ったんですか」
「そんなところじゃないかな」
「それって、完全な逆恨みじゃないですか!?」
 瑛は呆れて両手を広げた。
 そもそも、生徒会の予算を私的に流用って、大問題だろう。退学になって当然のところ。それを謝罪と生徒会からの追放、残金の返還ですんだのだ。逆に感謝するべきなのに、嫌うなんて、逆恨みも甚だしい。
 むしろ、友人がそんなことをやっていたのなら、自ら率先して友の罪を叱責しなければならないのではないのか。
「そうなんだけどね。彼が退学にならなかったのは紅葉が学校側と交渉して、三村のほうで補填するからと言ったのもあるし、退学だけは許してほしいと頭を下げたからでもある。本人はそんなこと知りませんという顔をしてるけど、実際は仲間想いの奴なんだ。でもそれが」
「生徒会長には伝わらなかった、と」
 仲間をあっさりと切り捨てた事実が、目と心に曇りガラスを嵌めてしまったのかも知れない。そうでなければ、仮にも白凛館で生徒会長になった人だ。人を見る目は持っているはずだから。
「ああ。それから僕らと生徒会長は冷戦状態。無理言って新しく会計には入ってもらったんだけど、やりづらかったろうね。幹部が喧嘩してるんだから」
 苦笑して、孝之助はお茶を一口飲んで。
「そういうことありつつ、何とか一学期を終えることが出来た。でも、やっぱり会長は僕らを恨んでたからね、指名せずに「後はお前たちでやれ」と捨て台詞残してさっさと辞めちゃったよ。会計さんも逃げるように――これは仕方ないけど。で、そんな事件のことは知られていたから、新たに生徒会役員を募集しても誰も立候補しない。これじゃまずいって言うので、僕らはいい人材を探してたんだ。そこに現れたのが」
「……俺ってわけですか?」
「そうなるね。もっとも、『生徒会長に相応しい人材を見つけたぞ』と言ってきたのは紅葉だけれど。で、僕らも早速会ってみようということになったんだ」
「はあ。あの、ちょっといいですか」
「ん? なんだい?」
 瑛は首を傾げる孝之助に、話を聞き始めてから思っていた疑問をぶつけることにした。
「先輩たちはどう思ってるんですか? いきなり見も知らない一年に生徒会長を任せようなんて、賛成できるんですか?」
 普通なら賛成しない。仮に生徒会に入れることにあなったとしても、雑用から始めるのが妥当だろう。
 それなのに、孝之助にしろ志保子にしろ、反対する気配がない。それが不思議だった。
 すると、孝之助はにこやかに笑い、あっさりと頷いた。
「いいんじゃないかな。そもそも僕らがいくら捜しても見つからなかったんだから、こういったこともありかなと」
「いや、あの俺一年」
「うん。それが盲点だったよ。僕らは二年生から捜してたから。別に一年でも構わないんだよねー。イヤイヤ、紅葉はいいところに目をつけた」
「だ・か・ら! それで納得するんですか!」
 思わずバン! と手を机にたたきつけてしまう。別に痛くはなかったが、存外に大きく響いて、紅葉に志保子も何事かと振り返ってきた。
「何事だ、一体。孝之助、どうした?」
「何でもないよ。彼のことを説得しているだけさ」
 動揺した素振りの見せず、紅葉ににこやかに言い、孝之助は瑛に対してもニッコリと微笑みかけてきた。
「言っておきますが、俺はやりませんからね」
 生徒会長なんてとんでもない。しかもいきなりなんてやってたまるか、といったところなのだから。
「ええ〜」
 いかにも残念そうにがっくりと肩を落とす孝之助。しかしすぐに顔を上げると、紅葉に声をかけた。
「だってさ、紅葉。彼は説得には応じてくれないようだ」
「なんだとー!? おい、東山瑛! なぜ、こちらの頼みをあっさりと無下にする!?」
 サッと表情を不機嫌なものにして、紅葉がガタン! と椅子を蹴倒しながら立ち上がる。そのまま瑛の下まで歩いてくると、ビシッと指を突きつけた。
「無下も何も。いきなり生徒会長になれだなんて、了承できるはずもないでしょー!」
「別に不都合なないだろう!? 一年にして全校生徒の頂点に立てるのだぞ!? むしろ喜ぶべきことだろう、これは?」
「それはそちらの都合です。頂点に立ったところで、嬉しくも何ともありません」
 紅葉に強く言われるが、瑛だって負けてはいられない。言いなりになってたまるか、である。
「ぬう……。ああ言えばこう言う……。ええい、いい加減に『うん』と言え!」
 凛々しく整った紅葉のこめかみに、ピキ、と怒りマークが浮かぶ。
「嫌です! そんなに生徒会長が必要なら、三村先輩がやればいいでしょ! 副会長なんだから、誰も文句言いませんよ!」
 そうだ、生徒会長が欲しいのなら、副会長である紅葉が就任すればいい。一番の有名人である紅葉なら、瑛の言う通り、誰からも文句は出ないだろう。
 就任した後に改めて人事を考えればいいのだから、わざわざ一介の一年を生徒会長に推す必要などどこにもない。
 そう思い、提案してみたのだが、しかし――。
「それはできない」
 はっきりと紅葉から否定の言葉が出た。
「何でっ!?」
 瑛は目を剥いた。何でできないなんて否定するのか。
「女は地位を昇っても『2』までと決めている。だから私は生徒会長にはならない」
「は? 何ですか、それ?」
 思いもよらなかった紅葉の就任拒否の理由に、瑛はポカンと口を空けた。
「言った通りだ。女はどんな組織にあってもトップになってはならない。どんな小規模な組織であっても。それが私の持論だ」
「……意味わかりませんが」
「あ〜つまりね。紅葉は組織のトップは男がなるべきだと考えてるんだよ。女はあくまでもその補佐。だから、2まで。それは、紅葉の覆らない価値観だから。小さいときからそうだったよ」
 孝之助が瑛の疑問に答える形で口を挟んできた。
「つまり、女性は男の後ろにいるべきだと?」
 そういうことなのではないだろうか。
「そうだな、そんなところだ」
「結構古い考えを持っていますね」
「古かろうと新しかろうと、どっちでもいい。とにかく、私は生徒会長にはならない。だから、お前が」
「嫌です」
 瑛は即答し、孝之助を見た。
「富浦先輩はどうなんです。先輩がなればいいのでは?」
 書記ではあるが、孝之助でも文句は出まい。紅葉の「トップは男がなるべき」の考えにも対立しない。
 しかし、孝之助は小さく肩をすくめて首を振った。
「僕は苦手なんだよ。人の上に立ってあれやこれと指図するのがさ。下で誰かのフォローに回ってるほうが僕には合ってる」
「それじゃ――」
 最後の一人に顔を向けるよりも早く。
「あたしもパス。生徒会長だなんてメンドイ」
 志保子があっさりと拒否を表明した。
「……あー、そうですかそうですか」
 もうどうでもよくなってきた瑛はお茶を飲み干すと、立ち上がってドアへと足を向けた。
「あ! どこへ行く、東山瑛?」
「帰るんですよ」
 紅葉の問いに振り向きもせず答え、瑛はドアを開けた。
「ちょっと待て! 話はまだ……!」
「終わってます。俺は生徒会長になる気はありません。それ以上何を話すと言うんですか」
 どうしたところで頷くつもりはないのだから、不毛な会話はいらない。
 瑛はそれ以上は何も言わず、何も言わせず、会釈して外に出た。
「それでは失礼します。会長捜し、頑張ってください」
「あ、おい、待て――」
 紅葉の制止する声が聞こえたが右から左へと聞き流し、拒絶の意思表示のつもりで、バタン、と強くドアを閉めた。

 閉じられたドアを睨むよう見ていた紅葉は、はあ、と脱力したように肩を落とした。
「何で嫌がるんだ。生徒のためになる、素晴らしい仕事だというのに……」
「ははは。仕方ないだろ。全ての生徒が紅葉のように考えているわけなじゃない。東山君の考えはむしろ普通だ」
 孝之助の意見に、志保子もうんと頷く。
「そうだよねえ。いきなり『生徒会長になれ』と言われた東山君の態度は当然だったと思うよ。だから落ち込む必要はないよ、紅葉」
「しかし……。生徒会長見合う生徒は東山意外に考えられん。どうすればいいのか――」
 眉根を寄せ、難しい表情の紅葉に大使、逆に孝之助はニヤリと笑った。
「大丈夫さ。僕に一つ策がある。これを使って、彼を無理矢理にでも生徒会に引っ張りこもう」」
「……? 何か考えがあるのか、孝之助?」
「え? 何々?」
「僕も彼は生徒会に欲しいなと思っているからね。東山君には悪いけど、ちょっと罠を仕掛けさせてもらおうか」
 チョイチョイと指を曲げて二人を呼び寄せる。
「何だ? 何をする気だ?」
「ふふ。面白くなってきたなあ」
「僕らがやるのはね……」
 三人の密談――もとい、悪巧みはしばらく続いた。


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