5話 打つ手なし!?

 翌日、いつもどおりに登校した途端、瑛に視線が集中した。
「――――?」
 自分に向けられる無数の視線に、さすがに戸惑った。
 一種の異様な雰囲気の中、教室に入ると、ここでも教室中から視線が突き刺さる。
「何だ? 一体何だ?」
 別に皆の注目を集める行動をした覚えはない。昨日の生徒会からの呼び出しは確かに注目を集めるかもしれないが、それにしたっておかしい。
 呼び出されたのは下校時刻になってからだったのだから、知っている生徒はそう多くはないはずなのだから。
 だとしたら――なぜ?
 これはすぐに現状を把握したほうがよかろうと、近くにいたクラス委員を捕まえて訊いてみた。
「ねえ、小枝ちゃん。何で俺、こんなに注目集めてるの? 何かやらかしたっけ?」
「ああ、それ? これよ」
 差し出されたのは一枚のビラ。
「何これ?」
「何って。宣伝のビラでしょ。東山君のための」
「はあっ!?」
 思いっ切り怪訝な声を上げると、生真面目なクラス委員――大崎小枝(おおさき・さえ)は顔を顰めた。
「ちょっと、声が大きい。――とにかく、私だってよく知らないわ。登校してきたら、生徒会役員が配り回ってたんだもの。私はもらってきただけ」
「…………」
「あげるから読んでみるといいわ。これからのことを考えればね」
 小枝は瑛にビラを渡すと、手洗いにでも行くのか教室を出ていった。
「これからのことってなにさ、小枝ちゃーん?」
 不安になる一言を残して去らないでほしい。もう一度視線を教室の出入り口に向けてみたが、『名は体を現す』を体現したような小枝のように小っちゃいクラス委員の姿はもうなかった。
「……はあ」
 瑛はため息を吐き、ビラに目を落とした。
『生徒会長最有力候補現る!』という大きな字がトップにデン、と書かれ、その下に瑛の名前と学年、クラスなどが記されていた。
「…………」
 読み進めていくと、今度は『現生徒会役員の推薦』という欄があり、そこに紅葉、孝之助、志保子の談話がそれぞれ載せられていた。
『いや、彼は真面目だし、それだけじゃなくてユーモアもあるし、面接代わりに話したときもしっかりとした自分の考えを持っていたよ。現時点では彼以外に考えられないね』
 生徒会書記――富浦孝之助君・談。
 他の二人の話も読んでみたが言葉が違うだけで、言っていることは同じ。結局は瑛以外に生徒会長に相応しい人物はいない、ということで一致していた。
「ふ、ふふふふ……」
 ぶるぶると体が震え――グシャリ、とチラシを握り潰しゴミ箱に叩き付けた。
 しかし、こういう形で先手を打ってくるとは。
 彼らを少々甘く見ていたかもしれない。これからのことを考えると憂鬱な気持ちになりかける。
 そしてその予想は――嫌と言うほど、当たることになる。

 いやもう、それは凄かった。
 朝からのチラシ攻撃に始まって。
 掲示板にポスターは貼る。授業の合間の休み時間にわざわざ各教室を巡っては演説をして周り。
 職員室にも手を打って、お咎めなしにする用意周到さ。
 そして極めつけは――。
『えー、テステス。お食事中のところ申し訳ありません。こちらは生徒会です。この時間を借りて、皆さんに是非聞いてもらいたいことが――』
 この、校内放送だ。
『皆さんはご存知かと思いますが、現在生徒会には中心となる生徒会長がおりません。長らく相応しい人物も終わらず、また立候補してくれる気骨溢れる生徒もいませんでした。そのため、少ない言メンバーで何とか運営してまいりましたが、ようやく生徒会長に相応しい生徒が現れてくれました。その生徒とは――』
 声の主は書記の孝之助――が一呼吸置き、
『1年A組の東山瑛君、その人です!』
 力強く言い切った。しかも、「パンパカパーン、パンパンパンパンパンパカパーン!」という、効果音付きで。
『どうか皆さん、彼の生徒会長就任を強く要望してください。残念ながら、彼はまだ迷っている段階なのです。しかし――我々の要望があれば、誠実である東山君のことです、必ずや我らの希望に応えてくれることでしょう!』
 そうして、放送は締めくくられた。
 ピンポンパンポン――間の抜けた音を右から左へと聞き流しつつ、瑛は机に突っ伏した。
(冗談じゃない……)
 心の中で呻く。
 どんどん外堀が埋められてきている。
 直接的に説得しに来るのではなく、周囲に『東山瑛が生徒会長ですよ』と布教し、最終的に逃げられなくする気なのだろう。
 しかも、初日からこれでは――。
(ヤバいかもしれない……)
 だが、有効そうな対抗手段を思いつかないのも事実だった。


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