3話 不協和音
「はあっ!?」
思いっきり、素っ頓狂な声を上げていた。
だが、それも仕方ない。
何せ、いきなり「生徒会長になってくれ」と言われたのだから。ここで「はい、わかりました、なりませう」と言えたなら、かなりの大物であろう。
「……何でそんな声を出すんだ」
瑛の返答がかなり予想外だったらしく、紅葉は渋い顔をしてお茶を一口飲んだ。
「でもまあ、それが普通の反応だよねえ」
志保子が笑いながら紅葉と瑛、交互に視線を向けた。
「いきなり会長になれ、というのは少し乱暴だろう、紅葉。説明もしていないんだ、東山君が驚くのは当然だぞ」
「む……」
志保子のみならず、孝之助にも言われたからか、紅葉は少々戸惑ったように口を噤んだ。
「まずは説明だ。彼が納得できる説明をしない限り、僕たちの要望を受け入れてはくれないだろうからね」
「そうよね。東山君、キョトンとしてるもん」
「……説明も何も。今言った通りじゃないか。生徒会長になってくれ、と。それ以外にどう言えというんだ?」
「いやだから。それが乱暴だと言ってるんだけど」
孝之助がやれやれと苦笑いを浮かべる。それが面白くないらしく、紅葉はむぅと頬を膨らませてまたお茶を飲んだ。
(へえ。三村先輩、こんな顔もするんだ)
ちょっと意外だった。
冷静沈着、武術を嗜み品行方正、成績優秀、容姿端麗な玲瓏な美人。
それが瑛も含め、この学校に在籍する生徒たちが抱く三村紅葉のイメージだろう。なのに、頬を膨らませて拗ねている(ように見える)姿など、誰が想像するだろうか。
「……笑うな」
「え? あ、すみませんっ」
紅葉に睨まれ、慌てて謝る。どうやら知らず知らずのうちに、笑っていたらしい。
「あはは。いつもの紅葉とのイメージのギャップがあるからだろう。驚くかもしれないが、紅葉は意外なほど表情が豊かだよ」
「好きな食べ物はイチゴのショートケーキ。好きな飲み物は甘い紅茶。好きな音楽はJ‐POP。今まで付き合った経験はゼロ。女性としては高い身長がコンプレックス。取り敢えずはそんなところ?」
孝之助が微笑みながら、志保子が悪戯っぽく笑いながら紅葉のプロフィールを紹介しだした。
「なっ……! こ、こら孝之助! 志保子! 何を勝手なことを!?」
当たっているのか、真っ赤な顔で二人に食ってかかる紅葉。だが、当の二人はニヤニヤ笑っているだけで、何の痛痒も感じていないらしい。
「事実でしょ。前だって『背が高くても構わないという人がいい』って言ってたじゃない。この前、イチゴのショートケーキ三つも食べて、『太ったー!』って騒いでたのはどこの誰よ?」
「う」
「手を繋いで歩きたいって言ってたこともあったね」
「――――!!」
志保子、孝之助がさらに追い討ちをかけている。
(てか、弄って楽しんでないか?)
やはり同じ生徒会、同学年ということで気の置けない関係なのだろうか。
「い、いい加減にしろ、二人とも! 私をからかって、そんなに楽しいか!?」
バンバン机を叩きながら、紅葉が目を吊り上げる。
それに対する二人の返答はといえば。
『うん』
至極あっさりとした肯定だった。
「も、ヤダ……」
そんな孝之助、志保子両人の様子に、紅葉は呻くように呟くと、ヘナヘナと脱力して机に突っ伏した。
「……いいんですか? 三村先輩、魂抜けかけてますが」
さすがに心配になって孝之助に尋ねたが、笑って手を振るだけだった。
「ヘーキヘーキ。ま、これ以上やると収集が付かなくなるから、やめておこう。――さ、ちゃんと説明するよ。どうして僕らが君に生徒会長になってほしいかをね」
孝之助は一転真面目な顔になると、いまだ突っ伏したままの紅葉に声をかけた。
「ほら、紅葉。いつまでも府向けてないで起きろ。これから彼に説明するんだから」
「誰のせいだと思ってるんだ……」
文句を言いながら紅葉は身体を起こし、すっと背筋を伸ばすと強い光を宿した瞳で瑛を見た。
「紆余曲折してしまったが、説明する。東山瑛、君に生徒会長になってくれといったのは、当然のことながら現在生徒会長がいないからだ」
「そりゃそうでしょう」
今いるのなら、そんなことを瑛に言う必要などあるはずもない。
「うむ。まあ、そもそも任期は一学期終了時までとなっているから、そういう意味では問題なく前生徒会長は勇退されたわけだが」
「問題は、その後の生徒会長のなり手がいない、ということなんだよ、東山君」
「考えてみれば、今いませんよね。何でいないんですか?」
「立候補者がいなかった。東山君も、選挙とか聞いてないだろう?」
「そういえば……」
瑛は孝之助の言葉に、記憶の抽斗を開けてみた。
生徒会役員の任期は基本的に一学期まで。二学期早々に新役員の募集をかけ、立候補者が多ければ選挙になり、少ない――というか、定員しかいなければ、そのまま立候補者が役員に収まる。信任投票という形で。
(そういや、信任するかどうかの投票したような)
ただ殆ど興味がなかったので、投票用紙の「信任」に丸をつけて投票箱に入れた気がする。
「本来ならば引退する生徒会長が次の生徒会長の推薦をしたりするのだが、今回はそれがなかった」
推薦されれば、された本人は自動的に立候補者の一人になる上、結構な確率で当選するという。それは当然のことながら、生徒会長の推薦ということで周囲から信頼されるかららしい。
「それに、立候補者もいなかったからねー」
「他の役員すらいなかったし」
志保子も話しに加わり、はぁと嘆息した。
「でも、先輩たちは? 役員ですよね?」
彼らも瑛が入学したときから生徒会役員だったはずだ。
「ああ、僕たちは一年のときから生徒会にいるからね。副会長である紅葉、書記の僕と志保ちゃんはそのまま信任されたのさ」
「あの、会計は?」
「会計は三年だから。引退だよ。そんなわけで、今生徒会はこの三人しかいないんだ」
孝之助は紅葉に言うことは? と話を振った。
「ああ。で、生徒会長になってくれるか?」
「……またいきなりですか!?」
「おい、紅葉。もういい、少し黙っててくれ。僕が話す」
「何だ、変なこと言ったか?」
まだ理解できていないことが沢山あるというのに、また一足飛びに話す紅葉に瑛は目を剥き、孝之助は疲れたように首を振った。
しかも、紅葉はわかっていなかったりする。
「いいから。志保ちゃん、悪いけれど紅葉をあやしてて」
「ほーい」
「私は赤子か!?」
「はいはい。紅葉はあたしと遊びましょうねー」
「志保ー!?」
叫ぶ紅葉などなんのその。孝之助は志保子が紅葉の隣に移動したのを確認してから、瑛に向き直った。
「アレは放っておくから気にしないで。で、推薦の話になるんだけど。さっき言ったように、普通は次代の生徒会長を前の生徒会長が推すものなんだけどね、今回はしなかった。なぜだと思う?」
「生徒会長に推せる人材がいなかった……とか」
「それもあるだろうね。でも、本当のところ、あの人が推さなかったのには訳がある。それは」
「それは?」
思わず身を乗り出すと、孝之助は小さく笑ってから肩をすくめた。
「僕たちを嫌っていたからさ」
と言った。
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