2話 就任要請!?

 放課後。
 HRも終え、瑛は鞄を肩に引っ掛け、立ち上がったところだった。
「おい、えい。一緒に帰らないか」
『あきら』が本来の呼び方だが、難しいので親しい友人からは『えい』と呼ばれることが多い。
「ああ、いいよ。帰りにゲーセンに寄りたいけど、いいか?」
 声をかけてきた友人に返事して、連れ立って教室を出ようとしたときだった。
 ピンポンパンポーン……。
『生徒の呼び出しをいたします。一年A組の東山瑛君。生徒会からの呼び出しです。至急、生徒会室へおいでください。繰り返します……』
 突如呼ばれた自身の名に、瑛は「は?」と間抜けな声を上げていた。
 呼ばれたのは自分の名前。それは間違いない。
 しかし、なぜ?
「…………」
「何かやったのか?」
「やってねえわい!」
 揶揄するように問うてくる友人に威嚇気味に言い返し、瑛はため息をついた。
「無視するわけにもいかないよなぁ……」
「そりゃそうだな。ここでシカトしたら後が怖い」
 白凛館では生徒会の権限がかなり強く、教師陣からも頼りにされているので、ここと揉めたらかなりヤバいことになる。
「仕方ね。行ってくるわ」
「おう、行ってこい。先帰ってるから」
「ああ、そうして」
 そう告げ、瑛は階段へ向かった。
 生徒会室は三年教室棟の四階にある。
 白凛館では、教室棟は学年ごとに三つに分かれており、瑛たち一年の教室棟には職員室、生徒指導室、応接室などがあり、校長室もこの棟にある。
 二年教室棟には化学室、社会準備室、視聴覚室などがあり、三年教室棟には件の生徒会室、各委員会室、そして、それらが合同会議を行うための会議室が存在していた。
 それらは一階と三階にある渡り廊下で繋がっている。
「しかし……何で呼び出しを受けるんだろう?」
 生徒会室へと向かいながら、瑛は首を捻った。
 特別悪さをした覚えはない。
 したとすれば――下校途中の買い食いや、ゲームセンターの寄り道くらいだが、それで呼び出されるとは到底思えない。
 買い食いなんてどの生徒だってやってるし、寄り道だってそうだ。そもそも、副会長である紅葉からがネコカフェに寄ったではないか。ならば、それでとやかく言われる筋合いはない。
 しかし、そうなると――。
「あのことだけど……」
 ほんの数日前に迷っていた生徒会副会長、三村紅葉を案内したこと。
 しかし――。
「お礼はもう言われてるしなあ」
 案内し終えた際に礼は言われているし、それ以前に大したことをしたわけでもない。仮に改めて礼を言うつもりであったとしても、わざわざ生徒会室の呼び出す理由にはならない。名前も学年も教えてあるのだから、教室まで来るなり、校内ですれ違ったときにでも――実際に一、二度あった――『この前はありがとう』『どういたしまして』で済む話なのだ。
「わからん……」
 結局わからない。なので、直接聞くしかないだろう。
 四階の一番奥、突き当たりに生徒会室はある。
「さ〜てと。なんかノックするの怖いなあ……」
 生徒会室の扉の前で、しばし躊躇ったのち――思い切ってドアを叩いた。
 コンコン。
「すみません、東山ですけど……」
『来たか。入りたまえ』
「失礼します……」
 返答があり、瑛はゆっくりとドアを開けて中に入った。
 生徒会室は、意外と広かった。
 正面一番奥にでん、と高そうな重厚な造りの机が鎮座し、それを囲むようにU字型に長机が並べられている。恐らく奥の机が生徒会長用で、それを取り囲んで役員が座るのだろう。
 長机には三人の生徒が腰掛けていた。そのうち、会長の机のすぐ近くに座っているのは三村紅葉、その人だった。
「よく来てくれた。歓迎するよ、東山君」
「はあ」
 中に入った瑛にまず歓迎の声をかけたのは、左手に座る男子生徒だった。
「立ち話もなんだ。その席に座って」
「……失礼します」
 正面の席に座ると、代わりに右斜め前に座っていた女生徒が立ち上がり、壁に接して置かれているカウンターらしき棚に歩いていった。
「東山君は何がいい? 日本茶、紅茶、コーヒーがあるけど」
「いいんですか?」
「いいのいいの。ま、生徒会役員のささやかな特権というところかな」
 女生徒――胸のリボンが緑からするに二年だ――は笑いながら棚に置かれていた茶筒を手に取る。
「それじゃ、日本茶で」
「わかったわ。富浦君と紅葉は何がいいの?」
「僕もお茶でいいよ」
「私もそれで構わん」
「はーい」
 男子生徒は富浦というらしい――と、紅葉が同じく日本茶を注文し、女生徒は手馴れた手つきで湯飲みにお茶を注いでいた。
 すぐに淹れ終えたらしく、「はい、どうぞ」と湯飲みを受け取る。
「ありがとうございます」
 全員に配り終えたのを見計らい、男子生徒が話し出した。
「いきなり呼び出してすまなかったね、東山君。さて、それじゃ本題に入る前に自己紹介と行こうか。僕は二年D組の富浦孝之助。生徒会では書記を務めている。よろしく」
 ニコッと人懐っこい笑みを浮かべる上級生に、瑛は「あ……」と声を漏らした。
 ――富浦孝之助。そうだ、彼も校内では有名人だ。柔らかな顔立ちと性格、180を超える長身で男子では一番の人気者で、学園のアイドル。今年のバレンタインも、段ボール箱が積み上がったというくらいだ。瑛のクラスにもチョコを贈った子が何人もいたはず。
「ん? 僕のこと知ってるのかい?」
「それはまあ。先輩も有名人ですから」
 不思議そうな顔をする孝之助に瑛は小さく笑い、お茶を淹れてくれた女生徒も噴き出した。
「何言ってんのかな、富浦君は。知らないはずはないでしょうよ。紅葉と並んでうちの二大有名人なのに」
 そう言って、「ねー♪」と笑いかけてくるのに頷き返す。
「ほら、東山君だってそう言ってるもん。富浦君はもっと自分の人気を自覚したほうがいいよ」
「そんなものかな」
「そうなの。じゃ、次は私ってことで。私は二年A組の池畑志保子。富浦君と同じく書記。よろしくねっ」
「よろしくお願いします」
 手を振る志保子に一礼する。志保子は「固いなあ……」と苦笑していた。
「最後は私か。とはいえ、先日会っているが、一応。二年A組の三村紅葉。生徒会の副会長を務めている。よろしく頼む」
 すらっと姿勢よく立ち上がり、わざわざ礼までしてくる紅葉に瑛も慌てて立ち上がり、「よろしくお願いします」と再び頭を下げた。
 なんだかさっきから頷いたり頭を下げてばかりいる気がするが、それも仕方がない。何せ、ここにいるのは全員が上級生。しかも生徒会役員なのだから、下手に出るのは当然だと思う。
「あの、それで……。俺を呼んだのはなぜでしょう……? もし、この前の礼とかでしたら、もう十分ですから――」
 必要ありませんと言おうとしたのだが、紅葉はいいや、と首を振った。
「そうじゃない。それとは別件で呼んだんだ。孝之助、志保子、構わないな?」
「ああ、もちろん」
「早いほうがいいでしょ」
「?」
 なんだかわからないが、三人の中では意見が一致したらしい。書記二人が頷くのを確認すると、紅葉は瑛を真っ直ぐに見て。
「一年A組、東山瑛。生徒会長になってくれないか」
 そう、言ったのだった。


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