〜合縁奇縁のミルフィーユ〜
   8話 告白と告解

 亮祐が連れてこられたのは駅からほど近い場所にある、オープンテラスのあるカフェだった。
 二人は適当に注文を済まし、空いている席に着く。
「それで? 話って、何?」
 席に着くなり、亮祐は切り出した。のんびりコーヒーブレイクを楽しむという気分には到底なれない。
 それは千尋も同感だったらしい。軽く頷くとコーヒーで軽く口を湿らせ、スッと姿勢を正した。
「あのね、長塚くん。まずはともかく」
「うん?」
「この前のことは、本当に、ごめんなさい!」
 そう言って、千尋はテーブルに頭をぶつけそうなほどに深く下げた。
「おお?」
 思わず仰け反る。いきなり頭を下げられるとは、想像だにしていなかった。
「謝ったところで、すぐに許してもらえるなんて思ってない。でも、とにかく謝らなくちゃと思って。すぐに謝罪に来なかったことも含めて、本当に、本当にごめんなさいっ」
「まさか謝罪されるとは思わなかったな……」
 その呟きに、千尋がゆっくり顔を上げる。
「やっぱり、そう思うよね?」
「そりゃあな。あんなことをしておいて、謝ってくるってのは驚く」
「意外?」
「かなり」
 亮祐は頷き、周囲を見回した。
 カップル、スーツ姿のサラリーマン。亮祐たちと同じ学生、OLらしき三人組の女性……。知っている顔は一つもない。
「さっき、『自分一人の問題』って言ってたけど、他の三人は来ないんだよな?」
「う、うん、私一人だよ。どうしても謝りたかったし――璃々ちゃん――えと、南雲璃々っていう子。茶髪のセミロングの。あの子たちは――悪いことをしたとか、長塚くんを傷つけたとか殆んど思っていないと思う。だから」
「謝りに来るわけもない、か」
 どうでもいい声音で亮祐は言い、カップに口を付けた。
 まあ、そんなところだろうとは思っていた。
 しかし、そうなると。
「じゃあ小笠原さん、一ついいか?」
「うん、何かな?」
 質問されることに何だか喜んでいるような様子に、内心首を傾げながら、亮祐は質問をしてみた。
「何で小笠原さんは俺に謝ろうと思ったんだ?」
 それが不思議だった。
 他の三人は謝るどころか、悪いことをしたとすら思っていないという。それなのに、どうして小笠原千尋だけがわざわざ謝りに来たのか。
 この子は平気で人の気持ちを踏み躙るような子ではないのか。
「それは……」
「どうしてだ?」
 言い淀む千尋に重ねて訊く。
「だって……これ以上長塚君に嫌われたくないもん……」
「は? 何だって?」
 最後の方は尻つぼみになってしまって、よく聞き取れなかった。
「嫌われたく……ないの……」
 ポツリと呟くように言う千尋の言葉はやはり小さくて、聞き取りづらかった。
「すまない。よく聞こえない」
 もう一度言ってくれるように促すと、痺れを切らしたのか、千尋はバン! と手をテーブルに叩きつけた。
「だから! 長塚君に嫌われたくないの! だからこうして謝りに来てるの!」
 その顔も激昂したのか、赤く染まっている。
 何で怒っているんだろう、と思いつつ首を傾げた。
「何でまた?」
「好きだからに決まっているでしょ!」
「……は?」
 何を言われたのか、理解できなかった。脳が拒否をしているかのように、その言葉を受け付けない。
「好きなの! 長塚君が!」
「……冗談だろ?」
 息巻く千尋に対し、亮祐は不思議なくらい冷静だった。千尋の口から飛び出た、ありえない言葉が逆に心を落ち着かせたらしい。
「こんなこと冗談で言えるわけないでしょー!!」
 せっかくの告白を冗談呼ばわりされて激昂したのか、ガタン! と椅子を蹴倒して立ち上がり、拳を振り上げて絶叫する。
「お、落ち着けって! 周りの目、目! つか、何いきなりぶっちゃけてんだ!」
 周囲の視線が一気に集中したのを悟り、亮祐は慌てて千尋を制した。
「へ? ……あー!」
 はっと我に帰った千尋がゆっくりと周りを見、次に亮祐を見、そしてさらに周りを見て――。
 ボンッ! と音が聞こえそうなくらい勢いよく真っ赤になった。
「あーうー……」
 千尋は急いで椅子を直し、ちょこんと座り直した。
「いきなり叫ぶからなあ」
「あーうー。何でこうなるの……」
 頭を抱え呻く千尋。半分涙目になってしまっている。
「うう。こんなはずじゃ、こんなはずじゃなかったのに……。きちんと謝って、できれば許してもらってそれで告白して。いきなり恋人とかは無理でも友達からお付き合いを始めようと思っていたのに……。それで、いずれは彼氏彼女の関係にって思ってたのにー!」
「思いっきり聞こえてるんだけど」
 何だか凄い野望を言っている。ただ、それが駄々漏れとなっているのだが、千尋は気づいているのかどうか。
「はあ〜……」
 千尋はついに、椅子の上だというのに膝を抱え、その上に顎を乗せてため息を吐き出した。
 その様子はどう見ても拗ねているよにしか見えなかった。
「まあ、そんなに落ち込むな、うん」
 何で俺が慰めなきゃならないんだと疑問を抱きつつ、亮祐は慰めの言葉をとりあえず掛けてみるが、千尋はちらりとこちらに目を向けただけで、すぐに俯いてしまった。
「無理に慰めてくれなくていい」
 やはり相当に落ち込んでいるらしい。
「あー、つまりなんだ。小笠原さんは俺のことが好きで、これ以上嫌われたくないから謝りに来た、と。それで、できれば俺と付き合いたい、と。こういうことでいいのか?」
 このままでは拉致があきそうもないので、自分なりに考えた結論を言ってみる。
「う、うん、そうだよ? 私、長塚くんのこと、好きだもん」
 さすがにこの話題を無視するわけには行かないようで、千尋は顔を上げてすぐに食いついてきた。
「もう一度訊くけど、本気?」
 どうしてもそれがわからなかった。謝罪されるのならともかく、告白となると、別次元の問題だ。
「嘘だって言うの? さっきも言ったけど、こんなこと嘘や冗談じゃ言えないよ。そこまで度胸ないもの」
 自分の想いを否定されたからか、端整な顔に翳を落とし、千尋は静かな瞳でじっと見てきた。
「だけどさ、どうやったら信じられる? あんなことがった後に」
 謝ったのはまだいい。当時は謝ることはなかったが、今になって謝る気になった、ということだから、まだ許容できる。
 だが、告白とまでなると、信じられるわけがない。
 当然だろう。あんなことを仕出かした一人が「好きです、付き合ってください」と言ってきたところで、疑うなというほうに無理がある。
「常識的に考えても無理だろ。俺を晒し物にした相手に好きだと言われてもな」
「それは……! 確かにそうだけど、本当の気持ちだし、許してくれないんだったら何度だって謝るよ!? この気持ちに嘘はないから――!」
「俺のことが好きだから――これ以上嫌われたくないから、謝りに来た、と」
 亮祐は千尋の気持ちを色々と咀嚼しながら、静かな声で言葉を紡いだ。
 それにはある落とし穴を仕掛けたのだが、千尋は気づいたのだろうか。
「うん、そうだよ? 私は長塚君が好きだから、謝りに来たの」
 会話できることが嬉しいのか、千尋は先ほどよりもずっと明るい表情で頷いた。
 だが。
 ――落ちた。
 全く気づかずに。
 千尋は、落とし穴に落ちたのだった。


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