掃除当番だった亮祐は、一人遅れて学校を出た。
 いつも一緒であるはずの英治は「じゃあなー」と一声かけていっただけで、あっさりと帰っていってしまった。
「一人だしなあ、どっか寄って帰るっていうのも……」
 味気ない。
 既に通学路には生徒の姿は殆んどなく、昼には遅く夕方には早い、中途半端な時間帯のためか、行き交う人の姿すら少ない。
「どこにも寄らずに真っ直ぐ帰るか」
 無駄金を使う必要はどこにもないし、家に帰ってのんびりとゲームなり撮り溜めしたアニメなりを見るなりしたほうが、よっぽどいいだろう。
 それが健康的とか建設的とかはさておいて。
 途中、本屋で立ち読みくらいはするかなーなんて思いつつ、足を駅へと向けた。

〜合縁奇縁のミルフィーユ〜
       7話 切なる願い

 駅に着き、制服のポケットから定期券を取り出したとき、声がかけられた。
「あの、長塚君?」
「?」
 背後からの声に振り向くと、そこには誰もが認める美少女が所在なさげに立っていた。
「小笠原、さん?」
 亮祐は首を傾げた。
 なぜここに彼女がいるのか。いや、千尋もこの駅を使って登下校をしているのなら不思議はないが、わざわざ自分に声をかけて来る理由がわからない。
 あんなことをして、亮祐を嘲笑ったのに。
「うん……。今、帰りでしょ?」
「そうじゃなきゃ、ここにはいないいって」
 場繋ぎな問いに肩をすくめ、素っ気なく返す。
「あ、そ、そうだよね。当たり前だよね」
 ビクッと肩を一瞬震わせ、千尋は曖昧に頷いた。
 別に皮肉を言ったつもりはないが、結果としてそう取られてしまったらしい。
(ま、別にいいか)
 今さら千尋の機嫌を取る気などサラサラない。
 なぜ自分に声を掛けたのか、多少は気になるがどうせロクなことにはならないだろうし、関わりになる気もない。
 チラッと千尋に目をやってから改札へと踏み出す。帰る、という意思表示のつもりだった。
「ちょ、ちょっと待って!」
「何さ」
 千尋の声で遮られ、煩わしげに振り返った。
「こ、これから時間作れる? もし外せない用事とかがなければ、できれば作ってほしいんだけどな……」
「…………?」
 質問の意味がわからず、首を傾げて先を促す。
「あのね、話したいことがあるの。だから、私に付き合ってほしいんだけど――」
「今さら何を話すっていうんだ?」
「長塚くんが怒るのは当然だけど、お願い。三十分――ううん、二十分でいいから、私に時間を下さい!」
 真剣な表情で言う千尋。しかし、亮祐は周りをぐるっと見回して、口の端を上げた。
「今度は四人で何を企んでる?」
「企んでなんかいないよ! これは私一人の問題だもん!」
「どうだか……」
 思わず吐き捨てるように言った。仕方のないこととはいえ、無意識に棘のある言い方になってしまう。
 自身としても、あのことはとっとと過去の遺物としてしまいたいのだが。
「本当だって! 今回だけでいから、お願い、信じて! お願いです、どうか私に時間を下さい!」
 必死の雰囲気を纏わせ、深々と頭を下げる千尋。
 その遣り取りに、さすがに周囲の注目を集めだし、奇異の視線を向けられる。
(何、あれ?)
(痴話喧嘩?)
(何だか男の方が責めてて、女の子が必死に謝ってるみたいだけど……)
(可哀そう……)
 千尋には同情の視線が、亮祐には責めるような視線が送られてくる。
 亮祐は嘆息し、未だに頭を下げている千尋に声をかけた。
「あー、とりあえず頭上げてくんないか? このままだと、俺が一方的に悪者にされる」
「え? どうして長塚くんが悪者に……あ!」
 不思議そうに顔を上げた千尋も周りの様子に気づき、頬を染めた。
「ご、ごめんなさい」
 俯く千尋に、亮祐は手を振った。
「もういいや。それとな」
「ん?」
「仕方ない。二十分だ」
「え?」
「さっき小笠原さんが言った通り、二十分。それでいいなら付き合ってやる」
 そうでもしないと、事情を知らない通行人から無言で責められ続けられかねない。
「ほ、ホント? いいの?」
「二十分でいいならな。で、どこに行く?」
「いいよ、全然いい! ええとね、こっち!」
 ぱあっと表情を明るくした千尋は先に立って歩き出し、亮祐はその後ろを黙って着いていった。


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