二人で出店や展示を回っていると皆がギョッとした表情を形作る。
 既に別れたものと思われていたのだから無理もないが、全員に全員同じ顔をされるとさすがに気が滅入りそうになる。
 が、そう思っているのは亮祐だけのようで、千尋は全く意に介さずにニコニコしていた。
「元気だなー。この衆人環視の中で……」
「え? だって楽しいんだもん。長塚君とこうして回れて。すっごく嬉しいんだ」
 目をクリクリとさせ、不思議そうに亮祐を見る千尋は首を傾げた。
「長塚君は? 私と回って楽しくないの?」
「……そんなわけないだろう。楽しいよ」
 何言ってやがんだ、とばかりに千尋の髪をクシャリと撫でる。
「えへへ、そう? なら良かった。私だけが楽しんでても意味ないもんね。長塚君も楽しんでくれないと」
「いや、まあ小笠原さんと文化祭回れるのは凄く楽しいし嬉しいけど。この異様な視線がねえ……」
 亮祐は小さくぼやくと、そっと周囲を見回した。
 千尋も釣られて同じように見回し――苦笑した。
「あ、あはは。ずっと見られてるもんね……」
 二人に周囲の半径二メートル内に存在する人だかり。
 別についてくるとか行動を邪魔してくるとかでは全くないのだが、常に注目を浴び、さらに好奇心を呼び、人を集めてしまう――という一種の悪循環の状態にあった。
「邪魔してこないだけマシか。とはいえ、視線を浴びちゃうのは仕方ないっちゃ仕方ないんだよなあ」
「……一度別れたってことになってるもんね。ま、そんなんことは気にしない気にしない」
 額に手を当てて呻く亮祐に対し、千尋はむしろ闘志を刺激されているようで、より元気になっているようだった。
「何でそんなに前向きだ」
「え? だって」
「だって?」
 訊ねると、千尋はビシッと人差し指を立て。
「『一度危機を迎え、それを乗り越えたカップルはより強い絆で結ばれる!』って。知らない?」
「へえ」
「それと、もっともっとラブラブになれて、結婚まで一直線って」
「おい……?」
 何だか話が妙な方向にずれているような気がして、亮祐は眉をひそめた。
「でも結婚なんて早いよねー? あ、でも私はいいかなあ? でもでもぉ、やっぱり結婚は大学を卒業してから――」
「ちょっと待てぃっ。念のために訊いておく。それ、誰からの受け売り?」
 何だか非常に嫌な予感がしたので訊いてみると――。
「え? 椿ちゃんだけど?」
 予想通りの答えが返ってきた。
「あいつかあああああ! 何吹きこんどんじゃああ!」
 思わず叫ぶと、千尋はきょとんと首を傾げた。
「そう? でも、阿部さんからも似たようなこと言われたよ? 『あんな辛いことを乗り越えたんだから、かならず幸せになれるから』って。あと『長塚君は奥手だから、どんどん積極的に迫れ』って教えてもらった♪」
 そう言って笑う千尋の笑みが、そこはかとなく黒く見えるのは気のせいだと……思いたい。
「阿部さああああああん!?」
 こっちはこっちで何をけしかけているんだろうか。
 勘弁してもらいたい。
 それでなくても、わだかまりが消えてからこの文化祭まで、千尋がとにかく一緒に居たがって大変だったのだから――。

〜合縁奇縁のミルフィーユ〜
46話 学内デートな文化祭

 登下校はもちろん待ち合わせて一緒に行動。
 昼食は裏庭もしくは1‐Cにて共に取り。
 授業の合間の短い休み時間も、千尋がほぼ訊ねてくるのでおしゃべりをし。
 帰宅してからも電話とメールを頻繁に遣り取り。
 夜はお休みメール、朝はおはようメールを必ず。
 まるで、二人の親密さを技と周囲に見せつけるかのような感じだった。
「全くもう。こっちはまたぞろ恨めしげに睨まれてるんだから……煽るようなこと言うのやめてくれよ」
「もう、またそんなこと言って。いやだよ、もう?」
 口を尖らせた千尋を見て、失言だったと肩をすくめる。
「悪い。変な意味で言ったんじゃないんだ。ただ、あの二人にゃ後で文句言ってやろうとね。それだけだって」
「それならいいけどねー? はい、この話は終わり! 次はどこに行く? 私は長塚君のクラスの出し物見に行きたいんだけど」
「二人に文句言うのはいいのか……。ま、いいや。うん、俺のクラスか。行くか、それじゃ」
「うん!」

「わあ、駄菓子屋さんだあ!」
 亮祐のクラスに入るなり、千尋は目を輝かせた。
 亮祐のクラスの出し物は【懐かしの駄菓子屋】
 喫茶店やお化け屋敷などの無難なものも候補に挙がったのだが、別の視点で楽しんでもらえるもの――を根幹に考え、決まったのがこの駄菓子屋だった。
「そうです、駄菓子屋さんです。金も掛からないし、勝手に選んでもらえればいいし、楽だからね。まあ、儲けはあまりないけど、大人から子供まで楽しめるでしょ、これなら」
「うん、わかるわかる! 私も買っていい?」
「駄目だなんて言うわけないだろ。むしろ売上に貢献してくれません?」
「するするー。うわぁ、すっごい久し振りだあー」
 千尋のはしゃぎっぷりに亮祐も嬉しくなりながら、教室の中を進む。
 当然のことながら、教室内の視線が全て注がれるが、千尋と一緒にいられることの対価だと思えばどうということもない。開き治るのが一番だ。
「さて、何を買おうか」
「うーんとね、蜜あんずはね、外せないと思うの。それとソースせんべいでしょ。後は……」
 千尋と楽しく会話しながら、駄菓子を選んでいく。
「ん。じゃあ、これと、俺は麩菓子とモロッコヨーグルト、ソースせんべいで」
 籠に入れた沢山の駄菓子を当番の生徒に差し出す。
 と――。
「へい、まいど! 本来なら350円ですが、こんなにも可愛い彼女を連れたお客さんには、彼女いない歴=年齢のモテない男の恨みを込めて3500円――」
「何を言っているのか、わからないよ……。英治、チョット表出ろ」
 ニヤニヤ笑いながら吹っかけてくる生徒――英治に対し、氷の笑顔で外を指し示す。
「はっはっは。ただの意地の悪い冗談だ。まあ許せ」
「殴っていいか? いいよな?」
「NO THANK YOU」
 そんな遣り取りをしていると、千尋が吹き出した。
「あはは。本当に中いいんだね、二人とも」
「まあ腐れ縁みたいなもんだし」
「そうだな」
 視線を交わし、ニヤリと笑い合う。
「本当に仲いいなあ……」
 それを、千尋が幾分羨ましそうに見ていた。

 二人で校舎内の面白そうな出し物と、のんびりと出来る展示物の教室など全てを回り、外の屋台もできる限り覗く。千尋がこれまで離れていた分を取り戻そうとするかのようにエネルギッシュに回っていくのを、亮祐は苦笑いしつつきっちり付き合っていた。
 千尋がこういう行動を取る原因の大半は亮祐にあるのだから。
 そうやって回り、時にはベンチや出し物の喫茶店で休息し、談笑する。
 そうやって――時は過ぎて。
 日は沈み、後夜祭が始まる。
 生徒が校庭に集まり、作られたステージでライブが始まった頃。
 亮祐と千尋は屋上にいた。
 今までのことに決着を付けるために。
 そして。
 これからの未来を力強く歩いていくために。


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