『朱鷺之宮祭』と大きく書かれた看板が来訪者を出迎える。
 この日ばかりは在学生は商魂逞しくエンターテイメントに精を出し。
 来訪者は苦笑を浮かべつつ財布の紐を緩める。
 主催者側も客側も入り乱れて雰囲気に浮かれるお祭り。
 今日こそが――待ちに待った、文化祭!

〜合縁奇縁のミルフィーユ〜
45話 最凶? の三人

 だが、楽しい楽しいお祭りのはずが、ここだけは雰囲気が違っていた。
 重く、張り詰めた、剣呑な雰囲気。
 1‐Bの教室。
 対峙するは背の高い、いかにもモテそうな少年と、三人の少女。
「どういうことだよ、説明しろ! 何で今更あの野郎がしゃしゃり出てくるんだよ!?」
「さあ?」
 セミロングの少女――南雲璃々が肩をすくめ気のない返事を返す。
「さあって! お前ら、小笠原の友達だろ!? そんくらい知らねえのかよ!?」
「確かに私たちは小笠原さんの友達ですけど。だからと言って、全ての行動を把握しているわけではありませんから」
「そうだとしても! あんなオタク野郎がまた付き纏ってんだぞ! いいのかよ!?」
「……付き纏う?」
 ピクリと璃々の眉が跳ねる。
「そうだろ? 別れたくせにいつまでも付き纏いやがって。身の程を知れって、お前らだってそう思うだろう!?」
「――あらあら。それをあなたが言っちゃいますか」
「ああん?」
 そこへ、馬鹿にした声音で椿が口を挟んできた。
 それを少年も察したのだろう、眼光鋭く椿を睨み付けてきた。
「はは。後からしゃしゃり出て、ちっひーに未練たらしく付き纏っているのは……そちらでしょう? ――ねえ、田坂先輩?」
 椿はそんな眼光を物ともせず、皮肉たっぷりに笑ってみせた。
「何だと!? 俺がいつ付き纏ったよ!?」
「今まさに。間違ってませんよね」
 少年――田坂が語気を荒げるが、あっさりと言い返す。
「ふざけんな! 俺はただ小笠原を口説いていただけだ! それに、未練たらしくってのは何だよ? 長塚と小笠原は別れたんだろうが!? なのに何故――」
「別れた? いつ?」
「は? 何言ってんだ? 一度別れただろうが。それなのに――」
「あー。先輩? 勘違いしているみたいだから言っておきます」
「? 勘違い?」
 その言葉に反応し、怪訝な表情になる田坂。
「これは周囲皆が勘違いしているから無理もありませんけどね、ええ。私たちは、少なくともちっひーからは、長塚とはっきり『別れた』なんて一度も聞いていないんですよ? 確かにちっひーは泣いてましたけどねえ、そりゃ大好きな彼氏と喧嘩した上に、勢いで売り言葉に買い言葉で別れる云々言われて距離置かれりゃ泣きたくもなりますわ。別れたと思ってしまっても無理ありませんて。そうでしょ? それとも先輩は聞いたんですか? 別れた、と」
「なん……だと?」
「その意味……わかりますよねえ?」
 絶句した田坂に追い討ちを掛けるが如く、璃々が引き継ぐ。
「まあ、先輩の妄想どおり、仮に別れたんだとしても。よりを戻したと考えるべきでしょう。一度別れた恋人同士が復縁する……おかしなことはありません。聡明な田坂先輩においてはよくご理解いただけるかと思いますが?」
「だ……だからと言って! 何であんな奴に小笠原みたいないい女を――」
「先輩、こんな言葉を知ってますか……?」
「な、何だよ?」
 今まで黙っていた純子がスッと前に出、問いかける。
「『人の恋時を邪魔する奴は、馬に蹴られて死んじまえ』」
「おい!?」
 すっと指を伸ばし、田坂に突きつける。
「ピッタリ」
「て、てめ……」
 もう余裕がないらしく、いつものイケメンフェイスはなりを潜め、ヒクヒクと頬が痙攣している。
「つーか、てめーらはいいのかよ!? 長塚みたいなオタクが小笠原の彼氏でよ!?」
 三人は一瞬顔を見合わせたが同時に肩をすくめた。
「仕方ありませんね」
「本人同士がいいって言ってるし〜」
「馬に蹴られたくないですから」
 さらりと言われ、田坂の顔が紅潮し、ギギギと歯を噛み締める音もする。
「さらに言わせてもらえば。先輩には不本意でしょうが、長塚亮祐を選んだのはご執心の小笠原千尋本人。先輩がいくらくだ巻こうが泣き言を喚こうが、無駄です」
「南雲……!」
「先輩。私たちが気が付いていないとでも思っているんですか? 侮られたものですね」
「!?」
「元々長塚と小笠原さんが付き合っていると聞いて面白くなかったんでしょうけど。それが別れたと聞き、失恋して弱った彼女の心の隙間に付け込んでハイエナするつもりだったんでしょう?」
 侮蔑の籠もった視線に射られ、図星だったのか、田坂はサッと顔を逸らした。
「もっとはっきり言ってしまえば。長塚を自身の欲望を成就するための踏み台にするつもりだった――違いますか?」
 璃々はニヤリと意地の悪い笑みを浮かべ――。
「目論見とは逆に自分が踏み台になったようですけれど?」
「は、はん! どうせすぐにまた別れるに決まってるさ! また長塚への嫌がらせもあるだろうし、元々釣り合ってねえし――!」
「どうですかねえ? そんなこと言っている前に、ご自身の心配をされたほうがよろしいのでは?」
「は? どういう意味だよ?」
「そのままの意味ですが。わからないのであればお教えします」
「早く言え!」
 もったいぶった様子にイラついたのだろう、田坂は腕を大きく横に振り、璃々を睨みつけた。
「そこまでお望みなら。まあ、簡単なことです。長塚は誰もが認めるアニメオタク。田坂先輩は誰もが認めるイケメン。ヒエラルキーの差は一目瞭然。ですが――朱鷺之宮における女性とのトップと言って過言ではない小笠原さんが選んだのは、最下層に位置しているはずの長塚。――これ、何を意味するか、わかります?」
「…………?」
「簡単な理屈です。先輩は――小笠原さんにフラれた。小笠原さんの心を射止めたのは先輩が見下している長塚。つまり先輩は――」
 一旦璃々はここで言葉を切り、田坂を見据えた。嘲笑を貼り付けて。
 逆に見据えられた田坂は息を飲んで顔を強張らせた。
「長塚に負けたってことです」
「そぉんな美味しいネタ、噂好きの女子高生が見逃すはず、ないですよぉ?」
 これ以上ないくらいに、悪そうな微笑を見せ、椿がさらに口の端を上げる。
「―――!」
 椿の言葉は――異性にモテることを自覚し自慢し、新たな異性を掴まえることに利用してきた田坂にとって処刑宣告に等しい。歯牙にもかけていなかった男から意中の女性を奪うことも出来ず、意識もされていなかったことをまざまざと見せつけられたのだから。
 そんな話を、周囲が放っておくはずがない。特に、恋愛話に飢えている女子高生たちが。
 そう、椿の言う通りに。
 酸欠の金魚の如く口をパクパクとさせる田坂に、璃々がトドメの一言を発する。
「こんなところで油売っているより、少しでも根回しに奔走されては? 既に噂は走ってますし。手遅れになって笑い者になっても知りませんよ? 『オタク長塚に負けた』って」
「なっ!? ――くそう!」
 教室から出ていくことを躊躇する素振りを見せたが、すぐに璃々の言う通りだと悟ったのだろう。田坂は素早く身を翻すと全力で教室を飛び出していった。
 田坂の姿と足音が完全に消えた頃を見計らい、三人がニヤリと笑う。
「まあ、その噂を流したのは私たちですけどね……?」
「しばらくは先輩が噂の火消しに躍起だろうねー」
「それがさらに信憑性を増して噂を強くするから、相乗効果を生む。ご愁傷様」
「……俺は今ほどお前らを恐ろしいと思ったことはない」
「や、やりすぎじゃない……?」
 そこに入ってきたのは亮祐と千尋.。だが、二人とも妙に疲れた表情をしていた。まあ、無理もないのだが。
「平気よ。ああいう手合いはこれくらいしなくちゃわからないのよ。余計な同情は自らの首を締めるわ」
「そーそー。少し暗い痛い目見たほうがいいんだよ、田坂先輩は。いい薬でしょ」
「隠れて聞いてたけど……よくもまあ、ああもポンポン遣り込める言葉が出てくるな」
「そうだよ。私だったら萎縮しちゃって何も言えないよ」
 亮祐と千尋が呆れと感心半々の声を上げると、純子が眼鏡の奥の目を鋭く光らせた。
「本来なら、この程度はあなたがやらなければならないのだから。わかってる?」
「重々理解しております」
「彼女を守るのは男の最低限の義務! 忘れないように」
「肝に銘じますがな」
「よろしい」
 純子は小さく笑うと、スッと廊下を指し示した。
「では、遊んでらっしゃい。気兼ねなく、二人でね」
「――ん!」
 千尋は嬉しげに笑い、亮祐の手を取った。
「じゃあ行ってくるね! また後でー!」
 言うが早いか、千尋は駆け出した。
「え、あ? あああ、引っ張るなあああ! コケる、コケる!」
 悲鳴を上げつつ、亮祐は千尋に引きずられ、姿を消した。
「――やれやれ」
「全く、あの二人は……」
「今から尻に敷かれてるのねー」
 璃々、椿、純子の三人は微苦笑を頬に乗せ、肩をすくめた。
 ――楽しげに。


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