校庭から音楽と歓声が絶え間なく聞こえてくる中、静かに千尋と眺める。
「今日の文化祭も終わりだね……」
「ああ。明日はシフト入ってるから、今日みたく遊べないな」
「私もだよ。無理言って1日オフにしてもらったから、明日はその分頑張らないとね」
「上手いこと時間見つけて、売上貢献しに行くわ。バザーだったよな」
「うん、来て来て。待ってる」
 笑顔で話しながら、亮祐はスッとフェンスに体を寄りかからせた。
「しっかし長いようで短いようで、変な期間だったな」
「そうだね、色々あったもの……」
 出会いにラブレター事件に始まり、千尋の告白、お試しのお付き合い、知られた後の嫌がらせ。
 関係の冷却期間からの逆転劇。
 関係が始まってから三ヶ月どころか一月とちょっとしか経過していないというのに、これほど密度のある生活を送っていたのだから、自分自身に感心する。
「振り返ってみると凄く濃い時間を過ごしたよ」
「うん……。私は……総じて凄く楽しい時間だったな。そりゃ悲しい時を過ごしていた日々もあったけどね、それでも、長塚君と一緒にいられたから――」
「そう言われると、男冥利に尽きるねえ」
 よっと身体を起こし、亮祐は千尋の真正面に立った。
「長塚君……?」
 怪訝そうに眉をひそめる千尋を、亮祐は真っ直ぐに見つめた。
「小笠原さんとお試しで付き合う期間、一ヶ月だったよな」
「うん……?」
「告白されてから今日まで約二ヶ月弱。お試し期間はとっくに過ぎてるわけだ」
「そ、そうだけど」
「とはいえ、離れていた時間も結構あったし……。それを除くと、大体一ヶ月。ちょうどいいと思うんだ、答えを出すには」
「!」
 亮祐が呟いた『答えを出す』という言葉に、千尋は過敏に反応し、鋭く息を飲んだ。
「こ、答え……そっか、そうだよね。もう、一ヶ月以上経つもんね……?」
「ああ。このままダラダラとしていても駄目だと思うから」
 キッパリ告げると、千尋も力強く頷いて亮祐を真っ直ぐに見つめてきた。
「わかった。じゃあ、長塚君の答えを聞かせて。念のため言っておくけど、私の気持ちは全く変わってないよ? 私は、長塚君が好き。大好きだよ」
「ん。しっかりと受け止めさせてもらう」
 何の迷いも衒いない、正直な想いの吐露。
 千尋の――ひたすら純粋な、亮祐への想い。
「ありがとう。だから、私も受け止めるよ。長塚君がどんな答えを出そうとも。ちゃんと受け止める。だから、聞かせて? あなたの……答えを」
「ああ」
 亮祐は頷き、ゆっくりと口を開いた。

〜合縁奇縁のミルフィーユ〜
47話 二重の負け

「小笠原さん、最初の賭けの内容覚えてる?」
「……へ?」
 返事を言われると思っていて身構えていたに違いない。千尋は亮祐の意外な言葉に、ポカンと口を開けた。
「賭けの内容。お試しの付き合いをすると決めた時に取り決めた――」
「も、もちろん覚えてるよ。それがどうかしたの?」
「その中に、付き合っている内に、俺が小笠原さんを好きになったらちゃんと付き合う、ってのがあったよな。まさに――それだ」
「それ? ……ああ! それって!」
 小首を傾げるも、すぐに理解したらしい。亮祐が頷くやいなや、千尋は大輪の花を咲かせ、抱き付いてきた。
「嘘じゃないよね? 本当だよね?」
「ここまで来て嘘は言わん。俺の正直な想いです」
 この気持ちに一片の嘘偽りはない。千尋に対する、素直な想いだ。
「――! 嬉……しい! 長塚君……大好きだよお!」
 ますます力強く抱き付いてくる千尋の髪を優しく撫でる。
「まあ、告白しなくても、あの賭けは俺が負けてるんだよなあ……」
「え? どういうこと?」
 顔を上げた千尋に、亮祐は苦笑を浮かべた。
「だってさ。一ヶ月以内に、俺が小笠原さんを好きになったら、その時点で負け――だったろ? それは当たり前だったけど、もう一つ、あったろう?」
「もう一つ? 一ヶ月経っても、私が長塚君を好きでいたらって――ああ!」
 思い当たったらしく、千尋はニッコリと笑ってみせた。
「わかった?」
「うん! アハ、そう言えばそうだったよね。私、長塚君に好きになってもらおうって必死で、そっちは正直忘れてた。そっか、私はもう勝っていたんだ、あの約束に――」
「ああ。もう負けていたんだよ、俺は。さらにもう一つのほうでも負けて……。俺は小笠原さんに二重に負けてるんだ」
 お試しの間に亮祐が千尋を好きなったら、正式に付き合うというあの約束――当然と言えば当然過ぎる約束。
 それが今、果たされようとしている。
「私の勝ちかぁ……。うん、何かいい気分だね」
「そうだろうさ。……じゃあ、そういうことで、後夜祭に――」
「わかった、行こうか――なんて言うと思ったの!? 待ちなさいっ」
 そそくさと階下に通じるドアに向かおうとしたところを、あっさり阻まれる。
「……気づいたか……」
「当たり前でしょっ。さ、はっきり言うの! 言ってくれるまで離さないし逃がさないからね!?」
 怒ったような顔に千尋にギュッと制服の裾を掴まれ、逃げようがない。
「ううー。恥ずかしいんだけどなあ……」
「ダメ! ……もう、何で男の子ってそうなの!? みんなに聞いてもそうだし、漫画とかネットとかの情報でもそうだし……。ちゃんと言ってくれないと璃々ちゃんたちに言い付けちゃうよ!?」
「げ! それはないだろう!?」
「だったら、ちゃんと言って!」
 亮祐は千尋の真剣な眼差しに気圧されつつ、こっそりため息をついた。
 しかし、これは千尋が正しい。はっきりと気持ちを伝えてほしいと思うのは当然のことで、むしろ曖昧に誤魔化そうとしている亮祐にこそ非がある。
 千尋はもう何度も気持ちをしっかりと伝えてくれているというのに、だ。
「そうだな、言わないと、こればっかりは。小笠原さん、一度しか言わないからね、しっかり聞いてくれよ」
「うんっ」
 期待に満ち満ちた瞳で亮祐を見つめる千尋。胸の前で手を組み、どんな言葉を掛けてくれるのかを今か今かと待ち望んでいる。
 亮祐は、そんな千尋を微笑ましく、また愛おしく感じながら、ゆっくりと口を開いた。
「俺は――小笠原さん、君のことが――」
 校庭の喧騒が、まるで図ったかのように今は二人の耳には届かず。
【その言葉】を口にした直後、亮祐は恥ずかしさのあまり顔を真っ赤にしながら背け、それとは対象的に千尋は満面の笑顔を浮かべて亮祐に抱き付き。
 一瞬よろめきながらも、亮祐も優しく千尋を抱き締め。
 二人で静かに、お互いの温もりと思いを伝え合った――。


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