田坂の許から千尋を連れ出し、二人が最終的に落ち着いたところは裏庭だった。
 亮祐と千尋にとっては馴染んだ場所。
 昼食を楽しみ、和気藹々としてい頃の思い出の場所だった。
「ふう。ここなら邪魔は入らないかな」
 特に、田坂の。
「大丈夫……だと思う。何が何だかわからない顔してたし」
「なら平気かな」
「うん……」
 言葉すくなに頷いた千尋が、そっとある一点を見つめている。
 その視線を追うと――繋いだままの手が目に入った。
「あ! わ、悪い……!」
「え。このままでいいのに……」
 慌てて離すと、千尋はなぜか残念そうな顔になった。
「? まあ、いいや。えと、その。……小笠原さん!」
「はい」
 ここでグダグダして時間を浪費しても意味がない。さっさとしてしまうに限る。
 これは、亮祐のケジメなのだから。
 真っ直ぐに千尋を見据えると、同じく強い光が返ってきた。
 二人の視線が交差し――。
「ここ最近のこと――本当にごめんなさい。許してください!」
 謝罪の言葉とともに、深々と頭を下げる。
「…………」
「それから――もし、良ければ、だけど――」
 一度深呼吸し、そして。
「もう一度、俺と……やり直してください!」
「――――!」
 言った。言い切った。
 亮祐は奇妙な安堵感とともにそっと息を吐いた。
 頭を下げたまま、千尋の返事を待つ。これでもし、返事が『否』だったとしても、後悔は――するだろうけど、少なくとも踏ん切りは付けることができる。
 前に進む糧とすることはできる。
 じっと未来を決める返事を待つが、返ってこない。
 返事をすることなく帰ってしまったのかとも思ったが、足音はしないし気配はある。
 その上、妙な声が聞こえもする。
 引き攣ったような声が。
(一体……)
 どうしたのかと、頭を上げ――。
「――――!」
 息を、飲んだ。
 眼前で千尋が大粒の涙を零し、泣きじゃくっていたから。

〜合縁奇縁のミルフィーユ〜
44話 指きりげんまん

「う、っく、ひ……! ぐす、ひっく……!」
「え、あ、ちょ……?」
 亮祐は慌てた。
 何で千尋がいきなり泣きじゃくっているのか、さっぱりわからない。亮祐の告白に対して笑っているなり、せめて怒ったりしてるのならまだわかるのだが。
 泣く理由がさっぱりわからない。
「ひっく、えぅ……!」
「ああああっ。何で泣いて――いや、取り敢えず泣きやんでくれ! はい、ハンカチ!」
 押し付けるように渡すと、千尋は滂沱の涙をゴシゴシと拭き取り、数度鼻をすすった。
「……落ち着いた?」
「……うん」
 こっくりと頷いたのを見、問いかける。
「そっか。一つ訊くけど、何で泣いたの? 何か俺、変なこと言った?」
「ううん」
 首が横に振られる。
「じゃあ、何で」
 再度問うと――。
「だって……嬉しかったんだもん」
「嬉し……かった?」
「うん」
 目をパチクリとさせると、千尋はギュッと手にしたハンカチを握り締めた。
「……何が?」
「長塚君が……謝ってくれたこと。それから――もう一度やり直そうと言ってくれたこと。凄く、嬉しかったの」
 泣きはらした赤い眼で、亮祐をじっと見つめる。
 力強く、真摯な色で。
「今までのことは謝るのが当然だし、素直な気持ちを素直に言っただけだよ」
「だから、本当に嬉しかったんだよ。長塚君がそう言ってくれたことが」
 千尋はずいっと顔を亮祐にくっつけんばかりに近づけた。
「ねえ、今言ってくれたこと、嘘じゃないよね!? やり直そうって言ってくれたこと、本当のことだよね!?」
「もちろん。心からの言葉だよ」
 嘘の心など一粒たりとて入っていない。
 長塚亮祐の真実の言葉だ。
「うん、うん。よかったぁ……本当によ……がったぁ……」
 嬉しそうに言いながら――千尋の瞳からは再び涙が流れ落ちていた。
「! また泣いて……!」
「だっで、だっでぇ……。もう、終わりかと思ったんだもん……! もう二度と長塚君と仲良くできないって思ってたんだよぉ……!」
「そこまでネガティブ!?」
「長塚君に拒否されて、田坂先輩に言い寄られて……。もうダメかと思ってた……。田坂先輩なんて好きでも何でもないけど、このまま流されちゃおうか――なんて思ったりもした……。でも……でもぉ」
「でも?」
 千尋は亮祐の手を取ると、自らの手に掻き抱いた。
「でも、やっぱりダメだよぉ!」
「小笠原さん……」
「もうヤダぁ! 長塚君とお話できないのも笑えないのもお弁当一緒にできないのも……。もう嫌だよぉ! 長塚君、ずっと側にいてよぉ……。いさせてよぉ……! ずっとずっと側にいたいよぉ……。長塚君以外の人と付き合ったって意味ないもん、長塚君がいいんだもん……! 長塚君じゃないとダメなんだからッ……!」
「…………」
「それなのに、それなのにぃ! もう、こんな辛い想いするのは嫌ぁ……! 何でみんな邪魔するの? 好きな人と一緒にいたいだけなのに! それだけなのに……! 何でなのぉ……!?」
 ボロボロと涙を流し、目を真っ赤に腫らし、一遍の嘘偽りのない千尋の心からの叫び。
 世にも稀に見る整った容貌を、見る影もないほどにぐしゃぐしゃに歪ませ、想い人である亮祐に訴える。
 そんな魂からの想いを聞いて――心が動かされないことなどなく。
 亮祐は――千尋が愛おしく。
 その華奢な身体を抱き締めていた。
「うん、うん……。俺が悪かった。辛い想いをさせて、本当に悪かった。だけど、もうそんなことはないからさ」
「……ホント?」
「約束する。もう絶対に、そんな想いはさせない」
「ホントにホント?」
「絶対だ」
 揺るぎない決意を込めて告げると、千尋は亮祐の胸にグシャリと歪ませた顔を埋め。
「う……あああああああああ! 長塚君! 長塚君……!」
 赤子のように、誰憚ることなく、泣き声を上げ続けた。

 裏庭に二人して座り、ただじっとしている。
 ただ寄り添い、手を繋ぎ、二人の時間を過ごしている。
「もうすぐ……文化祭だね」
「ああ」
「二人で回ろうね? 約束だよ?」
「任せなさい」
「えへへ……うん!」
 はにかむ千尋の頭を軽く撫で、亮祐は立ち上がり、そのまま引っ張り上げる。
「そろそろ戻ろうか。みんなやきもきしてるだろから。そっちもだろ?」
「あは。うん、だろうね。田坂先輩がどうなってるのかが怖いけどね?」
「はいはい、そん時は俺がどうにかします」
 言外に『守ってね?』の意思表示をされ、肩をすくめざるを得ない。
「お願いね。頼りにしてるから」
「へーい」
 二人は手を繋いだまま歩き出した。
「長塚君!」
 少し歩いたところで千尋が声を上げる。
「ん?」
 視線を向けると、千尋はビシッと人差し指を立て。
「決戦は文化祭! よろしくね?」
「了解」
 亮祐は頷いた。
 そう、全ては文化祭で。
「約束だよ? ――指きりげんまん、嘘ついたら針千本のーます!」
「――指きった!」

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