亮祐が自分への嫌がらせの開始を自覚した日から、攻撃は激化していった。
上履きがなくなるのは当たり前。
焼却炉に放り込まれていたり、水浸しになっていたり、土が詰め込まれていたり……。
机に落書き、椅子に画鋲。
机に入れていたはずに教科書も落書き、ページが破られる、ゴミ箱に捨てられている……。
オチオチトイレにも行けない状態。
廊下を歩いているだけでも足を引っ掛けられたり突き飛ばされたり。
一歩間違えば大怪我をしてしまうような場合もあった。
「参った……」
まさかここまでとは思わなかった。
亮祐は、ここに来て自分の認識が甘かったことを嫌というほど思い知らされたのだった。
〜合縁奇縁のミルフィーユ〜
30話 静かな戦い、激化
「長塚君、どうしたの?」
「……何が?」
「何だか疲れているように見えるから……」
いつもの裏庭で昼食。
教室は英治たちが「任せておけ」と言ってくれたのでお願いしておいた。
「別に疲れてないよ。大丈夫」
「そお? 何かあったらすぐに言ってね。隠し事とかしちゃ嫌だよ?」
「ああ」
気遣わしげな千尋に、無理に笑顔を作って否定する。
――言えない。 言えるわけがない。
「小笠原さんとのことで嫌がらせを受けてるんだ」なんて、言えるはずがない。
くだらないと一蹴されるかもしれないが、これは意地とプライドの問題だ。
「ならいいんだ。えへへ。あ、今日のお弁当のポイントはね……」
千尋は何も知らなくていい――。
千尋と会話しながら、亮祐はそう決めていた。
嫌がらせは留まることをしらなかった。
亮祐はもちろん、英治や清、穂乃果が注意してくれているため多少は抑えられているが、それでも落書きや、体操着が水浸しになっていたり焼却炉へ捨てられていたり。
隙を見て行われてしまっているため、止めることができない。
友人三人が手助けしてくれているにも関わらず、である。
これで英治たちがいなかったら……と思うと、身震いがする。
「いつまで続くんだ、これ」
「周りが諦めるまで、じゃね。でも、ここまでとは俺も考えてなかった。悪りいな、リョウ。前に茶化すようなこと言ってさ」
「いや、いいよ、俺だってここまでなんて思わなかったし」
下校のため昇降口へ向かう亮祐と英治。
嫌がらせの限度が、二人の想像を遥かに超えていたのだから、どうしようもない。
「これからが怖ええよ。仮にさ、本当に俺が小笠原さんと――痛っ!」
下駄箱に手を突っ込んだ途端、鋭い痛みが指先に走った。
「!? どうした、リョウ!?」
「何かが……痛てて」
慌てて手を引っ込めると、指先からは血が滴り落ちていた。
「血!?」
「靴の中に何か入ってた……」
ティッシュを取り出して指に押し付ける。
英治がその間に、そろそろと靴を引っ張り出していた。
その中には――。
「うわ、カッターの刃だよ……」
「いつの時代の嫌がらせだ……」
靴の中にカッターの刃を上手いこと貼り付け、手を入れたら傷つけるようにしてある。
「リョウ、怪我は大丈夫か?」
「ちょっと切っただけ。すぐに止まる」
このまま圧迫止血をしていれば、十分と経たない内に止まるだろう。
カッターの刃は英治が外して捨ててくれた。
「最悪じゃねえか。ここまでやるか? 犯罪だぞ、これ」
「それくらい、俺は恨まれてるってことかな……」
血の滲む指を見やりつつ、亮祐はため息をついた。
「これさあ、小笠原さんに言ったほうがいいんじゃないの、やっぱり」
「言ったところで、どうにかなるか、これ?」
気遣う英治に、亮祐は皮肉げな笑みを浮かべた。
「そりゃ、心配させちまうと思うけどさ……」
「そう。余計な心配させるだけだよ。知らなくていい、彼女は」
千尋に非は一切ない。
もちろん、亮祐にだってない。
だからこそ、知る必要もないと思う。千尋は優しい子だから、言ったら間違いなく泣いてしまうだろう。
女の子を泣かせる趣味を亮祐は持っていない。
これは――自分でどうにかすべきことだと思うから。
亮祐は心配する英治の肩を叩き、歩き出した。
少しだけ――ホンの少しだけ心が折れそうになっている自分を、奮い立たせながら。