昼食時に千尋と共に現れた二人の人物を見て、亮祐は目を丸くした。
「本田……さんと、住友――さん、だっけ? こんにちは」
 正直、さん付けなんかしたくもなかったが、千尋の手前、それはまずいだろうと亮祐は無理やり笑顔を作って挨拶。
「そんな無理やりな笑顔作んなくていいってば。あんたがあたしたちに怒ってるのはわかってるからさ」
「そうそう。怖い顔しないでよ」
「……無理言うね。俺は心広くないんだよ」
 唸るように告げた。
 あんなことしでかしておいて、謝りもしない者を許すなど不可能。
「あ、待って、長塚君。椿ちゃんと純ちゃんは謝りにきたんだよ」
 千尋が急いで割って入ってきた。親友と好きな人が剣呑な雰囲気を醸し出しているのは耐えられない展開だろう。
「謝りに来た……?」
 その一言が意外で、亮祐は怪訝な顔で千尋を見、次いで椿を純子を見やった。
「うん、そうなの。椿ちゃんと純ちゃんも謝りたいって言うから」
「え〜?」
 イマイチ信じられず、疑問の声を上げる。
「そんな顔しないでよ。謝りに来たのはホントなんだからさ」
「そうよ? 少しは信じてくれてもいいでしょ?」
「どの口が言いやがる。信じられるわけないだろ」
 あっけらかんと言ってのけた二人に、亮祐は口を引き攣らせた。
「ま、待ってよ、長塚君。二人は本当に謝りに来たんだよ。お願いだから、謝罪の言葉だけでも聞いてあげてほしいんだ」
 千尋が再び割って入ってきた。
「…………」
 無言で睨むように千尋を見ると、困ったように俯いてしまった。
「コラ、あんたが怒るのはあたしたちでしょ。ちっひーに八つ当たりするな」
「してねえよ」
 椿が嗜めてくるので、ふんと肩をすくめた。
「してるでしょ、十二分に。とにかくさ、あたしたちはホントーに謝りに来たんだってば。信じられないのは当然だからいいけど。話だけでも聞いてよ」
「聞くだけならな」
「それでいいよ。……う〜ん、ちょっと人のいないところでいい? さすがにここだと、ちょっと」
「ああ」
 注目を集める教室内。周囲からは好奇心に満ち溢れた視線が向けられているので、やりにくいのだろう。
「ありがとさん。んじゃ、ちょっと行こう」
 椿と純子にに連れられ、亮祐と千尋は階段を登り、屋上へと続く踊り場まで来た。
「ここならいいでしょ。3年もこっちまでは来ないだろうしね」
「で、話って?」
 突いた途端に亮祐は切り出した。
 正直、長話はしたくない。
「せっかちだなあ。ま、しょうがないし、こっちもグダグダするのは性に合わないし。ちゃっちゃと本題に行こう。――純子」
 椿はちょっと苦笑してから表情を引き締め、純子へ目を向けた。
「ん」
 純子も椿へ目を向け――頷き合った。
「ええと――」
「とにかく――」
「…………?」
『ラブレターのこと、本当にごめんなさい!』
 二人は、そう言ってガバッと頭を深く下げた。
「――本当に謝りやがった」

〜合縁奇縁のミルフィーユ〜
27話 二人の心

 驚いた。
 千尋が「謝りにきたんだよ」と言ったのは事実だったらしい。
 どういう心境の変化なのだろうか。
「酷いな、その言い方。こっちがせっかく謝ってるのにさ」
「少しは汲んでくれてもいいんじゃない?」
「都合のいいこと言ってんな。こっちがどれだけ迷惑蒙ったと思ってんだ」
「そりゃわかるけどさ」
「確かに……ね」
 亮祐の棘のある言葉に、椿と純子は僅かに目を逸らした。
 自分たちの所業を思い出しているのかもしれない。
「で、でもね、長塚君。椿ちゃんと純ちゃんは」
「ああ、わかってるわかってる」
 再び庇おうとした千尋に手を振って制する。
「しかし、なんだって今更――」
 謝る気になったんだ? と訊こうとして、止めた。
 家族に言われたのかもしれない、千尋が説得したのかもしれない。もしかしたら、自分であれは悪いことをしたなと反省したのかもしれない。
 理由はわからない。
 しかし、謝ることになった切欠なんてどうでもいいと思った。
 重要なことは、この二人が謝りに来たということ。亮祐に罵られることも覚悟してきたのだろう。
 なら――それだけで、いい。
 それで、いい。
「長塚君……二人を――許してあげてほしいんだ。お願い。もう二度とこんなことしないって言ってるし――」
「それは小笠原さんがいうことじゃないだろ」
「あ……ごめんなさい、そうだよね……」
 言い過ぎたとわかったのか、千尋は僅かに顔を伏せると一歩下がった。
「ちっひーは下がってていいよ。長塚の言う通りだし。……ねえ、長塚」
「……何だ?」
 椿の強い声に、顔をそちらに向ける。
「改めて謝るね。ごめんなさい。本当に申し訳ないことをしました。二度とこんなことはしません」
「…………」
「私も改めて謝るわ。軽い気持ちであなたを苦しめて傷つけました。本当にごめんなさい。二度とこんな愚かなことはしないと約束します」
 椿と純子は再度謝罪の言葉を口にすると、同じように頭を下げた。
「……わかった、その謝罪は受け取るわ」
 亮祐はほっと軽く息を吐き、頭を上げるように言った。
「許してくれるの?」
「もうだいぶ時間経って気持ちも落ち着いてきてる。……それに、ちゃんと謝ってもらったからな、これ以上ウジウジ言う気はないよ」
 いつまでも恨むのも詰まらないだろう。
 この謝罪は、きっと二人を許す切欠になることは間違いない。
 以前にも、「謝ってもらわなければ許せない」と千尋に言ったことがある。逆に考えれば、謝ってくれさえすれば、許すといえるのだから。
「ありがとう」
「感謝するわ」
 亮祐が許すと言ったことでほっとしたのか、ようやく二人はわずかに笑みを見せた。
「ああ。あ、言っとくけど、あの南雲だっけ、あいつは許さねえよ? 一言も謝罪の言葉がないんだから」
 釘を刺すつもりで告げる。
「ああ、それは仕方ないでしょ。あたしも璃々を許せとまで言わないよ」
「私も同じ。璃々に関してはそっとしておいたほうがいいから」
「ふーん。やっぱそうなのか……」
 千尋も言ってた通り、相当厄介な女の子らしい。
「まあね。……と、昼食べそこねちゃう。戻ろう?」
「そうね」
「うん、もどろっ。長塚君、行こ」
「わかった」
 謝って気が楽になったのか、椿と純子の足取りは軽く、とっとと先を行ってしまった。。
「何なんだ、おい」
 その姿に思わず苦笑。
「あ、ごめんね、長塚君。椿ちゃんと純ちゃん、きっとほっとしたんだと思う」
「そうみたいだな」
「うん。でもね、長塚君」
「ん?」
 千尋は亮祐を見上げ、ニコッと笑った。
「二人を許してくれてありがとう」
「謝ってもらったからね」
 小さく肩をすくめると、千尋も小さく笑い。
 二人は先を行く椿と純子を追いかけた。


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