掃除を終わらせた亮祐たちは、千尋の話をもっと聞くべく、ファーストフードの店に寄っていた。
「詳しくって言われても……。さっき言った通りだよぉ。真壁先生から『大事な話があるから屋上に来い』って言われて、行ったら告白されて。でも断った。それだけだよ?」
 ジュースを一口飲んだ千尋は、少しだけ唇を尖らせた。
「それだけって、なあ。教師に告白されるってだけでも、相当衝撃的な体験じゃね?」
 英治が同意を求めて、亮祐たちに顔を向けた。
「まあ、な。普通は告白自体ないだろ、教師からなんて」
 亮祐が同意すれば、残りの二人も、
「そうだよなあ。仮に惚れちゃったとしても、そこはグッと堪えるのが教師でしょ」
「どうしても我慢できないって言うんなら、その子が卒業するまで待つか、それこそ教師辞める覚悟じゃないと」
 学校自体の問題になる可能性が高い。
 上層部は過剰とも思える対応をすることだろう。
「あ、長塚君、本当に断ったんだからね? 私が好きなのは長塚君だからね!?」
「いや、それは心配してないけど」
「良かったあ」
 ほっとした表情の千尋に、亮祐は小さく頷いた。
「でも、小笠原さんが告られて、真壁が振られたことを考えると……」
 英治が亮祐と千尋、お試し期間中の恋人を見やる。
「長塚への嫌がらせ」
「嫉妬から来る八つ当たりだね、間違いなく」
「やっぱりかあ……」
 正直、その可能性は考えたくなかった。
 だが、あの言動を鑑みれば、そうとしか思えないわけで。
「ど、どうしよう……。長塚君に酷いことしないでください! って言ったほうがいいのかな……?」
 千尋がオロオロと亮祐と英治たちを交互に見た。
 が。
「それ、逆効果」
「一層真壁の長塚に対する風当たりが強くなるよ」
「放っておくのが一番だと思うなあ、私は」
「そ、そうかな。でも、真壁先生のしたことって職権乱用だよね? いいのかな」
「確かに乱用だけどさ、俺らが何言っても無駄じゃないか? 無視すんのが一番いいと俺も思う」
 亮祐の意見に、英治たち三人も頷いた。
「そうだな、それがいいだろ。どうせリョウが小笠原さんと付き合ってるとか聞いて、嫉妬したんだろ」
「だな。『自分が振られたのに、あんであいつが!?』とか思ってんだろうね。そもそも、教師が生徒に告白ってのがおかしい」
「男の嫉妬って怖いねー」
 穂乃果が言った台詞になぜか清が反応。
「いや、女の嫉妬の方が怖いね! 断言する!」
「何よ、キヨちゃん! 私が嫉妬深いって言いたいの!?」
「そう思うんなら、そうなんだろうよ!」
「何よ!」
「何だよ!」
 何故か喧嘩を始めた二人に対して、亮祐がボソッと。
「カップル喧嘩は犬も食わない……」
「夫婦喧嘩だろ……」
「夫婦喧嘩だよぉ」
 冷静に英治と千尋が突っ込んでいた。

〜合縁奇縁のミルフィーユ〜
26話 小悪魔な女神?

一通り舌戦を繰り広げて満足したのか、清と穂乃果が大人しくなったので、話を再開。
「とにかく、真壁が何やら言い掛かり付けてきても、原則無視ってことで。リョウも変に言い返すなよ? リョウが言い返すと、優越感からの見下し発言に聞こえるからさ」
「俺はそんなつもりはないんだが」
 そもそも、人を見下したことなんてない。
「お前がそうでも周りはそう見ないの。小笠原さんに惚れられてるってだけでも、周りから注目浴びるんだから」
「確かにね。長塚君が羨ましくて羨ましくて仕方ない生徒なんて、掃いて捨てても足りないくらいいるんだから。気を付けなよ?」
「闇討ちとかされんなよ?」
「お前らは俺を励ましてるのか、困らせたいのか、どっちだよ……」
 亮祐は友人三人を半眼で睨んだ。
 どうも、この三人は亮祐たちを心配していると言うよりも、傍観者として愉しんでいるように見える。
「心外ダナー」
「こんなにも心配シテイルノニ」
「それこそ失礼シチャウワー」
「その半端な棒読みはなんだ!」
 亮祐は頭を抱えた。
 間違いない、英治たちは確実のこの状況を愉しんでいる。
 もちろん、心配してくれているのも間違いないのだが。
「あはは!」
 それを見ていた千尋が堪え切れないとばかりに吹き出した。
「……何さ?」
「ううん。仲いいなあって思って。えへへ」
「ま、オタクな俺らに関係なく付き合ってくれる貴重な二人だからな。感謝してる」
 亮祐は清と穂乃果を見てから、英治とニヤッと笑った。
「オタクだからとか関係ないっしょ。ただ、アニメが大好きってだけじゃんか。それで差別とかするほうが変なんだよ」
「そうそう。女の子だって、アイドル大好きで追っかけたりする子大勢いるのに。そういうのだって十分にオタクでしょ? 人の趣味にあれこれ言うほうが間違ってるわね」
 友人カップルは、何を当然なことを、とばかりに肩をすくめた。
「うん……。そうだよね。オタクな人とだって仲良くなれるもんね。大丈夫だよね」
「? 何が?」
 千尋の台詞に首を傾げるが、「何でもないよ」と教えてくれなかった。
「ふーん。仲良くなれるかどうかはわかんないけど、一般人の方は受け入れる用意が、オタクの方は趣味を押し付けないという前提は必要だけどね。ある程度の距離感は大切だよ」
 こればかりは、お互いの歩み寄りとしか言いようがない。
「うんうん。でも、長塚君は押し付けたりはしないよね?」
「ねえよ。無理に理解してもらうこともないからなあ。小笠原さんにだって、押し付けたりはしてないだろ?」
 自分がどういう人間かをわかってもらうために秋葉原へは連れ出したが、それだけだ。自分の趣味に染めようとなどは微塵も思ってはいない。
「わかってるよ、長塚君優しいもん。……でも、それならきっと平気だよね……ううん、絶対大丈夫!」
「イヤ、だから、何が大丈夫なんだ?」
「え? あ、あはは。秘密だよー」
 もう一度訊ねてみるが、やっぱり教えてはくれなかった。
 これでは諦めるしかなさそうである。
「でも、明日になればわかるかな。楽しみにしてて。びっくりすると思うから」
「なんだ、そのびっくりって。そこはかとなく不安に思うんだけど!?」
「だから、な・い・しょ♪」
 珍しく悪戯っぽい笑みを浮かべて、千尋は亮祐の疑問を見事に受け流したのだった。


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