璃々の家の内部は、外観にふさわしく、豪奢なものだった。
 分厚い絨毯、そこかしこに置かれた品のよい調度品、いくつあるんだかわからないほどの部屋……。
 歩いているだけで、眩暈がしてきそうなほどだった。
「うおおお。中もやっぱりすげえ……」
「ここ、本当に日本か? 異世界に入り込んでないか、俺ら?」
「そんなわけないでしょうが。ちゃんとその目開いてるのかしらね」
「でも、本当にすごいお屋敷だよねー。何度来てもびっくりしちゃうもん」
 亮祐と英治が感嘆の声を漏らし、案内する璃々が突っけんどうに返し、千尋が素直な気持ちを話す。
 ちぐはぐだが、どこか微妙に噛み合っている会話だった。

〜合縁奇縁のミルフィーユ〜
 3話 呆れた二人(笑)

 しばらく歩き、ようやく璃々の部屋に到着し、既に来ていた椿、純子と談笑した後、勉強開始。
 今度実施されるテスト範囲を中心に、各々の得意科目を苦手な相手に教えていく図式を取った。
 ――ちなみに。
 亮祐は古典、日本史が得意、千尋は全てが可もなく不可もなく、英治は現代文。
 璃々は物理が若干苦手以外は優秀、椿は全てが赤点ギリギリ、純子は理数系はドンと来い。
 当然のことながら、このメンバーの中では璃々は断然優秀なので、椿の相手は基本的に璃々がし、文系が得意な亮祐と英治が純子のフォロー、逆に純子が理数系を二人に教える。
 千尋は亮祐にくっついて、一緒にお勉強。
 こういう形になった。
「住友さん、指示語の示している内容は、基本的に指示語よりも前にあるんだ。ある文章を『それ』『あれ』とかに集約しているからね。それを探さないと」
「探すといわれても……。国語って何で答えがひとつじゃないの?」
「人が書いているものだからなあ。作品で何を言いたいかなんて、、作者しか本当のところはわからないし。こっちは『こうなんだろうな』と予想しているに過ぎないもん」
 だからこそ、研究者がいるわけなのだが。
「つまりはただの想像ってこと? 数学みたいにビシッと答えを決めてほしいわね」
「その想像するのが楽しいんじゃないか。作者はどんなことを思いながら書いたのかなーとか、主人公に共感したり。後は――」
「後は?」
「ヒロインの可愛さに悶えたり!」
「悶えるな!」
 サムズアップして堂々と答えたら、純子から消しゴムが飛んできた。
「ぐえ」
 見事にクリーンヒットし、亮祐は崩れ落ちた。
「全くもう……。こっちは真面目にやってるんだから、ふざけないでほしいわ」
「別にふざけてはいないんだけど……」
 むくりと起き上がり、額を撫でつつ抗議したが、純子は素知らぬ顔。
 やれやれとばかりに、今度は同意を求めるべく千尋に顔を向けたが、ふんっと顔を逸らされた。
「?」
 何故そんなことをされたのかわからず、もう一度千尋を見やるが、再び顔を逸らされてしまった。
「おーい。何でこっち見てくんないのさ」
「べぇーだ。亮祐君は純ちゃんと仲良くお話ししてればいいじゃない」
「……は?」
 ぶすっとした声と顔で言うと、千尋は教科書を黙々と読み始めた。
「おーい? 千尋ちゃーん?」
「…………」
「千尋ー?」
「…………」
 二回ほど呼びかけるが、全くの無反応。
「千尋ってばー」
 何かしたかな、と内心首を傾げつつ、改めて呼んでみる。
 と。
「ふーんだ。彼女放っておいて平気な顔してる彼氏なんて、私知らないもん」
「……え?」
「彼女の眼前で他の女の子と仲良くできるデリカシーのない彼氏なんて、私知らないからっ」
 じろっと睨まれ、そこでようやく千尋の不機嫌な理由を亮祐は理解。
「あ、いや! そんなつもりは全くないんだって! 住友さんに勉強教えてただけじゃん」
 慌てて弁解するが、千尋の表情は変わらず。
「つもりがなくても、私が嫌なの!」
「あ、うん。でも、別に俺は……」
 他意があったわけじゃないと思い、純子に助けを求めるべくそちらを見るも、肩すくめられ。その上、それまで黙っていた璃々が大げさにため息をついた。
「全く。本当にデリカシーのない男ね。こんなのがなんで小笠原さんの彼氏なのかしら。――小笠原さん、今からでも遅くないから、別れたら」
「いや、ちょっと……」
 そこはさすがに話が飛躍しすぎだろう、と思った矢先。
「それはダメっ!」
「え?」
「へ?」
 千尋が叫ぶように言い、ぎゅうっと、亮祐の腕に抱きついてきた。
「私は別れないもん! 今のはちょっとヤキモチ焼いただけだもん!」
「あの、小笠原さん? そこまで重く考えなくても……。今のはほんの軽口……」 
 璃々が困惑した口調で呟き、亮祐や椿たちもうんうんと頷いた。
 一方、千尋はむ〜と口を尖らせ、軽く亮祐を睨んでから腕を放した。
「そんなのわかってるけど……。でも! 私は亮祐君が大好きだから、不安になるときがあるの」
 それを聞き、亮祐は思わず千尋の頭をヨシヨシと撫でていた。
「大丈夫。俺も千尋が大好きだから。今のは俺が無神経だった。ごめんね」
「……うんっ」
 一転して笑顔になった千尋と笑いあっていると――。
「あちーあちー」
「あれー? 今季節って夏だっけー」
「むしろ、ここは日本かしらねー」
「ナガツカ……アトデコロス……」
 という周囲からの声。
「あ……」
「う……」
 呆れの視線と殺意の籠もった視線を受け、亮祐は羞恥と寒気に身震いし、千尋は恥ずかしさで真っ赤になったのだった。

 少女は眼前に置かれた写真と携帯の写メを見て頷いた。
「おっけー。依頼了承したわ。あなたの言うとおり、このカップルを崩壊させればいいわけね」
「――――」
「ふふ。簡単なことよ。この男を落とせばいいだけの話。チョロイもんよ。ま吉報を待ってなさいな」
 前金として置かれた封筒の中身を確認し、バッグに仕舞うと、少女は颯爽と去っていた。
 残された人物も口の端を挙げ、厭らしい笑みを浮かべると、ゆっくりと去った。


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