昼食後、店から出ると、千尋は満ち足りた笑顔を見せた。
「うう〜ん、美味しかった。いきなり居酒屋さんに連れていかれた時はどうしようかと思ったけど」
「驚いたろ。ランチやってる居酒屋はそんなにないしね」
「うん、びっくりしちゃった。でも、どうしてランチやってるんだろうね?」
「さすがに今のご時勢、居酒屋だけでは厳しいんじゃないの? 居酒屋のノウハウ使えば定食メニューなんて楽勝だろうし、気楽に入れるし、味もいいし。いいアイデアじゃない?」
 値段も手頃、ご飯のお代わり自由。味もかなりいい。
 結構な穴場だろう。
「やっぱり秋葉原に詳しいね、長塚君」
「オタクですから。その辺はお任せを」
「あはは」
 
 その後、新しく出来たビルに入り、格安ショップの洋服を見たり、アイスクリームを食べたり。千尋に「今度、洋服を見立てさせてね」と約束させられたり――普通にデートとして、楽しんだ。
 最後にクレーンゲームで遊び、午後六時を回った辺りでお開きにした。
「今日は悪かったね、色々と連れ回したりして」
 駅構内で軽く頭を下げる。
「ううん、そんなことないよ。長塚君のことがわかったし、私も楽しかったし」
「そう言ってもらえると助かるけどな」
 全く嫌味を感じさせない千尋の言葉に、亮祐の表情も柔らかくなる。
「えへへ。……あ、電車が来たみたい。それじゃ長塚君、今日はありがと。また明日学校でね」
「ああ。また明日」
 軽く手を上げて挨拶すると、千尋も笑顔で手を振ってから自分の乗る電車のホームへと駆けていった。
「……さ。俺も行くか」
 千尋とは反対方向のため、ここで別れたのだ。
「今日で終わりかな」
 そんな予感があった。
 初デートで秋葉原。しかも亮祐の趣味全開。
 そうなればどうなるか。千尋はどう思うのか。
 考えなくてもわかろうというものだ。
 一応楽しんでいたようには思えたが、内心、どう思っていたのやら。
「ま、明日になればわかるわな」
 一度千尋の駆けていったほうを見て――肩をすくめる。
 そして、振り返らずに歩いていった。

〜合縁奇縁のミルフィーユ〜
19話 少女は強かった

 翌日の昼休み。
 亮祐は机のフックにかけていたコンビニの袋を持つと立ち上がった。
「リョウ。今日も別か?」
「いんや。今日から俺もここで食う」
 声をかけてきた英治に袋を見せる。
「コンビニで飯も買ってきた」
「オッケー。じゃ、一緒に食おうぜ」
「ああ」
 そこに清と穂乃果も加わり、机を並べて腰掛ける。これが基本的な昼食のパターンだった。
『頂きます』
 礼儀正しく手を合わせてから各々食べ始め、穂乃果は甲斐甲斐しく清にお茶を汲んでやったりもしている。
「なあ、ところでリョウ。お前、ここ数日どこで飯食ってたんだ?」
「あ、それ俺も気になるわあ。昼休みなった途端、どっか行っちゃうんだもんなあ」
「私も気になる気になるー」
 三人に問われたが、亮祐は首を振った。
「ワリ。今はまだ言えないわ。もうちょっと経ったら言えると思うから、もう少し待ってくれ」
 千尋と昼食を共にしていたことは、まだ言うには時期尚早だろう。ラブレター事件からまだ日も経っていないし、かの美少女の手作り弁当を食べていたと知られれば、大変面倒なことになるのは間違いない。
 義理立てする気などはないが、曲がりなりにも「好き」と告白してくれた千尋のことを思えば、しばらく黙っていたほうがいいだろう。
「ふーん。ま、そんならそのうち話してくれ」
 英治が何かを察したのか頷いてくれ、清と穂乃果も了承してくれる。
「本当に悪い。でも――」
 必ず話すから、と言いかけたその時。
 ダダダダダッ!
 誰かが、それも全速力で廊下を走っている音が聞こえた。
「? 誰だ、走ってんの? 見つかったら大目玉だぞ?」
「こっちに来てるね」
 当然のことながら、廊下を走るのは禁止されている。だが、走る者がどうしてもいなくならないため、教師に叱られる者が後を絶たない。
 一体誰が、と思っていると、開け放たれているドアから一人の少女が飛び込んできて、開口一番こう言った。
「ごめん! 長塚君、まだいる!?」
「……リョウ?」
「長塚?」
「長塚君?」
「……オイ」
 一緒に食事を食べ始めた矢先の三人はもとより、クラス中の視線が亮祐に集中する。
 だが、亮祐はそんなことに構っていられる精神状況にはなかった。
「な、なん、で」
 金魚の用に口をパクパクさせて、それだけを搾り出す。
(な、何で――!? 何でここにいるんだ!?)
 亮祐の目がドアの所の少女に注がれ、頭の天辺から爪先までを何度も往復する。しかしそれで霞の如く消えるわけもなく、少女も亮祐の心の内に気付くわけもなく。亮祐を見つけて、「よかったぁ、まだいてくれた」と嬉しそうな微笑みを浮かべるのみ。
 本当にどうしてここにいるのか。昨日で終わったのではないのか。
 その証拠に昼食時には必ず来ていたメールが今日に限ってなかったではないか。図らずも何度となく着信がないか確認してしまった携帯電話。全く着信もメールもないので、センターに確認してしまったくらいなのに。
 しっかりと、それがないことを確認したからこそ、『終わった』と思っていたのに。
 それが、なぜ――!?
「ごめんね、ついつい連絡し忘れちゃって。学食とか行かれちゃってたらどうしようかと思っちゃった。でも良かった、いてくれて」
 手にしていたトートバッグから弁当箱を差し出し。
「はい、お弁当。……一緒に食べよ?」
 そう言って、千尋はニッコリ笑った。
「…………」
 男であれば、誰であろうと魅了されそうな笑みの千尋に亮祐はただ沈黙し。
 代わりに。
『えええええええええええええええええええええええっ!!!?』
 クラス中から、絶叫とも悲鳴とも取れる声が上がっていた。


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