……イタイ。
 物凄く痛い。
 体中にこれでもかというくらい突き刺さる視線が。殺意を籠められて送られる視線が。
「何でこんな目に……」
 思わず愚痴ると、対面に座る清がニヤッと面白そうに笑う。
「そんなこと言うもんじゃないよ、長塚。小笠原さんの手作り弁当を食べられるだけ、幸せの至りと思わなきゃ」
「坂もっちゃんよぉ……。俺のこれからの苦労、考えてねえだろ!? 絶対に面白がってんだろ!?」
 ジト目で睨むと、清は心外だと言う表情を作り、
「いやいやいや。そんなこと……あるに決まってるじゃん♪」
 先程よりも嫌らしくニタリと笑った。
「お前なあ……」
 完全にに遊ばれている。助けを求めて英治を見れば、穂乃果、千尋と顔を突き合わせて話し込んでいた。
「へえ。まさかそんなことにねえ。全然気づかなかった」
「全くね。つまり、この数日の長塚君の行動はそういうことだったわけだ。へえ」
「え、あ、うん。私とお昼食べてたの」
 興味津々で相槌を打つ二人に、千尋ははにかみながらもそんなことまで話さなくてもいいだろ的なことまで話している。
「…………」
 亮祐はこっそりと嘆息した。

〜合縁奇縁のミルフィーユ〜
20話 半公認?

 あの「お昼一緒に食べよ」発言の後、クラスのパニックを余所に英治、清&穂乃果連合軍は、亮祐の意見など全く馬耳東風状態で一緒に食べることを了承。机を勝手に補充した上に亮祐の隣に問答無用で座らせたのである。
 そして、何事もなかったかのように頂きます、と相成った。
 だが、三人+千尋にとっては良くても、亮祐にとっては問題ありまくりである。
 千尋と昼飯(しかも手作り)を食べていたことはクラス中にバレた。すぐに学校中に広まるだろう。そして、その理由が罪滅ぼしならまだ救いがあるが、千尋が亮祐に恋心を抱いているからだということ。
 最初の一つだけでも学校中から狙われるには十分過ぎるのに、二つ目まで広まったら、亮祐の命の保証がない。比喩表現なしで。
 そんな心境など露知らず、千尋は英治たちと和やかに会話している。
「俺の気持ちも考えてくれよ……」
 それを横目で見つつ、はぁ、とため息をつくと英治からポンポンと肩を叩かれた。
「そんなに暗い顔してるなよ。小笠原さんと飯食ってるんだぜ? もっと楽しめって」
「俺の今後を考えてくれ、頼むからっ」
「大丈夫だって。小笠原さんだって、はっきりリョウが好きだって言ってんじゃん。ね、小笠原さん、そうなんでしょ?」
 ケラケラと暢気に英治が笑い、千尋に話を振った。
「え、うん。……好き、です」
 先程の会話ですっかり余すところなく聞き出された千尋はもう誤魔化すこともなく、素直に亮祐に対する感情を真っ赤になりながらも吐露した。
「ひゅう!」
「わお」
「言うねえ」
「……おーい……」
 こんなにも人がいる中で爆弾に火を付けるのはやめてもらいたい。
「それにしても」
「あん?」
 英治が亮祐と千尋を交互に見やり、首を傾げた。
「まさか、小笠原さんがリョウのことを好きだとはねえ。今でもちょいと信じにくい。……なあ?」
 清と穂乃果にも同意を求める英治。求められた二人は顔を見合わせたが、すぐに頷いた。
「うんうん。あんなことがあった後だしさあ」
「最初は私も疑ったけどね。でも、毎日お弁当作ってくれてるんでしょ? 好きでもない人にできないよ、そんなこと」
「いや、まあ、そうかもしんないが……」
「この幸せ者め。ちょっとは俺にも分けろ。つ〜わけで、その唐揚げ俺にも一個寄越せ」
「はいはい……」
 どちらかといえば――いや、明らかに千尋の味方となっている三人に亮祐は孤独を感じつつ、唐揚げを一個、英治の弁当箱に放り込んだ。
「よしよし。それにしても、よ」
「何だよ?」
「せっかく『付き合ってほしい』と言われてんのに、何でそんな賭けするかねえ?」
 大袈裟にため息をつく英治に、亮祐は肩をすくめてみせた。
「別にいいだろうが。そもそもお前は俺以上に怒ってただろうに、何で小笠原さんの味方になってんだよ?」
「ああ、それ? 確かにあん時はそうだったけどよ。小笠原さん、ちゃんとリョウに謝ったんだろ? それにリョウも小笠原さんを許した、と。当事者同士で話がついてるんなら、俺が口出すわけにゃいかんだろーよ」
「ありがとう、高見沢君」
「いいって、いいって。しかしまあ、一ヶ月限定の関係、ね。小笠原さん、頑張れ」
「うん、頑張るよ」
「お前もかぁ! 英治ぃ!?」
 亮祐は目を剥いた。
 最早、シーザーのノリである。
「あのな。こんなにもいい子が頑張ってるのに、応援しないでなんとする。なー、坂もっちゃん、阿部さん」
 同意を求められた二人は、すぐさま「まあね」「当然でしょ」と頷いた。
「ぐっ。俺一人孤立かよ。つーかさ、小笠原さん。昨日の秋葉原で俺のこと嫌になったりはしなかったのか!?」」
 それが不思議である。普通なら、呆れるほどに引いて然るべきなのに。それなのに、千尋はそれをおくびにも出さずにここにいるのがわからない。
「そお? 私は楽しかったけどな。長塚君のことを色々と知ることが出来たし……第一、好きな人とデートして楽しくないわけがないじゃない」
 千尋は「変な長塚君」と不思議そうに首を傾げるばかりで、亮祐の葛藤など意にも介していないようだった。
「マジか……」
 呻くと、英治が先ほどとは打って変わって真面目な顔つきになり、千尋を見た。
「とはいえさ、リョウの懸念もわからないじゃないんだけど。オタクとの付き合いって色々とあるし。小笠原さんはその辺をどう思ってる?」
「私は本当に長塚君のことが好きだから。私が降られることはあっても、振ることはないって思ってる。だから――」
 そこまで言い、千尋は亮祐に顔を向けてニコッと微笑み、
「一ヵ月後も好きでいる! これは絶対だよっ」
 力強く宣言した。


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