「!?」
 その強い声音に、亮祐は無意識に身を引いていた。
「私の長塚君への想いを馬鹿にしないで!」
 こちらを睨んでいる千尋の声は、怒気を孕んでいた。
 何で怒る? と思いかけたが、すぐに理解した。
 ……怒るのは当然だ。好きな人への感情をあっさりと否定されたのだから。
(俺も同じことをしちゃったのか……)
 人の心を踏み躙る――先日されたことを、自分も千尋の対してしてしまったのだ。
 これでは南雲璃々と同じ穴の狢だ。あの主犯の少女と。
 亮祐は自信を恥じ、静かに頭を垂れた。
「ごめんなさい」
「私は本気で長塚君と――はえ?」
 いきなり謝られてたのでびっくりしたのだろう、千尋は頭を下げる亮祐の姿に目を丸くした。
「悪かった。小笠原さんをバカにするようなことを言って」
「え、あ、うん。わかってくれれば……」
 立て続けに二回も謝られて毒気を抜かれたらしく、千尋もどうすればいいのかわからないようだった。が、すぐに疑問を思いついたらしく、小首を傾げて口を開いた。
「ねえ、訊いていい?」
「いいよ、どうぞ?」
「どうして――あんなこと言ったの? 付き合うのはやめとけって」
 千尋の視線が落ち着きなく揺れる。
 この質問をするのには、かなり勇気がいったに違いない。振られた相手に答えを求めているのと同じなのだから。
「それはだな。俺がオタクだっていうのは知ってるよな?」
「うん、知ってる」
「それでだ。俺がオタクだからだ」
「……意味がわからないんだけど?」
 首を傾げる千尋に、亮祐は人差し指を立てた。
「俺はアニメオタクだ。そんな俺と付き合ったら、アニメの話とかゲームの話とかを相当することになる。そういったジャンルの話が半数は占めることになるよ。そうなる自覚があるんだ。普通はそういう話はそこまでしたいもんじゃないでしょ。最初はよくても、すぐに嫌になるに決まってる。だからだ」
 半分脅しのつもりで言った。さすがにこれだけ言えば、千尋も引くだろう。
 そう思った、思ったのだが。
「へー、半分か。思ったよりも低いんだね、割合」
「へ?」
「私は七割――ううん、八割はそういう話はするもんだと覚悟していたんだけどな」
 平然と――千尋は笑って返してきたのだった。

〜合縁奇縁のミルフィーユ〜
10話 ギャンブラー?

「な、何で平気なツラしてんの……?」
 普通だったら、いや、ある程度の理解があったとしても、顔をしかめるものだと思うが。
 それなのに、なぜ千尋はニコニコとしていられるのだろうか。
「だって、長塚君のこと好きだもん。言うじゃない、『あばたもえくぼ』って」
「…………」
 答えを聞き、亮祐の肩に疲れがドッとのしかかってきた。
(だ、ダメだ……。全然引く気ないよ、この子)
 どうすればいいのだろう――『あばたもえくぼ』というのが若干引っ掛かるが――脳裏に千尋と付き合っちゃおうかという考えも過ぎるが、すぐに打ち消した。
 どうせロクなことにはならないのだし。
「私は長塚君がアニメオタクでも平気。気にしないから。だからね、だから――私と付き合ってください」
 真剣な表情に戻り、千尋が真っ直ぐ頭を下げる。
 だが、亮祐は首を縦には振らなかった。
「しかし、なあ……」
 呻いて、亮祐は額に手をやった。
 正直、ここまで想われているのは凄く嬉しい。しかし、予測もできるのだ。仮に付き合ったとしても、短期間で関係が破綻することが。
 言葉を濁しに濁す亮祐に痺れを切らしたのか、千尋の頬がむぅと膨らむ。
「じゃあ三ヶ月!」
「はい?」
「三ヶ月間、私とお試しで付き合って」
 いきなり、千尋はそんなことを提案してきた。
「何ですと?」
 意味がわからず、亮祐は首を捻った。
「上手く行くかどうか疑問だから付き合うのを躊躇っているんでしょ? だったらさ、期間限定で付き合ってみようよ。ほら、バイトとかでもあるじゃない? 試用期間ってやつが」
「それで三ヶ月?」
「そ。三ヶ月あればお互いのことも大体わかるでしょ? 丁度いいかなって思って」
 だが、亮祐は千尋の提案に首を振った。
「一ヶ月」
「ほえ?」
「三ヶ月は長すぎる。一ヶ月で十分だよ」
「え〜? 何でよぉ。一ヶ月は短いよ、三ヶ月でいいじゃない」
 提案の三分の一ではやはり不満らしく、千尋の表情にそれがありありと出ている。
「そんなことはないさ。一ヶ月でも十分だと思う。さらに言わせてもらえば、一ヶ月どころか、一週間で事足りる」
「……一週間で私が愛想尽かすっていうのね?」
「ああ。断言する」
 愛想を尽かされるのを断言するというのも変な感じだが、亮祐はキッパリと言い切り、力強く頷いた。
「――いいわ。一ヶ月で」
 しばしの間考えを纏めていたのか、目を閉じていた千尋はやがてスッと開くと、じっと亮祐を見た。
「オッケ。なら、そういうことで――」
「その代わり」
「んあ?」
 遮られ、亮祐は間の抜けた声を出した。
「一ヶ月経っても私がちゃんと長塚君のことを好きでいたら――ちゃんと私と付き合って」
「な!?」
「当然でしょ? 長塚君はすぐに私が愛想を尽かすっていうのに、それを乗り越えるんだからご褒美があっても。ね?」
 にっこり笑う千尋。その笑みには結構な強かさが見える。隠れているのは、自分の想いは決して崩れないという自信の表れ。
「それは」
「いいでしょ?」
「いや、でもさ」
「い・い・よ・ね?」
 笑顔のまま要求を繰り返してくる千尋に、亮祐はこれ以上、抵抗する術は持っていなかった。
「わかった、それでいい」
「あは♪ それじゃ決まりね。明日から一ヶ月、私と長塚君は『お試し』のお付き合いをする。それで、私が愛想を尽かしたらそれまで。逆に私がまだ好きでいたら正式に彼氏彼女になる。あ、もちろん、その時までに長塚君が私のことを好きになってくれたら、その時も付き合うんだからね?」
「理解はできるけど、その条件、俺にトコトン不利じゃない?」
 試用期間中に、自分が千尋を好きになったら付き合う、というのは当然だからわかるのだが、客観的に見て、これほどの美少女の誘惑を振り切るのはかなり難しいのではなかろうか?
「元は長塚君が言い出したことだよ。それくらいの不利は飲んで」
「はいはい」
 心外だという表情をする千尋に、亮祐は諦観のため息を吐いた。
「それとね」
 言いながら、千尋は何やら制服のポケットに手を伸ばしている。
「まだ何かあんのか?」
「だって仮とはいえ、これから付き合うんだから――」
 取り出したるは携帯電話。
「早速だけど、長塚君のケータイの番号とメアド、教えて?」
 そう言って、可愛らしく小首を傾げたのだった。


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