長塚亮祐は悩んでいた。
「ううん。どうしようか……」
 バレンタインデーの次のイベント。
 つまり、男性が女性に感謝と想いを伝える日。
 ホワイトデー。
「何をあげればいいんだろ……」 
 とにかく――長塚亮祐は悩んでいたのである。

〜合縁奇縁のミルフィーユ〜
ホワイトデーも楽じゃない! 前編

 できたてホヤホヤの彼女、小笠原千尋に上げるホワイトデーのプレゼント。
 何をあげればいいのか、さっぱりわからない。
 既にホワイトデーは明後日に迫っている。
「クッキー、マシュマロ……だけじゃダメだろうなあ……」
 机に置かれた雑誌を横目で見つつ、ため息を吐く。
『ホワイトデー特集!』と銘打たれたそのページには、ホワイトデーの相場や何が欲しいかなどの統計の特集が組まれており、これ幸いと読んではみたものの。
「読まなきゃよかったかもしんない……」
 クッキーなどのお菓子は添え物、本命はアクセサリーやブランド物のプレゼント。『それくらいは当然だよね〜』という女性談がいくつも載っていた。
 当然、そんな高額なプレゼントを買える余裕などあるわけもない。
「何か安くていいプレゼントないもんだろか……」
 こうなると、こういうことに全くもって疎い自分が恨めしい。
「よし、こうなったら、他力本願だ」
 亮祐は、訳のわからない決意を固めたのだった。

「……で、私に相談ってわけなのね。なるほど〜」
「お願い。一番に思いついたのが阿部さんだったから」
 亮祐は、掃除当番だった数少ない女友達の阿部穂乃果を拝むようにして頭を下げた。
「アドバイスくらいだったらするけど……。私じゃ何の参考にもならないと思うよ?」
「え? だって阿部さんだって坂もっちゃんにお返しもらったりするでしょ?」
 中学の時からのカップルなのだから、当然そういうイベントのやり取りはあるものと思っていた。
 しかし、穂乃果はあっさり首を振った。
「もらわないよ? 私もチョコは簡単に店で買った物だし。――ねー、キヨちゃん、ホワイトデーはさ、クッキーだけだよね、いつも?」
「んー? まあな。穂乃果が変にプレゼントはいらないって言うから、そうしてる」
 二人の向こうで掃除用具を片付けている坂本清もあっさりと答えた。
「あ、そうなの……。どうしよっかな……」
 頼みの綱と思った穂乃果がこれでは、本当に何の参考にもならない。
「つかさ、小笠原さんがそんなに高価なプレゼント望むとも思えないけどね。あの子の性格として、心の籠もった物なら素直に喜ぶでしょ」
「そっかなあ」
「そうだって。長塚君がプレゼント云々言ってるのだって、どうせどっかの雑誌の影響でしょう? そんなの鵜呑みにしすぎ。三倍返しだの、ブランド物以外はいらないだの……。そんなのは愛情=金額って考えてる馬鹿の言うことだよ。本気にしちゃ駄目だよ」
 同性をはっきり馬鹿と断ずる穂乃果。全く迷いがなかった。
「いいんかい、そんなこと言って?」
「別に。私は素直に言っただけだもの。確かにそういう考えを持つ人はいるし、高価なプレゼントあげる男の人もいるけど。少なくとも、小笠原さんはそんなの貰っても逆に戸惑うだと思うよ? 私はそう思う」
「…………」
 確かに、穂乃果の言うことは正論だ。
 千尋は高価なプレゼントを欲しがるような少女ではないし、高校生の身分でそんなのを無理にあげたとしても、喜ばれるどころか、変に気を遣わせるだけだろう。
「だからさ、そんなに難しく考えなくてもいいんじゃない? まあどうしても不安だって言うなんら、あの三人の誰かに頼んだら? プレゼント選び付き合ってもらうように」
「あの三人って、あいつら?」
『チーム千尋』の残りの三人。特にリーダー格の一人とは、今もって仲は良くない。
「そう。あの三人。一番友人として親しいのはあの子たちでしょ? 好みにだって詳しいだろうしね」
「あまり気は進まないんだけど……」
 亮祐は苦々しく呟いた。
 あの三人であれば、千尋の嗜好二だって詳しいだろうし、的確なアドバイスがもらえるだろう。だが、彼女たち――特にリーダーに頼むのにはいささか抵抗があるのもまた事実だった。
「四の五の言っても始まらないでしょ。嫌なら自分でどうにかしないと。そっちのほうがいいかもしれないけどね」
 穂乃果は少し意地悪な笑みを浮かべつつ、ヒラヒラと手を振った。
「それができてたら苦労はしないっての。――わかったよ、もう。腹括って頭下げてくる!」
 意地を張るのはやめた。
 可愛い彼女のためだ、虫の好かない相手にだって頭くらい下げてみせよう。
「はあーい、いってらっしゃーい」
「頑張ってこいよ〜」
 お気楽なカップルの声に見送られながら、亮祐はBクラスに向かった。

 ――数日後。
 その少女は、不機嫌であることを隠そうともせず、むしろ前面に押し出して亮祐を睨め付ていた。
「私が何であんたなんかと店巡りしなくちゃいけないわけ?」
「俺に言うな。俺だって不本意なんだよ。文句は本田さんか住友さんに言ってくれ」
 亮祐もつっけんどうに言い返して、セミロングヘアの少女――南雲璃々を横目で見やった。
「……全く。何でこんなことに……」
「それは俺の台詞だ」
 亮祐と璃々は、二人して大きくため息をついた。
(本当に。恨むぜ、本田さん……)
 この状況を作った本人へ、亮祐は小さく恨みごとを呟いた。


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