あの日――亮祐がホワイトデーのプレゼントを買うのを手伝ってもらえるよう、椿たちに頼みに行ったら。
「へえ。いいよ〜? どうせ暇だし。ね、純子?」
「ええ。アドバイスくらいならしてあげるわ」
 と言ってたくせに。
「私は嫌よ。長塚と出かけるなんて冗談じゃない」
 唯一、璃々が拒否した途端、椿と純子は顔を見合わせ――何やらニヤッと企んだ笑みをして。
「とにかく、今度の日曜に行こっか。色々と見て回らないとね」
「うん、お願いするわ。俺一人じゃ何を買えばいいか、よくわかんないから」
「おっけおっけ。じゃ、そーゆーことで」
 ――そんな感じで、快諾を得られたと思っていたのに。
 当日――つまり今日、待ち合わせ場所に行ってみると、そこには何故か璃々の姿。
「何でいるのさ?」
 怪訝に思って訊ねてみると、璃々は思いっきり嫌そうな顔をして何も言わずに携帯を亮祐に突きつけた。
 見てみればそれはメールの受信画面。
「これが何だよ?」
「いいから読みなさいよ」
 言われるままに読んでみれば、椿からのメール。
『今日、あたしも純子も予定が入っちゃったから、行けなくなった。代わりに璃々が行って。よろしくね。 ☆ツバキ☆』
「つまり、二人とも行けなくなったから、急遽南雲さんが来た、と」
「そうよ。なんか文句あるの」
「ないけど……。よく来たなって。俺となんて嫌だろ、あんた」
 とにかく璃々は亮祐を嫌っているのだから、親友に頼まれたからと言って素直に応じるとは思えなかった。はっきり言って、予想の斜め右を行っている。
「当たり前でしょ、嫌に決まってるわよ。だけど、仕方ないじゃないの。椿に『これはちっひーのためだよ。いいプレゼントを長塚ができたら嬉しいだろうなー、ちっひー。そのための手伝いなんだからさ』とまで言われたら! 小笠原さんの笑顔のためならあんたとだって出かけてやるわよ」
「……ご苦労様です」
 思わず拝んでいた。
 好きな子ためなら、一番嫌っている男とだって出かけるか。全くもってご苦労様である。
「うるさい。理解したならとっとと行くわよ。さっさと終わらせて帰りたいのよ、私は」
「へいへい。わかりましたよ、行きますか」
 肩をすくめ、亮祐は歩き出した。
 早く終わらせたいのはこっちも一緒だ――なんて、聞こえないように呟きながら。

〜合縁奇縁のミルフィーユ〜
ホワイトデーも楽じゃない! 中篇

 ずんずん歩く璃々に置いていかれないように付いていくと、チラッとこちらを見て口を開いた。
「それで、予算はどのくらい用意してあるの? それによって買える物も変わってくるわよ」
「ああ、一応、これくらい……」
 手の平を璃々に向ける。それを見て、璃々はフーンと小さく頷いた。
「五万ね。まあ、それくらいあればそこそこの物が買え……」
「なわけあるかっ。五千円だっ。無理をすれば一万くらいは出せるけど!?」
 高校生に五万のホワイトデーはないだろう。
 しかし、璃々はそうは思わなかったらしい。あからさまなため息を吐いて、やれやれと首を振った。
「情けないわね。それくらいも出せないなんて。せっかくブランドショップに向かってたのに。まあ、あんたになんて元から期待していなかったけど。いいわ、だったら予定変更ね」
 デパートのブランドショップに向かっていた足を止め、璃々は方向転換し、またずんずん歩き始めた。
「今度はどこへ行く気だよ」
「雑貨関係が充実してるセレクトショップ。そこだったら予算内でも何かしら買えるでしょうから」
「わかったよ」
 店の選択に関して亮祐は何も言えない。全くも門外漢なので、璃々の選択に委ねるほかはないのである。
 五分ほど歩くと、縫いぐるみから化粧品らしき物まで様々な物が陳列してある店が現れ、璃々はまようことなく入っていく。
「ここよ。後は自分で選びないさいね」
「選ぶ手伝いもしてくれんのか?」
 それを期待してたんだけど、と言うと、璃々はバカでも見るかのような目をした。
「あのね、私が選んだら『私からの』プレゼントになるでしょうが。『長塚亮祐からの』プレゼントじゃないと意味がないでしょう。小笠原さんにとっては」
「う、確かに……」
「全く。いいから選んでみなさい。店員に人気の品を訊いてもいいし。ホワイトデーのプレゼントであること予算を言ってピックアップしてみるのも悪くはないわ。いいから選びなさいっ。アドバイスくらいはしてあげるから」
「は、はいっ」
 急き立てられるようにして、亮祐は璃々に女の子が大半を占める世界へと放り出された。

 どれが千尋に喜んでもらえるのか――必死に考えるが、さっぱりわからない。
 縫いぐるみ、コスメ、アクセサリー……。それこそ星の数と思えるほどに多い商品の中から千尋へのプレゼントを選び出すのは、亮祐にとって不可能に近い。
 璃々に助けを求めようとして振り返っても――どこに行ったのか、姿が見えない。
「……店員さんに訊くか」
 ここはプロに頼る他あるまい。店の中でウロウロして時間を浪費するより遥かに建設的だろう。
「すみません、ちょっといいですか?」
 二十歳そこそこと思える女性の店員に声をかけ、プレゼントのことで悩んでいると伝えてみる。
「プレゼントですね。今だとホワイトデーの? お相手は彼女さんですか?」
「ええ、まあ。初めてのことなので、ちょとわからなくて……」
 送る相手は彼女――そんなことを言われると少々恥ずかしくなるが、それでも肯定の意を伝えると、店員はにっこり笑った。
「わかりました。お客様は高校生と思いますが、お相手も高校生ということでよろしいですか?」
「ええ。俺も彼女もそうです。一年生で」
「なるほど。失礼ですがご予算はどれくらいをお考えですか?」
「はあ、一応、五千円から一万円くらいで収めたいんですが……」
 もしかして少ないんだろうかと不安になりながらも答えると、店員は再びニコッと笑った。
「頑張りますね〜。充分ですよ。そうですね、初めてとすると、そんなに凝った物は送らないほうがよろしいかと――」
 店員さんはぐるりと店内を見回し、ひょいと中央に音符がデザインされた髪留めを手に取った。
「こういったライトな物も喜ばれますよ。変に高価な物をあげると萎縮してしまう方も多いですし。高校生でしたら尚更ですね。五千円が最低ラインでしたが、二千〜三千円くらいを見たほうがいいと思います」
「そうなんですか。意外だったな……。あの、化粧品とかはどうなんでしょう? 後、香水とかは?」
 一応、ネットで調べてきたことは調べてきたので、訊ねてみると、店員は微妙な表情を浮かべた。
「コスメと香水ですか? 悪くはありませんが、女性一人一人で愛用しているものは違いますし。ある人には凄く肌に合っても別の人には全然会わないということもままあります。香水もそうですね。いい匂いと思っても、ある人には鼻についたりしますから」
「となると、これはやめたほうがいいですよね。となると、何がいいかな……」
 候補として持ってきた二つをあっさり却下され、亮祐は眉間に皺を寄せた。
 値段も手頃で千尋にも喜んでもらえるプレゼント……途方もなく難しい。
「そんなにお悩みになられなくても大丈夫ですよ。お客様が彼女のためを思ってしっかり選んだ物なら必ずお喜びになりますから。私がいくつかアイテムを選びますので、彼女のイメージに合うものをお選びください。メッセージカードもお付けできますし、大丈夫です」
「そうですか、それじゃ、お願いします」
 店員の助け舟に幾分ほっとしつつ、亮祐はピックアップされる商品を真剣な目で眺め、じっくりと吟味し始めた。

 そんなこんなで三十分後。
 ようやく亮祐は、悩みに悩んで自分なりに千尋に喜ばれそうなプレゼントを選び出し、無事に購入した。
 メッセージカードも付け、『いつもありがとう』と感謝の言葉を書いて、一緒にラッピング。
 店員にお礼を言って、「彼女と仲良くしてくださいね〜」と励まし(?)の言葉を背に店を出た。
 すると、璃々が腕組をして待っていた。
「買い終わったの?」
「ああ……って、一体今までどこに」
「ここで待ってたのよ。あんたが一人で買わなきゃ意味ないから。で、ちゃんと買えたんでしょうね?」
 もしヘタレたら許さん! と言わんばかりの目で睨まれたが、亮祐は綺麗にラッピングされたプレゼントを掲げてみせた。
「ちゃんと買ったわい。心配すんな」
「あんたの心配なんてしてないわよ。もし買ってなかったりしたら、小笠原さんが不憫でしょうが」
 私が心配するのは小笠原さんだけよ、とさらっと言う璃々。
「あー、はいはい。そりゃご親切にどうも。それで、この後どうするんだ? お礼にファミレスくらいなら奢るぞ?」
 亮祐は付き合ってもらったお礼と思ったのだが、璃々はあっさりと首を振った。しかめっ面で。
「冗談じゃないわ。用事が終わったのなら帰る。じゃあね」
 言うが早いか背を向けて駅へと足を向けた。
「あ。ちょっと待て」
「何よ?」
 顔だけこちらを向いた璃々に軽く頭を下げた。
「ありがとな。感謝するよ」
「……フン」
 鼻を鳴らし、璃々は何も言わずに帰っていった。
「……ま、いいか」
 何となく笑ってしまう。
 なんやかんやと言いながら、ちゃんと付き合ってくれたのだから。


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