Simple Life

遠矢君の憂鬱
1話

 

 夏休みのある日。
 一夜は祖父の書斎から適当に見繕ってきた小説を数冊小脇に抱え、離れに戻ろうとしたところで姉の明日香に出会った。
 正直、一番苦手とする家族。

 もっとも、今まで何度となく開かれている姉弟限定のお茶会影響でその苦手意識が薄れ、関係が改善されてきてはいるが。
「あら、一夜さん」
「どうも」
 ぶっきらぼうに挨拶したが、姉は特に気にした素振りも見せず、一夜の手にしている本に目をやった。
「相変わらずの読書家ね。この分だとお爺様の蔵書をあと一、二年で読みきってしまいそうね」
「さあ。そん時になって見ないとわからんやろ」
「ふふ。それもそうね。……そうそう、一夜さん」
 戻ろうとしたところを呼び声で止められる。
「何ですか」
「今から出かけるから、お姉様にそう伝えておいてくれるかしら。夕食までには戻るつもりだけど――遅くなるようであれば連絡を入れるわ」
「わかりました、伝えときます」
 言ってから、一夜はまじまじと姉の格好を観察した。
 薄手のブラウス、膝上丈のミニスカートにスカーフを撒き付け、ブランド物のサンダル。
 高校生にしては大人っぽいコ−ディネートだったが、元々大人びた雰囲気の姉にはよく似合っている。
「それじゃあね、一夜さん。また千秋君を連れておいでなさい」
「……考えとく」
「ええ」
 姉はフフと微笑むと、軽やかな足取りで出かけていった。
 それを見送ってから身体の向きを離れへと向けようとして――ギョッとした。
 廊下の角から二番目の姉――茜がチョイチョイと手招きをしていたからである。
「何やってるんや、義姉さん?」
「いいからちょっと来なさい。話があるから」
「話?」
「そうそう。訊きたいことがあんのよ一夜に。だからちょっと私に付き合いなさい」
 そう言うと、姉は一夜の返事など待たずにスタスタと歩いていってしまう。
「……はあ」
 仕方なく、一夜は茜の後をついて行く。例えここで無視したとしても、すぐに首根っこを掴まれて付き合わされるに決まっているのだから、抵抗するだけ無駄というもの。
「ん? 居間に行くんやないのか」
「居間だとまだ母さんがいるのよ。ちょっとそれはまずいでしょ」
 てっきり居間に行くものだと思っていたが、姉が向かっているのは今とは別方向だった。
「まあ、それは」
 三人の姉の母からは蛇蝎の如く嫌われているから、用事がない限り行くことはない。
「でしょ。だから私の部屋」
「義姉さんの?」
「別にいいでしょ。姉弟なんだからさ」
 姉弟とはいえ、年頃の女性の部屋に男が入るのはいかがなものかとは思ったが、どっちにしろ入らされるだろうから、大人しくついていくことにした。
 姉の部屋に入ると適当に座っているように言われたので、平テーブルに着いていると、茜がトレイにコーヒーカップを二つ乗せて戻ってきた。
「さて、コーヒーでも飲みながら話そうか」
「……まるで尋問されるみたいやな」
「そんな大袈裟なもんじゃないって。訊きたいことがあるだけだっていったでしょーが」
「それわはかっとる。それで、何が訊きたいんですか」
 一夜は尋問をさっさと終わらせようと思い、すぐさま本題に入ることにした。
 まあ、たいしたことじゃないだろう。
 そう、タカをくくっていたのだが。
「ねえ一夜。あんた、明日香の彼氏が誰だか、知らない?」
 それはまるっきり予想外の方向から、一夜を直撃したのだった。


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