6話 本丸突撃!

 

一週間が過ぎた。
 そう、あれから――現生徒会役員による「東山瑛を生徒会長に強引にしちゃえ!」運動が始まってから、である。
「……フフ。もう我慢の限界だ」
 瑛は暗い笑みを浮かべながら、生徒会室へと向かっていた。
 この一週間はまさに激動の一週間だった。
 ビラ配り、各教室を回っての売込みから校内放送まであって、否が応なしに、全校から注目を集めてしまう。
 まるでモルモットのように「あれがそうか……」「何だかパッとしないね」「あれが次期生徒会長……」――etcetc。
 ヒソヒソと自分のことを噂されるのはいい気分のするものではない。
 それなのに、生徒会のとんでもない営業活動によって、どこにでもいる極々普通の生徒だった(はず)の自分が、今や一番の有名人となってしまい、学校のどこにいても周囲の視線に晒される羽目になってしまったわけで。
 それだけでも十二分に閉口するのに、ついには教師陣までもが「あれだけ頑張っているんだから少し考えてやったらどうだ?」と同情気味で、瑛に就任するよう遠まわしに言ってくる始末。
 最早逃げ場はないじゃないかと思うほどであった。
 そんなことが続けば、やはり結構精神にクルもので。
 さすがに疲れきり、「こうなったら直談判だ!」と生徒会室に向かっているのである。
 生徒会室に着き、一度深呼吸してから、ノックした。
「入りたまえ」
「失礼します」
 中に入ると、紅葉が一人で机に向かって作業をしていた。
「一人ですか?」
「まあな。それで? 来たということは、生徒会長になる気になったのか?」
 手を止めて顔を上げる紅葉に、瑛は首を横に振った。
「んなわけないでしょ。文句を言いに来ただけです」
「文句?」
 怪訝な表情になる麗人に、瑛はツカツカと近づくと手を机に叩きつけた。
「そうです、文句です! 何を考えてるんですか、あんな強引なことばっかりやって! 俺のことも考えてください! はっきり言って、迷惑です!」
 怒鳴り、紅葉を睨み付ける。
 だが、紅葉は全く動揺した素振りもなく、逆にじっと瑛を見つめ返してきた。
「そんなに迷惑になることをした覚えはないが。私たちは、この学校のために行動しただけに過ぎない。それを拒否するか否かは君次第だがな」
「十分に拒否してるんですよ! 止めてください、こういうことは。なんと言われようとも、俺は生徒会長になんかになる気はありませんから!」
「頑固だな、東山瑛」
「頑固とかそういう問題じゃないでしょ!」
 瑛はイラッとしながら、紅葉を睨んだ。
 紅葉は瑛の射殺されそうな視線にも動ずることなく静かに立ち上がると、丁寧な手つきでお茶を淹れ始めた。
「まあ落ち着きなさい。美味しいお茶だ、飲むといい」
「いりません!」
「そう言うな。せっかく淹れたんだ、無駄になるから飲んでくれ」
 コト、と置かれるカップと紅葉を睨むように見てから、瑛は椅子に座って手を伸ばした。

 ――言葉を交わすこともなくお茶を飲み干し、瑛は立ち上がった。
「それじゃ、話すこともありませんから、俺はこれで]
 踵を返したところで、声が掛けられる。
「せっかちだな。まあ待て、少し話を聞いてもらえないか?」
「今言ったように、こっちには話すことはないんですよ」
 煩わしげに振り返ると、紅葉が駄々をこねる子供を見るような表情で窓際に立っているのが見えた。
「自分の意思を貫き通すというのはいい。だが、それに拘って人の話も聞けぬようでは成長はないぞ?」
「む……」
 詰まる晶を見て満足げに頷き、紅葉は滔々と語りだした。
「確かに不躾な頼みだというのは重々承知している。だが、現状お前以外に頼める人材はいないのだ。生徒会というだけで二の足を踏むような輩ばかりだからな。 その点、お前は堂々と私と言い合いもしているし、自身の意見もはっきり言えている。評価するに十分過ぎるところだろう」
「でも、たったそれだけで」
「それだけのことが大事なのだよ、東山瑛。ほんの些細なことができるか否か――人の上に立つというのは、その『些細なこと』がきっちり実行できるかどうかだ。 別段、難しいことではない
「…………」
 思わず黙ると、紅葉は気を良くしたのかガラッと窓を開け放ち。
「お前もいきなり言われた上に、生徒会に何やら固定概念や偏見を持っているのかもしれないが、そんなものはすぐに吹き飛ばしてやろう。生徒甲斐の面々は皆素晴らしい者たちだから、きっとお前もやりがいを感じるはずだ! もう一度言うぞ、東山瑛。ここの生徒会長となって、一緒に学園を盛り上げてくれ!」
 バッと勢いよくこちらに振り返り、両手を大きく広げ。
 ――瞬間、風が吹いた。
 どこかの漫画のように、紅葉の背後から風が吹き付け、瑛の体を撫でていった。
 そして、瑛は見た。
 今時の女子高生に違わず紅葉の短いスカートが翻り――露わになった白い太腿と、絶滅危惧種の縞々ぱんつを。
「…………」
「…………」
 無言が支配する生徒会室の中、紅葉の顔が真っ赤に染まっていく。
「あ、あの……」
 沈黙に耐えられなくなり、声をかけようとしたが、遮られた。
「――見たな……!?」
「え……」
「見たな……?」
 プルプルと震えながら、ギロッと睨み付けてくる紅葉。
「い、いや見てません」
「嘘つけ! この状況で見なかったわけがない! 私の性格を現したかのような、一点の曇りもない、純白のショーツを!」
「え? 縞パンでしょ――って!」
 ハッとして慌てて口を押さえ、引っ掛けられたと気が付いたときにはもう遅い。
「やはり見たんじゃないか! おのれええええええええ!」
「うわああああああああああああああ! ごめんなさいいいいいいいいい!」
 
 数十分後。
 生徒会室にやってきた孝之助が、倒れ伏している瑛を見て「ど、どうした!? しっかりしろ、東山君――!」と慌てたが、紅葉は「放っておけ!」と知らん振りを決め込んでいたという……。


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