お参りを終え――願い事は千尋の言う通りに――二人は御神籤売り場へと来ていた。
「さ、御神籤引こうよ。大吉出るといいねって、ちょっと、亮祐君!?」
千尋が目を大きく見開いて、亮祐を見やる。
何故なら――。
「うおおおおお! 巫女さん、本物の巫女さんだああああ!」
このように、巫女に会えたことに興奮していたからである。
数人の巫女装束に身を包んだうら若き女性たちが参拝客相手に忙しそうに、ただし優しげな笑みを浮かべて働いている。
「亮祐君!? 何でそんなに嬉しそうなの!? そんなに巫女さんを見れたことが嬉しい?」
唖然としつつ、千尋が口元をひくつかせた。
「当たり前だろう!」
何を当たり前のことを、と言わんばかりに亮祐は大きく頷いた。
巫女スキーとして、初詣に来て巫女に会えて嬉しく思わない男などいるだろうか。
いや、いない。
いるわけがない。
「…………」
「あーどの巫女さんも可愛いなあ。なーんか、清楚って雰囲気が全体から出てる気がするし。千早を着てないのがちょと残念だけど、まあ仕方ない」
「……こういう場合の巫女さんって、基本アルバイトだと思うんだけど。本職の巫女さんなんて殆んどいないんじゃないの」
「そんなのは百もしょーち! 大切なのは、巫女装束を来ているのが黒髪ロングの女の子という事実! 黒髪ロングサイコー! 巫女さんは黒髪に限る。そっちだってそう思う――!?」
熱弁を奮っていた亮祐だったが――。
ゾワリッ!
背筋に、絶対零度の視線を感じる。
喉元に鋭利な刃物を突きつけられたような感覚。
恐る恐るその視線の元を辿っていくと。
やはりというか、当たり前というか。
氷の微笑を湛えた千尋がそこにいた。
「え、え〜と?」
「随分楽しそうだねえ、亮祐く〜ん?」
笑顔のまま、ずいっと近づく千尋。
「え、ええ、まあ。巫女好きと致しましては楽しいです、はい」
「そうなんだ、ふ〜ん。ごめんねえ、黒髪だけどロングヘアじゃなくて。もっと伸ばしたほうが亮祐君の好みかなあ?」
わざとらしく髪を摘まみ、チラッと見てくるお冠の恋人。
「い、いや、そんなことは……。その長さで十分似合ってるから――」
「でも、黒髪ロングサイコー! なんでしょう? わざわざ彼女の前で言うくらいだもんねえ?」
「あうあう」
完全に失言である。どうしようもないくらいの。
なんと言い訳すればいいのか――思考がグルグルと空転する。
さらに近づいてきた千尋が、ニィッと口元を吊り上げ笑ってみせた。
目は全く笑っておらず、口元だけが笑みの形に吊り上り、薄紅色の唇が凄絶な雰囲気と色気を醸し出していた。
「亮祐君?」
「は、ひあっ!?」
怖い。
はっきり言って怖い。
元々が美少女なだけに、そんな表情をされるととんでもなく怖い。
「何をそんなに怯えてるのぉ? 私、怒ってなんかいないよぉ?」
「え。そ、そうなの。ならよかった、あはは」
絶対に嘘だ、と思ったが口には出せず、虚ろな笑いを響かせた。
「ふふふふふ」
思わず笑うと千尋も笑った。
「あははは」
「ふふふふ」
「ははははは」
「ふふふふ――何がおかしいのよ、何が」
「申し訳ありませんでしたあ!」
〜合縁奇縁のミルフィーユ〜
初詣〜巫女さんっていいよね!
その後。
「揚げ饅頭だって。買ってきて」
「はいっ」
「あんみつ屋さんだ。お土産にしたいから、三つね」
「喜んで!」
不用意すぎる言動で、お姫さまのご機嫌をこれ以上ないくらいに損ねてしまった亮祐は、神社周辺における買い物の全ての代金を持つという罰を受けてしまい。
せっかくのお年玉の一割以上を失う羽目になったのだった。
「自業自得でしょ。同情なんかしないからっ。亮祐君が悪いだもん」
「……返す言葉もございません」
余談だが。
二人で引いた御神籤で。
亮祐は中吉。恋愛運――【今の人で良い。だが、怒らせると怖いのでゆめゆめ気を付けるべし】
千尋は小吉。恋愛運――【良き人。ただし手綱を締める必要あり】
全くもってお似合いの二人である。