8話 新たなる提案

 堺先輩と話した日の夜。
 俺はしばらく携帯を睨むように見てから、「うしっ」と気合を入れ、とある番号にかけた。
 その番号とは――。
『――はい、もしもし?』
「あ、葛西です。鼓さんでいいかな?」
 堺先輩の許婚、鼓さん。
 取り敢えず、今日までにわかったことを報告しておこうと思ったのだ。
『あ、葛西く……さん』
「さん付けなんていいよ。好きに呼んで。で、電話したのは許婚の堺先輩に会ったから。その報告をしようと思って」
『あ……もしかして、その許婚のご両親も許婚のことを全く知らなかった、という件ですか?』
 それを聞いて、俺は一瞬、ポカーンとなった。
「あれ……? そうなんだけど、何で知って」
『堺さんのご両親から連絡がありまして。何でも許婚とかの約束をした覚えはないとか何とか』
「ああ、向こうから連絡が」
 あったんだね、と言いかけた時。
『――――!! …………!!』
 何だか女性の金切り声が聞こえてきた。
「!? 何、今の声!?」
 普通で出す声じゃないぞ!?
『――! ちょ、ちょっと待っててください! 電話は切らずに!』
「ああ……?」
 今度は鼓さんがドタドタとどこかへ走っているらしい。
 少し経つと。
『すみませんでした。後ろで母がちょっと口論しているもので……』
「口論? 何かあったの?」
『それが――堺さんのお母様と口論を……』
「ええ!? 堺先輩のお母さんと!?」
 何でまた口論!? 何だ、何があったと言うんだ。
 訳のわからぬまま、俺は鼓さんに口論の理由を訊いた。
『実は。先ほど言った、堺さんのお母様から電話がありまして。『息子と桜華ちゃんが許婚とはどういうこと?』と。それで母が説明したら『そんなバカな話』と。その言葉に母が激昂しまして、口論に』
「あちゃー」
 俺は額に手を当てた。
 鼓さんのお母さんからしたら娘と堺先輩が許婚なのは当然だけど、堺先輩の方からしたら、「そんな話は知らない」という感じだから、すれ違いで口論になったんだろう。
『もう二十分以上口論していて……。それでも終わる気配がなくて……』
「あらあら。それにしてもさ」
『はい?』
「そもそも何で鼓さんと堺先輩が許婚ってことになったの? 一方が許婚って主張していて、もう一方が知りませんって、おかしくない?」
 いくら幼少の頃仲が良くても、それだけで『はい、今日からあなたたちは許婚です』とはならんだろうし。
『それは私にもよくわからないのですが――』
 鼓さんはそう前置きして、説明してくれた。
『前にお話ししたように、私たち家族と向こうのご家族は仲がよかったんです。それで、私と堺さんを結婚させようというところまではお話しましたよね?』
「ああ。聞いた」
『私と堺さんはよく遊んでいて、何でも『大きくなったら結婚するー』と言っていたそうなんです。それで、許婚にしよう、と』
「オイ、ちょっと待って」
 俺は思わずストップをかけた。
『はい? なんでしょう?』
「それってさ、小っちゃい子がやる、たわいもない、あれ?」
『……その通りです。正直、私はそんな約束覚えてません』
 電話口の向こうから嘆息が聞こえた。
「そりゃ、そんな約束、覚えてるわけもない……」
 何なんだ、鼓さんのお母さんって?
 幼稚園とかのそんな約束、効力なんてあるわけもないのに。
 俺だって幼稚園のとき、仲のよかった女の子と「結婚するー!」とちょくちょく言ってたと以前親にからかわれたことがあるぞ。
 全く覚えてないけどね! その子の名前だって覚えてませんがね!
 それなのに、それを本気にして実の娘を拘束するってなんなんだろう。
「何でそんな許婚にしたいのか、お母さんに訊いた?」
『特に理由はないかと。ただ、母は厳格な性格をしているので、一度結婚させると決めたらそれを貫き通すのが筋と思っている人なので……」
「それにしても限度ってものが」
『その通りだと私も思います。堺さんのお母様もそう思われているようで、『たわいもない約束で、実の子の将来を拘束する権利はない』と仰ってますし』
「正論だね」
 どうやら、堺先輩のお母さんは至極全うな人のようだ。ちょっと一安心。
『はい。でも母は『約束は約束。婚約破棄だなんて、娘に恥を掻かせるのか』と怒り心頭で……』
「そりゃ確かに口約束でも婚約は成立するけどさあ……」
 幼稚園児の約束を『婚約破棄』とされても。
『だから、私はどうしたものかと……。葛西君、何かいい知恵ありませんか?』
 心底困った声に、俺は首を捻った。
「いい知恵と言われても。鼓さんもお母さんにちゃんと話してみるしか――」
 思いつかないよ、と言いかけ、俺はもう一つ、方法があることに気がついた。
『葛西君? どうかしました?」
「ちょっと思いついたことがあってね」
『思いついたこと? どのような?』
 一呼吸おいて、俺は言った。 
「許婚の堺先輩に会ってみる気、ない?」


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