20話 協力依頼

【牡丹の間】は意外とこじんまりとした和室だった。
「やほ、葛西君に久保君。いきなり呼び出しちゃって悪かったわね」
「済みません、お二人とも。どうしてもお力を貸して頂きたくて……」
 中では大和川さんだけでなく、綾辻さんも待っていた。
「まあ、いいさ。話だけなら聞くし」
「そうそう」
 俺と久保は軽口を叩きつつ、黒光りする立派なテーブルを挟んで二人の前に座った。
「話の前に、注文だけしちゃうね。……二人とも、オレンジジュースでいい?」
「ああ」
「いいよ」
 頷くと、大和川さんは案内してくれた従業員さんに声をかけた。
「オレンジジュースを二つ」
「はい。お食事はいかがしましょうか?」
「そうねえ、適当に美味しい物をよろしく。メニューは任せるから」
「かしこまりました」
 深々と一礼すると、従業員さんは去っていった。
「詳しい話は食事が来てからにしよ。ここの料理、美味しいから、期待していいよ?」
「いや、期待も何も……。こんなとこ来るの初めてだし……」
「あ、そうなの? マナーとか気にしなくていいからね。美味しく食べればそれでよし」
「……大和川さんはさ、よく来るの、こういった店?」
「んー。パパが仕事の関係でよくここ利用しててね。私もよく連れてきてもらって、常連なんだ。あ、ここの代金は気にしなくていいから。パパの方に付けておくようにはもう言ってあるし」
 あっけらかんと「常連」との給う大和川さん。
 ……さっぱりとした性格にフレンドリーな口調から取っ付きやすい子だなーと思ってたけど。
 やっぱりお嬢様だ、間違いなく。こんな高級料亭の常連だなんて。
「そ、そなんだ」
 勝手に引き攣る頬を何とか押さえつつ久保を見ると、同じように顔を引き攣らせていた。
「どうしたの?」
「お二人とも、なんだかお顔が強張っていますけど……」
「い、いや! 何でもない!」
「そうそう。こんな所来るの初めてだから、びっくりしちゃって」
 二人に心配され、俺たちは慌てて首を横に振った。
「そ? ならいいや。でもってさ――あ、来た来た」
「失礼いたします」という声と共に襖が開けられ、料理が運ばれてきた。
「それじゃ、食べながら話そうか。今日、二人に来てもらった目的をね」
 箸を取る大和川さん。
 んじゃ、俺もこの並んだ美味そうな料理を堪能しつつ、話を聞くとしましょうかね。

 運ばれてきた料理は、どれもこれも美味かった。
 マグロの造りとか、海老の天麩羅とか、何やらわからない食材の物とか、本当に美味かった。
 その分、値段も目玉が飛び出るくらいなんだろうけど。
「それで? 話って何?」
 食事がある程度進んだところで、俺は切り出した。
「ああ、うん。実はね」
 大和川さんもそのつもりだったのだろう、すぐに箸を置いて真っ直ぐに見てきた。
「桜華のことなんだけどさ――」
「……まあ、そうだろうね」
「やっぱり」
 俺と久保は頷いた。
 大和川さんが俺たちに相談なんて、それしか考えられないし。
「そりゃそうだよね。でもま、わかってるなら話は早いね。」
 大和川さんは苦笑し、すぐに続けた。
「単刀直入に言えば。桜華の目を覚まさせたいの。そのために協力してほしい」
「目を覚まさせる?」
「そう」
 大和川さんは頷き、今度は綾辻さんが口を開いた。
「あのとき、葛西さんが前原さんを批判して桜華さんが怒りましたけど……。私と百合絵さんも葛西さんと同意見なんです。あの人はとても桜華さんを幸せにしてくれるような人とは思えません」
「…………」
「別にさ、私や志乃は彼氏を作るのが悪いとは思わないのよ。私だって彼氏欲しいし。でも」
「あの前原は問題外?」
「当然でしょ。あんなのが親友の彼氏だなんて。そりゃあ外見で判断するのは悪いわ。でもさ、あいつの場合、外見も中身もどうしようもないじゃない。到底祝福なんてできないわよ」
 大和川さんはそう言ってため息をついた。
「全くです。正直、桜華さんがどうしてあんな人を好きになったのか、理解に苦しみます」
 綾辻さんまでもが肩を落とした。
「そっかあ。大和川さんも綾辻さんも葛西に賛成な訳だ。で、鼓さんをあいつから引き剥がすために協力してほしいってことだよな?」
 久保が話を纏める気なのか、俺たちを見回した。
「そうなの。で、どうかな。協力してもらえないかな」
 大和川さんは俺たちを――いや、俺を真っ直ぐに見つめてきた。
「俺が鼓さんに何をされたか忘れたわけじゃないよね?」
 思わず腹に手をやる。
 あの一撃は、最初の出会いとは比較にならないほど痛かった。それでもなお意識を失わなかった俺を褒めてやりたい。
「忘れるわけない。いくら何でもあれは完全に桜華が悪い。葛西君が怒るのも当然だと思う。だけど、そこを曲げてお願いしたい。お願いします。力を貸してください」
「私からもお願いします。桜華さんを助けるために、お願いします」
 これ以上ないくらいに真剣な表情の大和川さんと綾辻さんは、言い終えると静かに頭を下げた。
「…………」
 どうしようか。確かにあの前原と付き合いを続けていれば、ろくでもない結果になるとは思う。あの男が、このまま健全な付き合いを続けるとは到底思えない。
 近い内に必ず――いや、既にかもしれないけど――それ以上の関係を求めるはずだ。
 そんなことになったら――?
「葛西」
「ん」
 横を見ると、久保が目だけをこちらへやっていた。
「俺は協力するぞ。ここまで言われて手伝わないなんて駄目だろ」
「お前の言ってることはわかるけどさ」
「俺も葛西が躊躇う気持ちもわかるつもり。でもよ、ここで手伝わなくて、鼓さんがあの男に泣かされるようなことがあったら嫌だろ? ……嫌な言い方だけど、弄ばれて終わりってこともあるぞ、あの男相手なら」
「ヤなこと言うなよ」
 俺は眉をしかめて久保を軽く睨んだ。
「だったら力を貸せ」
 俺と久保の視線がぶつかり――先に折れたのは、俺だった。
「はあ。わかったよ、協力する」
「よし、それでこそ葛西だ」
 ニヤリと笑う久保。まるで俺が協力することなんて最初からわかってた、みたいな笑い方。
「ありがとう、葛西君!」
「ありがとうございます、葛西さん」
 一転して笑顔になった二人に、照れ臭くなって俺は肩をすくめた。
「それで? 俺はどうすればいい?」
 訊ねると、大和川さんは今度はニヒヒ、と品のよろしくない、ありていに言えば企んだ笑みを見せた。
「それは任せて。考えがあるの」
 大船に乗ったつもりで任せて! と胸を張る大和川さん。
 ……だけど。
 なんだか不安だ……。


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